第2話
街の市場は、朝早い時間にもかかわらず、とても賑わっていた。ライと2人で市場を見て回っていると、あちらこちらから声をかけられた。
「ライ様!おはようございます」
「おはようございます。本日も精が出ますね」
「
「えぇ、今日は公務がないので、リーナとお出かけに来たんです」
「ライ様は、本当にリナールと仲がよろしいですね。お休みの日まで一緒にいらっしゃるなんて」
「私が無理行って、リーナにお休みの日を合わせてもらったんです。どうしても、今日は一緒に街に来たくて」
ひっきりなしにかけられる言葉に、ライは1つ1つ丁寧に答えていった。私は、自分が話しかけられない限り、黙ってライの警護に徹する。自分に愛想がない自覚はあるから、こうやって大勢の人に囲まれても笑顔で会話ができるライは凄いと思う。……本当に、心から尊敬している。
「ライ様、今朝新鮮な果物が届いたんですよ!ちょっと見ていきませんか?妹さんが好きだと前に話していらっしゃった果物もありますよ!」
「まぁ、美味しそう!お土産として買って帰ったら、妹も喜びそうだわ。帰りに立ち寄らせていただくわね」
たくさんの人に笑顔で接するライを見ていると、酷く息が苦しくなった。その顔を見ていたくなくてそっと目を逸らすと、ちょうど露店に並べられている鏡に目がいった。小さな鏡には、苦しそうに顔を歪ませる自分の顔が映っていた。
「そうだ。今日は、アクセサリーを買いに来たんです。どこか、お薦めのお店はありませんか?」
「それでしたら、そこの路地を1本入ったところにある露店なんてどうですか?花をモチーフにした、綺麗な装飾具を売っていましたよ」
「それは素敵ですね。ねぇ、リーナ。そのお店に行ってみましょう?」
「……あ、はい、そうですね。伺ってみましょうか」
物思いに耽っていたせいで、少し反応が遅れてしまった。慌てて頷けば、ライは少し訝しげにしながらも、特に追及してくることはなかった。
「えぇ、早く行きましょう」
待ちきれないのか、ライは私の手を取って商人が指差した路地に早足で向かう。その背中をぼんやりと眺めている間にも、通りすがりの人達からしきりに声をかけられ、その度にライは楽しそうに笑顔を咲かせている。ライがその笑顔を浮かべる度、じくじくと胸の内が嫌な痛みを覚える。街の喧騒も、人の声も、今は全てが煩わしかった。
「……あ、ここかしら?」
先程薦められたという露店には、案外早く到着した。2人で近寄ってみてみれば、美しい装飾が施された花のアクセサリーが、所狭しと並んでいた。物珍しそうに商品を見ていると、店番の女性が私達に声をかけてきた。
「あら、ライ様とリナールじゃないですか。おはようございます」
「おはようございます。とても綺麗なアクセサリーですね」
「うちのは、1つ1つ手作りで作っていますから、どれも一級品ですよ。ぜひゆっくりご覧になってくださいね」
「そうさせていただきますね」
私達がゆっくり商品を見られるように気を使ってくれたのであろう、すぐに背を向けて別の仕事を始めた店番に、私も心の中でお礼を言って、並べられているアクセサリーに目をやった。色とりどりのアクセサリーを眺めていると、何か気に入った物があったのか、ライが小さく声を上げて商品の1つに手を伸ばした。
「ねぇ、リーナ。この花、とても綺麗だと思わない?」
そう言って私の目の前に差し出されたのは、花の形を模したイヤリング。黄色い藤だろうか、特徴的な形の花だった。
「すみません、こちらは何の花がデザインされているのですか?」
「どれどれ……。あぁ。これは、キングサリっていう花ですよ」
「キングサリ……。初めて聞く名前ですね。リーナは知っていた?」
「いえ、私も初めて知りました。藤の亜種ですか?」
「おっ、リナール、漸く口を開いたね。そうだよ。ちょうどこの時期に咲く美しい金色の花でね。ここら辺だと、街外れの丘の向こう側に咲いているらしいよ」
「流石、お詳しいですね」
「ハハッ、これも商売ですからね。この花は、花言葉が素敵でね。『相思相愛』。贈り物にもピッタリな花なんですよ」
それを聞いて何を思ったのか、ライは目を輝かせて私の方を向いた。
「そうだわ、リーナ!折角だから、お互いに贈り合いっこをしない?」
「贈り合いっこ、ですか。私は構いませんが、ライはそれで良いのですか?自分の気に入った物を買った方が……」
「リーナが選んでくれた物なら、何でも気に入るわ」
「それなら良いのですが……」
「じゃあ、それで決まりね!選びましょう!」
とは言え、商品が並んであるのはせいぜい1メートル四方。どうしても相手が手に取っている物が見えるため、結果的に2人で選ぶようになってしまう。
「ライ、これなんてどうですか?」
私は、先程ライが興味を示していたキングサリのブレスレットを手に取った。キングサリの花びらを閉じ込めた透明なガラスの小さな箱が、細いチェーンに通っている造りになっている。手首に巻くには些か長いチェーンは、何重かに巻く仕様になっているのだろう。
「素敵!さっきのキングサリの花が使われているのね」
「この花、気に入っていたみたいだったので」
「だって、とても綺麗なんだもの。それじゃあ私は……やっぱりこれね」
その言葉と共に差し出されたのは、最初にライが手にしていたキングサリのイヤリングだった。
「どうせなら、お揃いの物にしたいけれど、リーナはブレスレットを付けないでしょう?」
「そうですね。剣をふるうのに邪魔になってしまうので、装飾品はあまりつけないですね」
「だから、イヤリングなら邪魔にならないと思って。どうかしら?」
私は、ライからイヤリングを受け取り、その形を確認した。あまり重いものや装飾の派手なものは、護衛としても従者としても付けるのには不向きだが、これはシンプルな見た目の上に軽い。戦闘中、邪魔になる心配もなさそうだ。
「とても良いと思います」
「良かった!なら、これを買いましょう。すみません、この2ついただけますか?」
「はーい」
店番からそれぞれ選んだ物を受け取り、それを交換する。たったそれだけのことなのに、嬉しそうにするライを見ていると、何となく自分の表情も和らいだのが分かった。
アクセサリーを見た後は、その近くの露店をのんびりと見て回った。ライもそうだったが、私自身、最近は働きづめだったため、こんな風にゆっくりとした時間が取れるのはありがたかった。
人がそこそこ集まっている通りに出た時、私は視界の端に“ある物”を見つけた。ライを見ると、近くの店の店主との会話に花を咲かせていて、こちらに意識が向いている様子はない。少しの間だから、声をかけなくても問題ないだろうと判断し、私は目を留めた店に1人で向かった。目当ての物を買い、早くライの元に戻ろうとした時――
「キャーー!」
辺りに、悲鳴が響いた。
「何?!」
「おい、どうした!!」
悲鳴に呼応するように、辺りにざわめきが走る。何が起こっているのかは分からないが、とりあえずライの傍に戻ろうと足を速める。ライの姿を目視できるほどに近付いた時、ライも私に気がついたらしく私の方へと駆け寄ってくる。その時、辺りのざわめきが急に大きくなった。
「退けっ!テメェら邪魔なんだよ!!」
そちらの方から、怒鳴り声と共に男が勢いよく走って来たのだ。片手には、何か――恐らく金貨だろう、がたくさん入った麻袋。紛れもなく強盗だ。そして、強盗のもう片手には、鉛色に光るナイフが握られていた。
「……っ!!」
そして、あろうことか、その強盗の向かう先にはライがいた。ライとの距離は、私より強盗の方が近い。このままだと、ライに危害が及ぶ可能性がある――。
咄嗟にそう判断した私は、体の向きをライから男の方へと転換させた。そして、腰に挿していた剣ではなく、懐に隠し持っていた短剣を鞘ごと強盗へ投てきした。鞘は私の思い通りに弧を描き、強盗の頭に直撃。鈍い音と共に、強盗はうつ伏せに倒れこんだ。その隙に一気に距離を詰め、強盗が起き上がる前にその体を馬乗りになって抑え込んだ。
「こいつは、ミラー家が引き取って尋問にかける。誰か、こいつを縛るロープを頂戴」
私が周りを見回すと、すぐに何人かの大人たちがロープを探しに行くのが見えた。
「おい!このっ、小娘!!たかが盗みをしただけで、尋問になる訳ないだろう!!」
「黙れ。知らなかったのなら教えてやる。ここルメール領では、強盗罪をはたらいた者は尋問刑に処すことになっている。7年前からな。文句があるなら、尋問ではなく拷問にかけてやるが?」
拷問という単語に恐れをなしたのか、強盗は幾分か大人しくなった。それでも、大人達が縄を持ってくるまで絶対に逃がすまいと、そいつを拘束することに気を取られていた私は、すっかり失念していた。
「リーナ!」
今この場には、ライがいるということを。
「っ!ライ、駄目です!こっちに来ないでください!」
「え?……っ!!」
ライの視線が、自然と私の取り押さえている強盗の方へ向く。その目が強盗の手元を映した時、ライの体が不自然な程に硬直した。サーっと彼女の顔から血の気が引いたのが分かって、自責の念が込み上げてきた。
腰に挿していた剣を、今度も鞘ごと振り上げて強盗の頭を強めに殴る。後頭部を強打した男が気を失ったのを確認してから、私は立ち上がってライの方へと駆け寄った。
「ライ!」
とうとう足に力が入らなくなったのか、座り込んでしまったライの方を前から掴み、顔を覗き込む。真っ青な顔で俯いたライを落ち着かせるように、私は何度も彼女の名前を呼んだ。私達の様子がおかしいことに気づいたのか、街の人達もわらわらと私達の周りにやって来た。それに気づいたのか、ライはすぐに顔を上げた。
――浮かぶのは、いつも通りの表情。
「心配をおかけしてしまって、申し訳ありません。私は大丈夫です。刃物を持って暴れている人なんてそう見ないから、驚いてしまって……」
ライが困ったように眉を顰めると、街の住人は皆それを信じたようで、口々に賛同した。ちょうど向こうから、縄を持った大人たちが戻ってきたので、そちらの対応をしようと腰を上げた時、小さな女の子が駆け寄ってきた。
「大丈夫?
何気ない女の子の言葉に、先程とは違う意味で顔が強張るのを感じた。横を見ると、ライも私と似たような表情を浮かべている。咄嗟に口を開くが、そこから声が出ることはなく、ただ開閉を繰り返すことしかできなかった。
「……えぇ、大丈夫よ。ありがとう」
しかし、ライが固まっていたのは一瞬のことで、すぐに笑顔で女の子にお礼を言った。
「
「まぁ、ありがとうございます」
ライの様子が元に戻ったことが分かったのか、他の人達も彼女に話しかけ始めた。ライニー様、ライニー様と、笑顔でその名を口にする。だけど……。
(違う、違う、違う違う違う……。その方は……、ライは、ライニー様じゃない……。だって、この方は。ライの名前は……)
「……アライア様……」
やっと口からこぼれた言葉は、隣にいたライの耳に入らないほど小さなものだった。
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