第7話

 オレの予想が正しければ、絢郁はこの打席でショート正面を狙っているはずだ。インコースに三球続けて内への目付けもできているし、外に逃げる変化球もショート正面に打つのは難しい。ここらで外攻めに切り替えてくるだろうか。オレはあえて緩奈ちゃんの構えたところを見ず、打席に立ったような気持ちで目の前の勝負を見守る。そして四球目、予想通りストライクから外へボールになるカーブが放られる。しかもこのカーブは落差も大きい。しかし、前の打席でこれを強引に引っ張った絢郁は、上手く合わせてショート正面へ。同じ球は通用しないとでも言わんばかりに、文句なしの完璧なタイミングだった。


 最後の打席。絢郁は十中八九サード正面を狙っているだろう。だとすれば、ここは徹底したインコース攻めになるだろうか。絢郁もそれを予想してか、構えがさっきよりもコンパクトになっている。これなら内角を厳しく攻められても手を出せる。しかし初球は外角低め。一打席目と変わらないところに放ってきた。緩奈ちゃんのリードは徹底して打者の嫌なところを突いてくる。絢郁も予期していなかったのか、一瞬反応が遅れはしたが、当てるだけのバッティングでそのまま弾き返した。打球はちょうど高瀬さんの正面でワンバウンドし、綺麗にグラブに収まる。サード正面のゴロだ。


「ふふん、全打席凡退ね」


 などと得意げになっている遥奈ちゃんは、この二人が何を企んでいたのか気付いていないのだろう。恐らくは他のメンバーも。オレは遥奈ちゃんのコントロールは元より、絢郁の恐るべきバットコントロールに打ち震えていた。確かにこれは、天才野球少女と呼ばれるだけある。オレの妹は、いつの間にかこんなにも研ぎ澄まされた存在になっていたとは。


「驚いた……完全に裏をかいたと思ったのに。もしかして、狙ってた?」


 緩奈ちゃんはそうは言うが、いつも通り表情にはあまり出ない。落ち着いていて、冷静でいるように見える。


「まさか。内狙いだったよ。でも、ビビッてちょっとだけシュートかけさせたでしょ? おかげで切れずに上手く転がったよ」


「それ聞いて、味方でよかったってホッとしてるよ……」


 絢郁と緩奈ちゃんのその会話を訝し気に聞いていた高瀬さんが、浮かんできたであろう疑問をそのまま口にする。


「どうしてわざと打ちにくい方へ打とうとしてたの?」


 打ちにくい方、というのも確かにそうだ。それは緩奈ちゃんのリードが、ことごとく絢郁の打ちたい方向を妨げるように組まれていたからだ。


「打席結果を順番に思い返してみればわかるさ」


 オレが口を挟むと、彼女に睨みつけられてしまった。何故かはわからないが、どうもオレのことを敵視しているらしい。


「……え、うそ、じゃあ緩奈もわかってての配球だったの?」


 緩奈ちゃんは顔色一つ変えずに、高瀬さんの問いに頷く。


「やっぱ意地悪だよねぇ、この人」


「結祈じゃボール半個レベルの出し入れは無理だからねぇ。せっかくの機会だから、絢郁の実力を試させてもらったんだ」


 高瀬さんは少しだけ眉にしわを寄せたが、すぐにため息を吐いて普段通りに戻る。緩奈ちゃんとしては、高瀬さんの速球よりも、際どいコースの方が絢郁を苦しめられると思ったのだろう。ただもし逆だったとしても、絢郁は同じことができたのだろうと思えてしまう。


「それで、私は合格?」


「もちろん」


 絢郁は緩奈ちゃんの返事に、満足そうに笑みを見せる。その話を聞いていた上級生たちも、現実離れした出来事が目の前で起こったかのように、呆然としてしまっている。レベルが違いすぎる――端的に言えば、その一言に尽きるのだろう。


「それで……エースの方は?」


 皆が集まってきたのを見越して、高瀬さんが本題を切り出した。そう、この勝負はエースを決めるためのもの。オレは決断しなければならないのだ。とは言っても……。


「エースねぇ……。現状では、どちらがエースかは判断できないかな」


「ちょっと、何でですかっ!」


 遥奈ちゃんは明らかに納得できないようだ。それもそうだろう。きっと彼女は絢郁を四打席凡退に打ち取ったと思い込んでいるのだから。


「まず結祈ちゃんだけど……」


「ちゃん付けやめてもらえます? あと、馴れ馴れしく名前で呼ばないで」


 厳しいことを言うつもりだったから、少し柔らかい話し方をしようかと思ったが……確かに急に馴れ馴れしすぎたかもしれない。慣れないことはするべきじゃないな。


「は、はい……すみません。えっと……高瀬さんは、やっぱりコントロールが課題だと思う。確かに球威はあるけど、フォアボールのリスクが高い投手を大事な場面では使えない。変化球のコントロールはまだいいとはいえ、ストレートが見せ球としても機能しないと、リードする方にも負担が掛かる」


 オレの辛辣な言葉に、高瀬さんは無言のまま視線を逸らした。その様子は、そんなことわかってると、そう告げているようにも感じられた。


「ボール球になってももう少しゾーンの近くに投げられれば、組み立て次第でかなり三振狙えそうだけどね」


「そういうの、いいですから」


「はい……」


 フォローしたつもりだったのだが、余計傷つけてしまっただろうか。結局彼女は、終始目を合わせてはくれなかった。


「遥奈ちゃ……福原さんは」


 高瀬さんの言葉を思い出して慌てて訂正するも、遥奈ちゃんは優しく返してくれた。


「遥奈でいいですよ。福原は二人いますし」


「ありがとう。遥奈ちゃんは、確かに言うだけあって、コントロールはいい。抜群にいいと思う。だけど、球威がない。特にストレートを狙われると厳しいと思う。変化球はコントロールの良さもあってかなりの武器になってるけど、ストレートを投げずに組み立てるのは難しい。緩急をつけられなくなるからね。となると、やはり一番打ちやすいストレートに絞られると思いがけず連打を浴びる可能性は高い」


「そう、ですよね……」


 彼女の方も、それは自分でもわかっているというような様子で俯く。

 どうやら二人とも、自分の弱点はきちんと理解できているらしい。ここで改めて勝負などしなくても、どちらも違うタイプのピッチャーで、どちらも違うタイプの弱点がある。そしてどちらも、現状ではエースには相応しくない。それを両者ともわかっているようだった。


「あと気がかりなのは、スタミナかな」


「遥奈はスタミナないですよ。七回どころか、三回持つか怪しいです」


 緩奈ちゃんが即座に切り返してくる。本人に確認を取ろうと視線を向けると、遥奈ちゃんはふいと視線を外した。どうやら事実らしい。


「私は、投げろというなら最後まで投げ抜きますよ」


 と、高瀬さんの方は少し勝ち誇ったようにこちらを見据える。スタミナに関しては勝ったと思っているようだ。だけど、そうした根性論は美点とは言えない。自分の限界を正しく理解していない方が、むしろ危険だ。


「でも、無理をさせるわけにはいかない。ケガしてほしくないからな。無理なら無理でいいんだ。別にそれで評価を下げるわけじゃない。だから無理な時は正直に言うようにしてほしい」


「あ、はい……すみません……」


 何か言い返してくるかと思ったが、高瀬さんは少し落ち込んだように俯いてしまった。何だかやりづらいな。まだまだオレは、彼女たちのことを何もわかっていないのだ。これからやることはたくさんある。今のメンバーの実力を活かすためにどういうチームを作っていけばいいのか、その輪郭が見えてきた気がする。


 本音を言うなら、投手二人が思っていたより優秀で助かったくらいだ。二人とも他の私立から推薦をもらえていそうなのに、どうしてこの学校に来たんだろうか。とにかく、まずは9人そろえて早く練習試合を組みたい。チームプレイの経験は圧倒的に足りないだろう。予選までに最低でも一回は実戦経験を積ませなければ。

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