第1話

 私立あすみが丘高校は、一昔前は強豪私立として名を馳せただけあり、少し年季は入っていても、設備自体はかなり整っていた。夜間照明はもちろんのこと、広い練習用グラウンドに雨天時でも使える屋内練習場、スタンド付きの試合球場は天然芝。確かにこれは、維持費だけでもかなりのものだろう。勝っていない、公式戦にも出られないとなれば、経費の無駄遣いとして理事会の議題にされても仕方ないのかもしれない。

 広大な練習用グラウンドを見渡してみると、各々が思い思いの練習をしているようで、統率性もなければまとまりもない。この時点ですでにレベルは怪しい。もう少し注意深く見ていると、それぞれが特定の練習に移り始めた。バッテリーだろうか、投球練習しているペア。遠投をしているペア。走り込みをしている子。ベンチでボールを磨いている子。……あれ、6人だけか? 確か部員は7人のはずだが……。


 すると、遠投をしていた絢郁がオレに気付いたのか、顔を輝かせながらこちらに駆け寄ってきた。


「あ、兄さん!」


「練習の途中じゃないのか?」


 オレが淡々と返すと、少しむくれたように言い返してくる。


「今はそんなことよりも大事な話があるでしょ? 監督の話、引き受けたの?」


「もちろん。手続きとかは、また後日だってさ」


 その言葉を聞くなり、絢郁は心底ほっとしたような笑みを浮かべた。オレが断るとでも思っていたのだろうか。


「急にどうしたー? 誰か来た……って、男?!」


 さっきまで絢郁と遠投をしていた黒髪の少女がこちらにやってきた。しかし彼女はオレの存在に気付くなり、汚らわしいものでも見るような目に変わる。ここは女子校なのだ。こうなることもあるとは思っていた。予想はしていたはずだが、実際に直面すると思っていたよりもそのまなざしは心に深く刺さる。


「ああ、こちら私の兄さん。こう見えてもすごいんだよ?」


 こう見えてもって、どう見えるんだろう。若干失礼な気もする紹介を受けて、オレの方からも自己紹介をしておくことにした。


「オレは佐藤さとう景太けいた。また今度改めて自己紹介することになると思うけど、よろしく」


 しかし彼女は何も返してくれず、そっぽを向いて去っていってしまった。何故か第一印象は最悪なようで、早くも心が折れそうになる。本当にここでやっていけるのか……?


「ごめんね兄さん。結祈ゆきちゃんはああいう子だから、気にしないで。じゃあ、みんなを集めてくるね」


 そう言って、おーいと声を掛けながら、絢郁はまたグラウンドの方に駆けていった。オレもベンチの方へ移動すると、練習着とは違う、ジャージに身を包んだ生徒が座っていた。さっきは見かけなかった子だ。この子が七人目の部員だろうか。


「あ、あなたが新しい監督さんですか?」


「え、あ、はい」


「お若いんですね~。私は顧問の早月さつきです。野球には詳しくないので、よろしくお願いしますね」


 向こうから積極的に話しかけてくれたので、その勢いのまま適当に相槌を打ってしまった。しかし……生徒じゃなくて教師だったのか。口に出さなくてよかった。オレのことを若いと言うが、彼女の方もだいぶ若く見える。


「こちらこそ、よろしくお願いします。でも野球に詳しくないのに何で野球部の顧問を?」


「あー……私は昨年新卒で取ってもらったんですが、いきなり実績のある部は任せられないからって言われて……」


 なるほど。女子野球部は今年度の活動次第で廃部か否かが決まる。そうなると、廃部になったら当然顧問にもいくらかの責任が問われる。しかし、彼女にはまだ二年目という"免罪符"があるということで、この野球部を押し付けられたというわけか。理事長はこの部が大事かのように言っていたけれど、人員の配置はどちらかというと消極的だな。


「兄さん、みんな連れてきたよ」


 絢郁が連れてきた練習着に身を包んだ少女たちは、身長も体格も様々だ。どちらかと言えば小柄な子の方が多い。野球においては身長の高い方が何かと有利に働くことはあるが、こればっかりは今は贅沢を言っていられない。どんな子でも人数がいなければ、まず話にならないのだから。


「ありがとう。えーっと、まだ正式に決まったわけじゃないんだけど、来年度からこのチームの監督をやらせてもらうことになった、佐藤景太です。よろしく」


 オレが簡単に自己紹介すると、さっきの結祈という子以外は拍手で迎えてくれた。どうやら皆が皆、新しい監督を歓迎していないというわけでもないらしい。

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