第3話
騒動が一段落してから、私達は街外れの小道を歩いていた。さっきまでの状態が嘘のように、私達の間に会話はない。風の通り抜ける音しかしない静けさに先に耐えられなくなったのは、私だった。
「アライア様、申し訳ありませんでした。私が、アライア様のお傍を離れたばかりに……」
「良いのよ、リーナ。本当に気にしないで。私は怪我どころか、何かされた訳でもないのだから」
「しかし……!」
膝を折って頭を垂れた私が更に言い募る前に、ライ――アライア様が私の方を振り返って、ニコリと微笑んだ。……微笑んだように見えた。
「私は大丈夫よ。本当に。何も気にしていないわ。……もう、慣れてしまったから」
「アライア様……。……そのようなこと、おっしゃらないでください……」
「そう、ね。ごめんなさい……」
どちらからともなく、再び歩き出す。程なくして、少し開けた場所に出た。小さな家が1軒、ぽつんと建っている。白いレンガ造りの家は、人の高さほどの生け垣に囲まれており、正面の門の隙間以外から中の様子をうかがうことはできない。手入れが行き届いている緑の生け垣と反対に、白色のそこからは、生活感の類は全く感じられない。
その家の小さな門を開けると、錆びた金属がこすれる不快な音がした。玄関までの道には小道が敷いてあるが、そこを通ることはせず、家の裏側に回る。そこには、小さい割に装飾の美しい縦長の石が、家の後ろに隠れるように鎮座していた。
アライア様は、静かにその石の前に屈みこむと、そっと手を伸ばした。
「ご無沙汰しております。来るのが遅くなってしまい、申し訳ありません……ライニーお姉様」
アライア様の声に、手を伸ばした先の墓石の下で眠るライニー様からの反応はない。
ちょうど7年前のあの日から、この声は一方的に響くだけになってしまった。ライニー様――アライア様の姉であるライニー・ルメール様が殺された、あの日から。
私の家は、代々ルメール公爵家にお仕えする一族だった。私ももちろん例に外れず、同じ年に生まれたライニー様の専属の護衛兼従者として、ルメール家にお仕えしていた。ライニー様はとても明るく社交的な方で、街の人達からも他の地域の公爵からも好かれる、素晴らしい方だった。知識と教養も豊富で、女性ながらも次期ルメール家当主として謳われていたという。
ライニー様には、1つ下の妹がいた。それがアライア様だ。お二人は、見た目こそそっくりだったが、性格は真逆と言っても過言でないほどだった。アライア様は引っ込み思案で人前に出ることを嫌っていたため、その分ライニー様が外に出ることが多かった。それでも、お二人は本当に仲の良い姉妹だった。これからも、そうしてお二人で支え合いながら街を守っていくのだろうと。私はそんな素晴らしいお二人をすぐそばでお支えするのだと。幼いながらに、そう思っていた。
そんなお二人の関係に終止符が打たれたのは、7年前の春の日だった。
7年前、平穏だった公爵家の屋敷に、数十人の強盗が押し入った。大きなグループを成した犯行で、門前で止めることができたのはほんの4分の1ほど。長らく争い事とは無縁だった平和な地域の護衛など、数で押し切られてしまえば、後は機能していないも同然だった。
私はその時、ライニー様とアライア様と一緒にいたため、3人で屋敷の中の安全な場所を探して走り回った。既に何人もの強盗が屋敷の中に入り込んでいるのが、階下から聞こえてくる音で分かった。
隠れなければ殺される。何があっても、このお二人は守らなくては。頭の中は、この2つだけで埋め尽くされていた。
私達は、近くの部屋に身をひそめることにした。その部屋には屋根裏への階段が備え付けられていて、そこでやり過ごそうと考えたのだ。先にアライア様が階段を上り、次にライニー様、私と続く……筈だった。
私が階段に足をかけた時、乱暴にその部屋の扉が開いて、刃物を持った2人の強盗が入ってきた。咄嗟に上を見ると、アライア様は既に屋根裏部屋に身を隠せていたが、ライニー様はまだ階段の途中にいた。
「ライニー様、早く上へ!」
私は、一言そう叫ぶと、階段を上るのを止め、腰に挿していた剣を抜いて男達に向かい合った。勝算なんてなかった。しかし、ここで私がこの男たちを撃退させなければ、ライニー様たちが殺されると分かっていた。だから、引く訳にはいかなかった。
剣の扱い方は訓練で習ったとは言え、実践と訓練では勝手が違う。ましてや、相手は大人の男2人。今思えば、あれは最早戦いの体を成していなかった。ただがむしゃらに剣を振り回し、相手を威嚇する。1人に集中した瞬間に自分が殺され、ライニー様たちも危険な目に遭うことが分かっていた。だから、ただひたすらに、剣を男達に向かって振り下ろし続けた。
どのくらいの時間が経ったのか。その剣が偶然1人の男の急所に当たって、そいつが倒れた時、私は油断してしまった。僅かな隙が生まれた瞬間を、もう1人は見逃してくれなかった。
思い切り腹に蹴りを入れられ、私の上半身は壁へと叩きつけられた。打ち所が悪かったのか、左腕に激痛が走った。私が咳込みながら蹲っていると、男が真正面に立ったのが分かった。ここで殺されるのだと悟ったその時、突然その男の上ずった声が聞こえた。同時に、それまで見えなかった青い布が視界の端をちらついた。ライニー様が、後ろから男にしがみついていたのだ。
「ゲホッ……。ライ、ニー、様……!っ……、離……れて……」
「リーナ!早くこいつを……」
「とっとと離せ、このガキ!」
「キャッ!!」
痛みでかすむ視界の中、ライニー様が男ともみ合いになっているのが見えて、私は体に鞭を打って立ち上がり、右手で剣を手繰り寄せて男に突っ込んだ。手を通して、剣が体に刺さる感触が伝わってくる。男の体が脱力するのを確認してホッとしたのも束の間、最後の抵抗とばかりに腕で薙ぎ払われ、体が床に叩きつけられた。痛みで体は動かなかったが、男が倒れたのを音で確認した私は、間近でこのやり合いを見てしまったであろうライニー様が立っている場所に目を向けた……筈だった。
そこには、誰も立っていなかった。巻き込まれないように移動したのか、それとも屋根裏に避難してくれたのか。視線をさまよわせた私の体は、ある一点に目を向けて、そのまま硬直した。
何かが床に転がっている。物ではない、人だ。しかし、そこまで大きい訳でもない。現に、強盗2人は私の左右に倒れているのはついさっき見た。それならば、あれは何なのか。あの、大きな赤いシミができた、
「あ……っ……あ、あ…………」
――嫌だ、認めたくない。こんなこと、ある訳がない。ある訳がないのに……。
「ラ、イ……様……」
私の意識は、そこで途絶えてしまった。
私が目を覚ましたのは、その日の夜。全てが終わった後だった。そして、そこで知らされた。
ライニー様が、殺されたと。
ライニー様の体には、強盗が使っていた刃物が深々と刺さっていて、あの部屋で私達を見つけた頃にはもう手遅れだったと、屋敷の大人たちが言っていた。恐らく、強盗と揉み合いになった時に、刺されてしまったのだろうと。それらの話を、私はただ聞き流すことしかできなかった。
当然、ルメール家公爵夫妻は私を責め立てた。蝶よ花よと大切にしていた娘が、護衛がいたにもかかわらず殺されたのだ。私だって、自分の為した罪の重さは痛い程実感していた。ライニー様を死なせてしまったこと。そして、生き残ったアライア様に、大きなトラウマを植え付けてしまったこと。
あの事件の後、私は自分の命をもって、この罪を償おうとした。主でもあり、次期当主と慕われていた公爵家の長女を守り切れなかった罪は、私が背負うには重すぎた。
しかし、それも結局失敗に終わった。近くの川に身を投げようと、夜に屋敷を抜け出そうとしたところを、アライア様に見つかり止められてしまったのだ。そして、あろうことかアライア様は、そのまま戸惑う私をご両親の前に引きずり出して、自分の専属の従者にするように説得し始めた。もちろん、ルメール夫妻は大反対した。それでも引かないアライア様に、とうとう夫妻は、交換条件として私のお仕えを許可した。その条件というのが――
「……—ナ、リーナ?」
「っ!」
すぐ傍で名前を呼ばれ、私の意識は一気に覚醒した。アライア様が、眉をひそめて私の顔を覗き込んでいた。その目からは、心配の意が見てとれた。昔のことを思い出していたら、存外放心していたらしい。
「リーナ、ぼーっとしていたようだけど大丈夫?」
「はい、申し訳ありません。少し考え事をしていただけです」
「そう……。それなら良いのだけれど」
アライア様は、十分にライニー様とお話しができたのだろうか。ライニー様の墓石の前には、騒動の後に菓子屋の店主からもらった菓子の袋が置いてあった。アライア様は、もう一度墓石の前に座ると、そっと手を合わせた。
「……お姉様、また今度お話に来ますね。ですから、ご安心ください。……私がお姉様の代わりになって、お姉様の大切なものをお守りします」
決意を孕んだその声を聞いているのが苦しくて、私はそっと目を伏せた。
夫妻が出した条件。それは、アライア様がライニー様として民衆の前に立つことだった。
あの襲撃は、近隣の街を治めている家の者の差し金だというところまで調べがついていた。大方、著しい発展を見せるルメール家の失脚を試みたのだろう。そして、その思惑通り、発展の第一貢献者であったライニー様が殺されてしまったのだ。このままでは、首謀した者たちの思う壺である。だから、夫妻は考えたのだ。アライア様が、ライニー様として生きていくことを。
アライア様とライニー様の年齢差は1歳。顔立ちも背格好もそっくりで、双子と見間違えられることも多かった。そして何より、アライア様は屋敷に籠っていて街に出たことがなく、公爵家令嬢としての仕事は、全てライニー様が行っていた。だから、2人の姉妹が1人になったところで、誰も疑問を感じない。そんな愚劣極まりない条件を呑み、アライア様は私を自分の従者とした。それが、この歪んだ関係の始まりだった。
墓参りを終えた私達は、昼食を取るために近くの丘に向かった。ライニー様の墓を街の人達から隠すために建てられたあの小屋は、中が全く掃除されておらず、食事をする気にはとてもなれない。丘の頂上近くで敷物を広げている時に、ふと自分がずっと持っていた袋に意識がいった。
「アライア様、お昼にこちらもどうぞ」
「あら、ありがとう……っ!リーナ、これ!」
「はい。アライア様が、以前お好きだとおっしゃっていたお菓子です。市場で見かけて、こっそり買っておきました」
「ありがとう、リーナ!あなたは本当に、私の1番の理解者よ!」
アライア様は、何かの歌を口ずさみながら持ってきたバケットに手を伸ばそうとしたところで、何を思ったのかその手を止めた。
「そうだわ、リーナ。さっきあげたイヤリング、今私が貴女に付けても良い?」
「えっと、付けること自体はもちろん構いませんが、今ですか?」
「えぇ、今!」
何やら唐突な思い付きをしたアライア様の言う通りにイヤリングを手渡す。アライア様は私の左側に回り、キングサリの装飾が揺れるイヤリングを耳に近づけた。
「……よし、できたわ。リーナ、痛くはない?」
「はい、特には。多少の違和感がありますが、すぐに慣れると思います」
「良かった。すごく似合っているわ!」
次は右側に来ると思っていたアライア様は、なぜか私の正面に戻ってきて、右耳用のイヤリングを差し出した。
「アライア様?もう片方はされないのですか?」
「えぇ、これで良いの。右側のイヤリングは、お守りとして持っていて」
不思議に思ったが、少し寂しそうなアライア様の表情を見て、何も言えずに頷いて片割れのイヤリングを握った。
「アライア様。私も、アライア様に先程贈ったブレスレットをお付けしてもよろしいですか?」
「もちろん!リーナが付けてくれるなんて、嬉しいわ!」
大袈裟に喜ぶアライア様に苦笑しながら、私は受け取ったブレスレットの留め具に手をかけた。アライア様の細い手首に三重ほど巻き付けると、ブレスレットはちょうど良い長さになった。
「ありがとう、リーナ。やっぱり、とても綺麗ね」
「はい。とてもお似合いですよ」
私は誓ったのだ。自分とは正反対のライニー様を演じてでも、私の新しい場所を作ってくださったアライア様をお守りするために生き続けると。胸の内から食い殺されるような罪悪感に苛まれ続けるとしても、必ず主を守ると。
他の誰もが、アライア様をアライア様として見なくても。アライア様でなく、ライニー様を求め続けても。私は、私だけは、アライア様を永遠にお慕いし続ける――。
キングサリの誓い あか月 @akatsuki010822
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