第9話 ぼくのこと

屋上で屋上さんと別れ、午後の授業を適当に聞き流しながら、僕は自分のことを考えていた。

ぼくという人間は、我ながらひどく「静か」な要素で構成されている。

​まず、僕は弓道部に所属している。

「どうして弓道なの?」と聞かれるたびに適当に流しているけれど、本当は、あの弦が空を切る「ツルネ」の音を聞く一瞬だけ、頭の中の雑音が消えるからだ。

的に当たるか外れるか。その二択しかない残酷なまでのシンプルさが、複雑な現実から僕を切り離してくれる。

​そして、趣味は釣り。

週末、まだ夜が明けきらない静謐な湖畔に立ち、朝靄に包まれた水面にルアーを投じる。

海のような波の音はない。ただ、森のざわめきと、時折跳ねる魚の水の音だけが響く。

鏡のような湖面を眺めていると、自分が世界の境界線に立っているような、不思議な感覚になる。あの孤独で穏やかな時間が、僕にとっては救いだった。

​そんな「静けさ」を好む性格の反面、生活能力だけはやけに高い。

共働きの両親に代わって、中学の頃から台所に立ち続けてきたおかげで、料理は一通りこなせる。

出汁を丁寧に取り、野菜の切り方にこだわる。

自分のために作る飯は、どんなに手間をかけても、食べ終われば消えてなくなる。その潔さが好きだった。

​「……湊くん、また難しい顔してる」

​隣の席から、屋上さんが小声で話しかけてくる。

彼女は僕が弓道部だと知ってから、時々放課後の道場を覗きに来るようになった。

​「別に。今日の献立、何にしようか考えてただけ」

「えっ、自炊派!? 意外……。あ、じゃあ今度、私にも何か作ってよ。佐藤くんの得意料理、食べてみたいな」

​屋上さんは、僕の「静かな世界」に、土足どころか素足でパタパタと走り込んでくる。

その明るさは、独りでいることに慣れきっていた僕の日常を、少しずつ、でも確実に塗り替えていた。

​けれど、家に帰れば——。

​そこには、僕が作った料理を食べることもできず、ただ匂いだけを楽しそうに嗅いで、「美味しそうですね」と寂しそうに笑う幽霊の彼女がいる。

​弓道の静寂も、湖畔の孤独も、料理の達成感も。

あっちの世界で剣を振るう高揚感も、屋上さんがくれる温かな日常も。

​どれもが「僕」なのに、それらが一つに混ざり合うことはない。

僕は今日も、二つの世界の間で、一人分の夕飯を作り続ける。

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