第2話

 オレの自己紹介に続いて、茶髪の少女が真っ先に名乗り出た。愛嬌があり、表情も柔らかい。積極性があるのも性格としては好材料だ。


「はいはいっ! 倉沢くらさわ香撫かなでっていいまーす! 脚には自信あります!」


 一人で走り込みをしていた子か。明るく元気で、社交性が高いタイプか。チーム内のムードメーカーだったりするのだろうか。こういう子が一人いると、ベンチが静かにならなくて良い。


「ポジションはもう決まってるの?」


「去年はショートやってました! けど、守備はそんなに得意じゃないです!」


 さらっと不安になることを付け加える倉沢さん。守備が得意じゃないショートって……その時点ですでにこのチームの危うい未来が見えた気がした。


「去年はってことは、この春から二年生?」


「はい! 二年生はもう一人いますけど、今日は来てないですねぇ……」


「その子は何で来てないんだ?」


「うーん、たぶん、サボりですかね?」


 おいおい……どうなってるんだよ。サボりが容認されているのか? しかし人数が揃わない部活ともなると、所属してくれているだけでもありがたい部分もある。とりあえずそのもう一人の二年生については、本人としっかり話さないといけないな。


「そうか……まあサボりのことは今はいい。じゃあ次、君」


 と、今度はボール磨きをしていた子を指差す。身長も高く落ち着いた雰囲気の子で、上級生ではないかと思っていた。二年生ではないなら、彼女は三年生だろうか。


綾羽あやはね美聡みさとです。三年生です」


 そこで彼女の自己紹介が終わってしまったので、少々間が空いて、オレは質問を入れる。


「えっと……ポジションは?」


「あ、ごめんなさいっ。去年はピッチャーをやってましたが、キャッチャーとファーストもできます……」


「ピッチャーか……」


 そう言うと、彼女の視線が自然と下に落ちる。何だかどうも気の弱そうな子だな……。ピッチャーを任せて大丈夫なのだろうか。そんなオレの思考を察したのか、彼女が言葉を付け加えた。


「で、でも、私は守備の方が好きですから……」


 どうも何か遠慮しているような感じがする。最上級生なのに、どういうことなんだろう。一般的なチームとは少し事情が違うし、年功序列という概念があまりないのかもしれない。


 続いて例の黒髪の少女――結祈ちゃんとやらに視線を移すと、今度はちゃんと名乗ってくれた。


「私は高瀬たかせ結祈。ここのエースよ」


 自信たっぷりに豊かな胸を張ってそう言い放つ。この子がエースだったのか。確かに、気が強そうにこちら睨みつけんとするその気迫は、投手としては必要なもののように思う。しかし、そんな彼女の言葉を鼻で笑う者が一人いた。


「え~? こんなノーコンに、エースが務まるわけないでしょ?」


 投球練習をしていたチームの中でも特に小柄な子だ。この少女の言うことからすると、高瀬さんは制球難なのか。それはまた……厄介な素材だ。


「あんたこそ、あんな打ちごろの速球でエースを名乗るつもりなのかしら?」


 高瀬さんが負けじと鼻を鳴らして挑発するように返した。高瀬さんとこの小柄な子でエース争いってわけか。でも、エースを争えるほど実力が拮抗した投手がいるのは嬉しい誤算だな。などと微笑ましくそのやり取りを見守っていると、小柄な方の少女とよく似た――いや、驚くほどそっくりな少女が、オレの前で軽く会釈した。オレはその瓜二つの姿に一瞬言葉を失うも、つられるように会釈を返した。


福原ふくはら緩奈かんなです。あっちの騒いでるのは、双子の姉の遥奈はるなです」


 なるほど、双子だったのか。それにこの子は、遥奈ちゃんが投球練習をしていた時にキャッチャーをしていた。双子でバッテリーか。なかなかロマンがある。


「何て言うか……大変そうだな」


「ええ、まあ。あ、ちなみに私は捕手です」


 それだけ答えると、彼女は二人の間に割って入り、争いを収める。彼女が入っていくとあっさりと諍いが鎮まったのだから、この二人のエース候補にとって緩奈ちゃんの影響力はそれなりに大きいようだ。問題児たちかもと思ったが、ちゃんと収拾をつける役がいるなら大丈夫だろう。

 そうして緩奈ちゃんが二人の争いを収めているのを眺めていると、緩奈ちゃんの方が髪の色が若干茶色がかっているのだとわかった。双子と言えど違いはあるようだ。正直、顔で見分けるのは難しく、体型で見分けるしかないかと思っていた。口には出せないが、身長はほぼ同じでも体型はまるで異なる。本当に同じものを食べて育ったのだろうかと思うほどだ。だけど、それ以外でも見分けられるなら、あまり失礼な視線を向けずに済みそうだ。


 しかし、こうして改めてそれぞれを見てみると……恐ろしくまとまりのないチームだ。このままでは、人数がそろっても試合にならないだろう。個の能力はそこそこ期待できそうだが、連携が上手くいかなければチャンスを潰し、ピンチを広げる結果になりかねない。野球はチームスポーツなのだから。


「キャプテンは?」


 決まっていないかもと思いながら聞いてみると、綾羽さんが控えめに手を挙げる。


「私、です……」


 君がキャプテンだったのか……。この子にこれをまとめろというのは無理があるだろう。唯一の最高学年ということで、その座に収まるのは必然だったのかもしれないが、どうしたものか……。どうも、思いの外難しいチームを任せられてしまったらしい。


「わかった。皆、自己紹介どうもありがとう。正式に手続きが完了したら、その時はよろしく頼むよ」


 正直に言えば、少しの期待はあった。理事長はああ言っていたが、そんなに難しい状況なのだろうかと、高を括っていた部分もあった。それがいざ現実を目の当たりにすると、このチームで全国に行くというビジョンはなかなか浮かばなかった。

 内心気落ちしながら帰路に就こうとしていたが、オレを呼び止める愛らしい声に、思わずはっと振り返った。


「兄さん、待って」


 皆がいるところから少し離れて、絢郁がこちらに駆け寄ってくる。その表情は、嬉しそうでもあって、少しだけ不安そうでもあった。


「ありがとうね、本当に。……でも、無理はしないで」


 無理しなくちゃどうしようもなさそうな状況だが、絢郁が言いたいのそういうことではないのだろう。彼女も“お願い”という手を使ってオレを巻き込んだ手前、言いにくいことではあるのだろうが、オレ自身、彼女が思うような無理をするつもりはない。


「大丈夫、無理はしないよ。ありがとうな」

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