第15話 屋上さんとランチ

教室の喧騒と、パンダ談義で盛り上がる後輩たちの熱気を背に、僕は屋上へと続く階段を上がった。

​重い扉を開けると、そこには風に髪を遊ばせながら、フェンス際で待っている屋上さんの姿があった。クラスではいつも視線を落として本を読んでいる彼女が、僕の顔を見た瞬間に、春の陽だまりのような顔で笑う。

​「あ、佐藤くん! お疲れ様。……今日も、来てくれたんだね」

​「ああ。約束してたからな」

​僕が隣に腰を下ろすと、彼女は少し恥ずかしそうに、膝の上に置いたバスケットを広げた。

​「今日はね……その、私も作ってみたんだ。佐藤くん、いつも凄いの作ってるから、見せるのちょっと勇気がいったんだけど……」

​差し出されたのは、丁寧にワックスペーパーで包まれたサンドイッチだった。少し形は不揃いだけど、レタスの緑やトマトの赤が鮮やかで、彼女が一生懸命準備したのが伝わってくる。

​「……美味しそうだな。食べていいか?」

「うん! どうかな、口に合うといいんだけど……」

​僕は、自分が作ってきた唐揚げ弁当の蓋を開けた。二度揚げしてカリッと仕上げた唐揚げの匂いが、屋上の空気に広がる。

​「わあ、佐藤くんの唐揚げ、やっぱり美味しそう! 宝石みたいにキラキラしてる」

「大げさだよ。ほら、一個食べるか?」

「いいの? ありがとう……!」

​彼女が僕の唐揚げを幸せそうに頬張る。それを見届けてから、僕は彼女のサンドイッチを一口齧った。

優しくて、少しだけマヨネーズが効いた、温かい味がした。

​「……旨い。屋上さん、料理得意じゃないか」

「……よかった。佐藤くんにそう言ってもらえるのが、一番嬉しい」

​彼女は耳まで赤くして、自分のサンドイッチを小さく噛んだ。

下界では妹や結城がパンダの話で盛り上がり、家では母さんが鋭いツッコミを入れ、部屋では幽霊の彼女が僕を待っている。

​でも、この広い空の下、二人で弁当を交換して食べるこの時間だけは、誰にも邪魔されない、僕たちの「普通」だった。

​「ねえ、佐藤くん。……また明日も、ここで食べてもいい?」

​上目遣いで、少しだけ不安そうに、でも真っ直ぐに僕を見つめる。

そのシャイな勇気が、僕の胸を静かに突いた。

​「ああ、もちろん。明日は卵焼き、多めに入れてくるよ」

​「……うん! 約束だよ」

​空はどこまでも青く、遠くには僕が今朝アルと歩いた湖が、銀色に輝いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る