第3話 逆鱗(トリガー)~その引き金は、引いてはいけなかった~


  ギンッ!!

 重たい金属音が、森の深層に響き渡る。

 ボクが受け止めたのは、身の丈2メートルを優に超える巨漢――エリアボス『オーク・ジェネラル』の大剣だ。

 ボクの胴体よりも分厚い、圧倒的な鉄の塊。

 それが風切り音を唸らせて迫るたび、周囲の木々が余波だけでへし折れていく。

「くっ……重いな!」

 ボクは歯を食いしばり、短剣(ダガー)でその一撃をいなす。

 さすがは深層のボスだ。先ほどのゴブリンどもとは桁が違う。

 擬態状態(黒髪モード)の今のボクは、人間としては破格の身体能力を持っているが、それでも質量差がありすぎる。

「ブモオオオオオッ!!」

 オーク・ジェネラルが咆哮し、追撃の剛腕を振り下ろす。

 速い。回避が間に合わない――そう思った瞬間だった。

「姫奈ちゃん、右!!」

 詩織の鋭い指示が飛んだ。

 ボクの思考より早く、身体がその声に反応する。

 反射的に右へとステップを踏むと、豪風と共に大剣がボクの左横を通り過ぎ、地面を粉砕した。

「今です! 奴の攻撃硬直、あと1.5秒! 脇腹の装甲が剥がれてます!」

「――了解!」

 詩織の言葉を疑う余地などない。

 ボクは地面を蹴り、無防備になったオークの懐へと潜り込んだ。

 彼女が指摘した脇腹の隙間。そこへ全霊の力を込めた一撃を叩き込む。

「貫けぇぇッ!」

 ズプッ、と肉を裂く感触。

 短剣が心臓へと達し、巨人がビクリと痙攣した。

「ゴ、ガァ……ッ」

 ドォォォン……。

 地響きと共に、オーク・ジェネラルが崩れ落ちる。

 光の粒子となって消滅していくボスを見下ろし、ボクは大きく息を吐いた。

「はぁ、はぁ……。やったか」

「お疲れ様です、姫奈ちゃん! 完璧なタイム、完璧なカメラワークでした!」

 詩織がタオルとスポーツドリンクを持って駆け寄ってくる。

 その顔は、興奮と安堵で上気していた。

「助かったよ、詩織。キミの指示がなきゃ、今の攻撃は躱せなかった」

「そ、それは……私の仕事ですから。マネージャーとして、演者の安全管理は当然です」

 詩織はツンとすまして見せるが、ドリンクを渡す指先が、ボクの手と触れ合う。

 ボクはその手を、ギュッと握り返した。

「ありがとう。……キミは最高のパートナーだ」

「っ!? い、いきなり何言ってるんですか! 配信中ですよ!?」

 真っ赤になって慌てる詩織。

 コメント欄も『てぇてぇ(尊い)』『これが夫婦か』『実質プロポーズ』と爆発的な盛り上がりを見せている。

 強敵を倒した達成感と、確かな絆。

 最高の配信だ。今日もまた、ボクたちの勝利で終わる――はずだった。

 ズドンッ!!

 乾いた破裂音が、唐突にその空気を切り裂いた。

「え?」

 ボクの目の前で。

 詩織のジャージの肩口が、赤く弾けた。

 一瞬、世界から音が消えた。

 ドクン、と心臓の音だけが、耳の奥で嫌な音を立てる。

「あ……」

 スローモーションのように、詩織が力の抜けた人形となって崩れ落ちる。

 鮮血が舞い、ボクの頬に温かい雫がかかった。

 現実感が戻ると同時に、激痛に歪む詩織の悲鳴が遅れて届く。

「詩織ッ!?」

 ボクは咄嗟に彼女を抱きとめる。

 肩が撃たれている。貫通銃創だ。

 (あの距離から、正確に肩の関節を……!?)

 少しでもズレていれば心臓だった。恐ろしいまでの精度(スナイプ)だ。

「う……ぁ……」

「詩織! しっかりしろ! 誰だ!?」

 ボクは殺気を撒き散らしながら、銃声のした方向を睨みつける。

「――へぇ。今の初弾(ファースト・キス)を防げないなんて、S級の騎士様も鈍ったもんだね」

 森の木陰から、ねっとりとした甘い声が響く。

 カツ、カツ、とブーツの音を響かせて現れたのは、一人の女だった。

 テンガロンハットに、牛柄の極小ビキニ。腰には二丁の巨大なリボルバー。

 明らかにボクたちと同じ、『ダンジョンマスター』の気配だ。

「誰だ、キミは……ッ!」

「アタシ? アタシは**『荒野のアニー』**。このエリアの狩猟権はアタシが持ってるのさ」

 アニーと名乗ったカウガールは、回転式拳銃(リボルバー)の硝煙をフゥーッと吹き消し、下卑た笑みを浮かべた。

「ボス相手にあんなギリギリの戦いしてさぁ。見てられなかったよ。……SS級なんて聞いてたけど、とんだ見掛け倒しだね」

「……ボクを狙ったんじゃないのか」

「ハッ! アンタを撃っても防がれるだろ? だから、まずは邪魔な『ゴミ』を掃除したのさ」

 アニーの銃口が、ボクの腕の中でぐったりとしている詩織に向けられる。

「その女、Eランク以下の一般人じゃん。S級のアンタには釣り合わないよ。アタシが楽にしてあげる」

 ゴミ。

 掃除。

 釣り合わない。

「……詩織は」

 ボクの中で、何かが切れた音がした。

 プツン、と。

 理性のヒューズが飛び、視界が赤く染まる。

「詩織は、ゴミじゃない」

「あぁ? なんか言った?」

 ボクは詩織を優しく地面に寝かせると、ゆっくりと立ち上がった。

 全身の血液が沸騰する。

 丹田に溜め込んでいた『欲望エネルギー』が、暴走を始める。

 いや、違う。これはファンの欲望じゃない。

 これは――ボク自身の、純粋な『怒り』だ。

「よくも……ボクの大切なものに、傷をつけたな」

 ブォンッ!!

 ボクの身体から、黄金のオーラが噴き上がった。

 認識阻害の魔道具が、圧力に耐えきれず砕け散る。

 黒髪のツインテールが解け、光り輝く白銀の髪へと変貌していく。

 日本人の丸みを帯びた耳が、鋭く尖ったエルフのそれへと戻る。

『えっ?』

『髪の色が……変わった?』

『演出か!? いや、なんだこのプレッシャーは!?』

『画面越しなのにチビりそうなんだが』

 フリルのアイドル衣装が光の粒子となって消滅し、その下から、本来の戦装束が現れる。

 ミスリルの輝きを放つ、ハイレグのビキニアーマー。

 露出度はアイドル衣装の比ではない。だが、今のボクから漂うのは『エロ』ではない。

 圧倒的な、『神威』。

 システムウィンドウが、バグったような警告音と共に書き換わる。

 【 MATE VALUE: 測定不能(ERROR) 】

 【 状態: 激昂(Wrath of Goddess) 】

「は……?」

 アニーの余裕の笑みが凍りつく。

 目の前の女が纏う空気が、一瞬にして変わったことに気づいたのだろう。

 だが、もう遅い。

 ボクは銀髪をなびかせ、冷酷な瞳(エメラルド・アイズ)で、死にゆく獲物を見下ろした。

「跪け、下郎。……処刑の時間だ」

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