第2話 穢れ(ゴブリン)の価値はゴミ以下

ボクたちが深層エリアの森に足を踏み入れた、その時だった。


「ギギャ……」 「ギャッ! ギャギャッ!」


 茂みの奥から、下卑た鳴き声が響く。  現れたのは、小柄だが醜悪な緑色の小鬼たち。ゴブリンだ。  ざっと二十匹はいる群れの中、ひときわ大きく、薄汚れた骨のネックレスをジャラジャラとぶら下げた個体が、先頭に立っていた。


「うわぁ……定番ですね。コメント欄も『ゴブリンきたー!』って盛り上がってますよ」 「フン、よりによってこの世界の穢れ(ゴブリン)か」


 ボクは不快感を隠そうともせず、鼻を鳴らした。  リーダー格と思われるそのゴブリンは、濁った黄色の瞳で、ボクの太腿から胸元をねっとりと舐め回すように見ていた。  その口端からは、汚い涎が糸を引いている。  鼻を突くのは、腐ったチーズと汚物を煮詰めたような、強烈な悪臭。


『ゴブリン多すぎwww』 『姫奈ちゃん逃げてー!』 『あの骨ピアスのやつ、完全に目がいやらしい』 『くっころ来るか!?』


 コメント欄が期待と不安(と性的な妄想)で加速する。


「詩織、カメラ位置はそのままだ。ボクの『舞い』を、一番いいアングルで撮れ」 「了解です! ……あのリーダー個体、姫奈ちゃんにロックオンしてます! ズームします!」


「ギャオオオッ!」


 骨ネックレスのゴブリンが、欲望を剥き出しにして飛びかかってきた。  距離が詰まる。  黄ばんだ鉤爪の間には、何かの肉片が挟まっているのが見えた。


(――ああ、本当に汚らわしい!)


「姫奈ちゃん、気をつけて……っ!」


 背後から、詩織の悲鳴にも似た声が届く。  ただの業務連絡じゃない。心底、ボクの身を案じ、この穢れがボクに触れることを恐れる声だ。  その声が、ボクの剣速をさらに加速させる。


「――消えろ」


 ボクは一歩も動かず、短剣(ダガー)を一閃させた。  銀色の軌跡が空中に描かれる。


 ズンッ。


 ゴブリンの右腕が宙を舞った。  さらに返す刀で、その首筋に峯打ちを叩き込む。  ゴブリンは悲鳴を上げる間もなく、地面に無様に転がった。


『は?』 『つっよ』 『え、今見えなかったんだが』 『SS級って伊達じゃないのか!?』


 残りのゴブリンたちが怯む。だが、野生の欲望が恐怖を上回ったのか、一斉に襲いかかってきた。  ボクはスカートを翻し、舞うように敵陣へ飛び込む。  黒髪ツインテールが踊り、フリルの衣装が風を切る。  そのたびに、ゴブリンたちの四肢が千切れ飛び、悲鳴ごとき断末魔が森に響く。


「すごい……! 今日の姫奈ちゃん、キレッキレです!」 「当然だ。……これだけ見られているんだからな!」


 最後の一匹。  先ほどのリーダー格が、片腕を失った状態で這いずり逃げようとしていた。  傷口からドス黒い体液を撒き散らしながら、醜く痙攣している。


「ギ、ギギィ……」


 命乞いをするように見上げるゴブリン。その口からは、ダラダラと汚い涎が垂れ流されている。  ボクはゆっくりと歩み寄り、その顔面の前に純白のブーツを置いた。


「おい、ゴミクズ。誰を見上げている?」


 グシャリ。  容赦なく、踵(ヒール)でその鼻面を踏み抜く。  骨の砕ける感触と共に、ブーツの裏にヌルリとした不快な感触が伝わる。


「グギャッ!?」 「キミたちがボクを見る時、そこには『死』以外の未来はないんだよ」


 冷酷に見下ろすボクの瞳。  カメラはその表情をドアップで捉えていた。  アイドルとしての愛嬌など欠片もない、絶対的な強者の蔑み。


『踏まれたい』 『俺も踏まれたい』 『ありがとうございます!!』 『ゾクゾクした……一生ついていきます姫様』


 ボクはため息をつくと、足元の汚物を蹴り飛ばし、トドメの一撃を突き刺した。  光の粒子となって消滅するゴブリンを見届け、ボクはカメラに向かってニッコリと微笑んだ。  瞬時に『アイドル・貴志姫奈』に戻る。


「みんな~! 怖かったけど、なんとか勝てたよっ☆ 応援ありがとね!」


『怖かった……?』 『どの口がwww』 『最強すぎる』


「詩織、怪我はないか?」 「はい! 完璧な映像が撮れました! 今の『踏みつけ』のシーン、瞬間最大同接出ましたよ!」


 詩織がサムズアップをする。  ボクたちは頷き合い、さらに奥へと進む。


 ――その時。


 ゾクリ、と背筋に冷たいものが走った。  ゴブリンの視線とは違う。  もっと鋭利で、冷たく、そして明確な殺意を持った『視線』。


(……なんだ? 今、何かに狙われたような……)


 ボクは足を止め、反射的に周囲の木々を見回す。  だが、そこには風に揺れる枝葉があるだけだ。


「姫奈ちゃん? どうしました?」 「……いや。気のせいか」


 ボクは首を振り、その違和感を振り払った。  ここまでは順調だ。  だが、ボクたちはまだ気づいていなかった。  この森の影から、もう一つの視線――獲物を狙う狩人(ハンター)の銃口が、ボクたちに向けられていることを。

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