第11話 ハンバーガー
「先輩、また手が止まっています。ポテトのタイマー、鳴り響いてますよ?」
夕暮れ時のマクドナルド。油の匂いと忙しないビープ音が混ざり合うキッチンで、僕を現実に引き戻したのは、凛とした、でもどこか弾むような声だった。
結城(ゆうき)。
中学からの後輩で、弓道部でも僕の背中を追いかけ、今はここでのバイトまで一緒だ。
普段の彼女は、誰に対しても「はい、承知いたしました」と完璧に振る舞う、非の打ち所がない優等生な後輩。
けれど、僕と二人きり——あるいはキッチンの喧騒に紛れられる時だけ、彼女は「秘密の顔」を見せる。
「……悪い、結城。ちょっとぼーっとしてた」
「ダメですよ、先輩。ここは戦場なんですから。……でも、そんな抜けてるところも、ぼくは嫌いじゃないですけど」
結城は、他人に聞こえないくらいの小声でそう言うと、テキパキとハンバーガーのパティを並べていく。
彼女が自分のことを「僕」と呼ぶのは、僕の前だけだ。
「見ていてください。ハンバーガーだって、ぼくが作るとおいしいんですよ。 先輩にだけ、その秘密を教えてあげます」
それが彼女の口癖。
マニュアル通りの作業のはずなのに、彼女が包み紙に手を添えると、魔法がかかったように美味しそうに見える。
「はい、これ。……先輩用の賄(まかない)です。ピクルス、多めに入れておきました。ぼくからの特別サービスです」
差し出された包み紙は、彼女の指先の熱が伝わっているように温かかった。
「ありがとな。……結城は、いつも元気だな」
「元気ですよ。先輩が、今にもどこかへ消えてしまいそうな顔をしているからです。……中学の時からそうですけど、先輩は油断するとすぐ、一人で遠くへ行こうとしますから」
結城は、僕の肩の包帯が隠されているあたりを、刺すような、でも優しい視線で見つめた。
彼女の敬語は、僕との間に線を引くためのものではなく、むしろ僕をこの世界に繋ぎ止めるための、彼女なりの「鎖」のようだった。
「いいですか、先輩。ぼくがいる前で、勝手にどこかへ行くのは禁止です。……わかりましたか?」
彼女はイタズラっぽく笑い、フロアの接客へと戻っていった。
「いらっしゃいませ!」と響く、完璧な優等生のトーン。
家に帰れば、透き通った幽霊の彼女。
屋上には、明るく振る舞う屋上さん。
湖には、賢すぎる弟。
そしてバイト先には、僕にだけ「ぼく」と名乗る結城。
僕の日常は、もう僕一人だけのものではなくなっていた。
結城が作ったハンバーガーを頬張ると、ジャンクな味が、ひどく温かく喉を通っていった。
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