第5話 まもの

木の扉の奥から聞こえた「可愛い子たち」という声は、僕たちを招き入れるように、闇の奥へと吸い込まれていった。

彼女は意を決したように、僕の手をぎゅっと握り、扉の向こうへと一歩足を踏み出す。

​僕もそれに続き、闇の中へ。

​途端、背後で扉がガラガラと音を立てて閉まり、僕たちは完全に閉じ込められてしまった。

目の前には、巨大な洞窟が広がっていた。天井からは青い結晶がぶら下がり、ぼんやりと足元を照らしている。

​だが、それだけではなかった。

洞窟の奥から、複数の光る眼がこちらを覗いている。

ゴゥ、ゴゥ……という、低い唸り声が、地響きのように響き渡る。

​「佐藤くん……あれ、何?」

​彼女が不安そうに僕の服の裾を掴む。

光る眼がゆっくりと近づいてくるにつれて、その姿が明らかになった。

それは、岩と泥と、そして鋭い牙でできたような、不気味な獣たちだった。

体から硫黄のような嫌な匂いが立ち込め、その存在自体がこの洞窟の闇を深めているかのようだった。

​「魔物……!」

​僕は咄嗟に彼女の前に立ちはだかった。

現実世界では、僕はただの普通の高校生だ。運動神経が良いわけでもなく、喧嘩が強いわけでもない。

でも、今は違う。この世界では、生身の体を取り戻し、不安げに僕を見上げる彼女がいる。

​守りたい。

​その一心で、僕は近くに落ちていた石ころを拾い、一番近くの魔物に向かって投げつけた。

ガチン!と、岩のような体に当たって跳ね返る。

​魔物はまるで嘲笑うかのように、ギロリと目を光らせ、僕に向かって突進してきた。

鋭い爪が、僕の顔めがけて振り下ろされる。

​「くっ!」

​間一髪で体を捻り、爪をかわす。しかし、その衝撃で僕は地面に転がってしまった。

魔物は容赦なく、僕に覆いかぶさろうとする。

​その時、僕の視界の端で、彼女が動いた。

彼女は、持っていた本を強く握りしめ、まるで祈るかのように、そのページを開いた。

すると、本の文字が再び青い光を放ち、魔物に向かって一直線に飛んでいった。

​ピカァ!

​光は魔物の体に命中し、魔物は悲鳴を上げて後ずさりする。

光に照らされた魔物の体には、まるで焼け焦げたかのような傷跡が残っていた。

​「……本が、光った?」

​呆然とする僕の横で、彼女は必死の形相で、再び本を開こうとしていた。

震える手でページをめくり、何かを探している。

​「佐藤くん、この本には……『物語の力』が宿ってるみたい。きっと、私を、私たちを守ってくれる……!」

​彼女の言葉に、僕はハッとした。

そうだ、これは物語の世界。そして、彼女は生前、物語を誰よりも愛していた。

僕の目に、魔物たちに怯えながらも、僕を守ろうと必死に本を操る彼女の姿が映る。

​その姿は、僕の心を強く震わせた。

僕は立ち上がり、彼女の隣に並んだ。

​「わかった。僕が、時間を稼ぐ。君は、本で、何とかしてくれ!」

「うん……!」

​握りしめた拳には、今まで感じたことのない力が宿っていた。

この世界で、彼女は初めて「生きてる」と感じている。

その小さな光を、僕は決して失わせない。

​闇の中で、僕たちの、そして本の光が、力強く輝き始めた。

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