第7話 帰還


「……佐藤くん、大丈夫? ゆっくり、ゆっくりですよ」

​彼女に肩を貸してもらいながら、僕たちは再びあの「木の扉」をくぐった。

視界がホワイトアウトし、次に目を開けたとき——そこは見慣れた、夕闇に沈む僕の自室だった。

​「……帰って、きたんだな」

​床にへたり込むと、背中から伝わる畳の感触が、異世界のふかふかな草木とは違った「現実」を教えてくれる。

ボロボロになった制服はそのまま。肩の傷も、衣服の上からでもはっきりと痛む。

​「今、救急箱を持ってきますね! ……あ、私、持てないんだった」

​彼女は慌てて部屋の隅へ行こうとして、自分の体が再び薄っすらと透け始めていることに気づき、寂しそうに立ち止まった。

​「いいよ、自分でやるから。……それより、こっちにおいで」

​僕はベッドに腰掛け、彼女に隣を指差した。

彼女はおずおずと、僕の隣に座る。現実世界の彼女には重さも体温もないけれど、さっきまでの冒険のせいか、不思議とその心の重なりを感じることができた。

​僕は救急箱を取り出し、慣れない手つきで肩の傷に包帯を巻く。

​「……痛そう。私のせいで、ごめんなさい」

「謝るなって。……ほら、これを見て」

​僕は机の上に置かれた、あの「古い本」を指差した。

ボロボロだったはずの表紙は、なぜか少しだけ艶を取り戻し、題名のあった場所には薄っすらと金色の文字が浮かび上がっていた。

​『悲しくて、やがて楽しい旅路』

​「……私たちのこと、みたいですね」

​彼女がくすりと笑う。その笑顔を見て、僕は心の底から安心した。

学校の成績や、将来への不安。そんなものが、今はひどく遠いことのように思える。

​「なあ、さっきの異世界で……君の体がはっきり見えた時。すごく、綺麗だった」

「な、何を急に……。佐藤くんだって、剣を振り回してるときは、ちょっとだけ……格好良かったですよ」

​彼女は顔を赤らめて(幽霊なのに!)、窓の外を眺めた。

夜の帳が下りた街の灯りは、異世界の光るキノコよりはずっと地味だけれど、どこか温かい。

​「今日はもう休みましょう。戦いすぎて、私、幽霊なのに眠気がしちゃいました」

「幽霊も寝るんだな」

「特別ですよ。佐藤くんの夢の中に、お邪魔しちゃうかもしれませんから」

​彼女は僕の枕元にふわりと横たわり、目を閉じた。

僕も、心地よい疲労感に身を任せ、重たくなった瞼を閉じる。

​部屋の中には、僕の規則正しい寝息と、聞こえるはずのない彼女の穏やかな気配だけが満ちていた。

悲しくて、切なくて、でも——こんなに心が満たされる夜を、僕は知らない。

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