第8話 屋上さん
「あ、佐藤くん! こっちこっち!」
翌日の昼休み。屋上の扉を開けた瞬間、元気な声が僕を呼び止めた。
フェンス際の特等席で、お弁当を広げていたのは屋上さん。
クラスではいつも読書をしていて「物静かな子」で通っているけれど、僕と二人きりの時だけは、なぜかこんな風に少しだけ「普通」の女の子に戻る。
「……またここにいたのか、屋上さん」
「だって、ここは静かだし、佐藤くんも絶対来ると思って。はい、隣、空いてるよ!」
彼女は自分の隣のコンクリートをポンポンと叩いて笑う。その明るい笑顔を見ていると、昨夜、異世界で魔物を斬り伏せていた自分が、ひどく遠い存在に思えてくる。
「……っ」
座ろうとした瞬間、肩の傷が服に擦れて顔をしかめてしまった。
「……あれ? 佐藤くん、もしかして怪我してる?」
屋上さんが鋭く反応して、僕の顔を覗き込んできた。
「あ、いや……。ちょっと昨日、部屋で派手に転んでさ」
「部屋で? もう、ドジなんだから。見せてみてよ」
「いいって、大したことないから」
遠慮する僕を無視して、彼女は「はい、注目!」と指を立てた。
「私、実はこういう時のために、救急部(自称)の備えがあるんだから。ほら、絆創膏」
彼女がポケットから取り出したのは、可愛いうさぎの絵が描かれた絆創膏だった。
昨日、異世界で僕たちを導いた白うさぎを思い出して、少しだけ心臓が跳ねる。
「……ありがとう。屋上さんは、いつも準備がいいな」
「佐藤くんが放っておけないだけだよ。……ねえ、佐藤くん。最近、なんだか上の空だよね。何か、面白いことでもあった?」
彼女は悪戯っぽく笑いながら、僕の横顔をじっと見つめる。
その瞳は、嘘を見抜こうとしているようでもあり、ただ純粋に僕のことを知りたいと願っているようでもあった。
目の前にいる、温かくて元気な屋上さん。
部屋で待っている、冷たくて透き通ったあの子。
「……まあ、ちょっと不思議な本を読み始めたんだ」
「へぇ、どんな本? 今度、私にも貸してよ。佐藤くんのおすすめなら、絶対面白いだろうし!」
屈託のない彼女の言葉が、僕の胸をチクリと刺す。
この「日常」の明るさが眩しければ眩しいほど、部屋に帰ってから向き合う「非日常」の切なさが際立っていく。
「……ああ。いつか、貸せるようになったらね」
僕の曖昧な返事に、屋上さんは「約束だよ!」と小指を立てた。
青空の下、彼女の指先は生命力に満ちて輝いていた。
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