姫騎士からは逃げられない ~S級アイドル声優は、性的な視線を糧に無双する~
石橋凛
第1話 姫騎士の価値はS級、従者の価値はプライスレス
「……なあ詩織。本当にこのヒラヒラした服を着なきゃいけないのか?」
控室の鏡の前。 ボクは自分の姿を映して、盛大な溜息を吐いた。
鏡の中にいるのは、腰まで届く艶やかな黒髪を二つ結びにした、可憐な少女だ。 フリルがたっぷりついたアイドル衣装。スカート丈は極限まで短く、動くたびに絶対領域がチラつく。 我ながら、完璧な擬態だ。 異世界から転移してきて一年。ボク――貴志(きし)姫奈(ひめな)は、この『黒髪ツインテール』の姿で、日本のアイドル声優業界に潜伏している。
だが、中身は違う。 ボクの本質は、剣と誇りに生きるエルフの騎士だ。こんな軟弱な格好、本来なら羞恥心で死ねる。
「必要です、姫奈ちゃん! 今日のダンジョン探索配信は『深層』アタックなんですから! 推定同接(同時接続者数)は十万人超え……これくらいの『燃料』を集めないと、ボスの装甲は抜けません!」
ボクの背後で、甲斐甲斐しく衣装のリボンを調整しているのは、パートナーの御影(みかげ)詩織だ。 地味な黒髪を後ろで束ね、動きやすいジャージ姿で駆け回る彼女は、この煌びやかな芸能界において、あまりにも目立たない。 けれど、ボクにとってはこの世界で唯一、背中を預けられる『従者』だ。
「燃料、燃料ってね……。ボクは騎士だぞ? 正々堂々、剣技だけで勝負したいんだが」 「はぁ……またそれですか? 姫奈ちゃん、今の自分の立場わかってます?」
詩織は呆れたように溜息をつくと、ボクの背中のリボンを、少し強めにギュッと締め上げた。
「ぐえっ」 「今の姫奈ちゃんは『騎士』じゃなくて『商品』なんです。データを見てください。露出面積と同接数は完全に比例してるんです。ボスの装甲を抜きたければ、肌を出す。常識でしょ?」
地味なジャージ姿の詩織は、手元のタブレットを指先で叩きながら、淡々と業務連絡のように告げる。 このクールでドライな態度。 だが、ボクは知っている。彼女が衣装の裾を直す手が、わずかに震えていることを。
「……それに、もしそのS級の肌に傷でもついたら、来週のグラビア撮影が飛びます。違約金、払えるんですか?」 「わーかった、わかったよ。稼げばいいんだろ、稼げば」 「……あと、それと」
詩織は作業を終えて前に回ってくると、少しだけ顔を背けて、ボソッと言った。
「……怪我、しないでくださいね。私のマネジメントに傷がつくと……その、困りますから」 「素直じゃないなぁ」
ボクは詩織の頭をクシャっと撫でた。 「わ、セットが乱れます!」と抗議してくるが、その耳が赤いのは隠せていない。
「ボクは貴志姫奈だぞ。キミがプロデュースする『最強のアイドル』に、敗北の二文字はない」
そうだ。 このふざけた世界システム――人間の価値を『メイトバリュー(性的価値)』なんて数値で測るクソみたいなルールの中で、ボクたちは生き残らなきゃいけない。 そして何より、この本名を隠し通さなきゃいけないのだ。
(頼むからバレないでくれよ……ボクの本名、『クッコロ』なんて恥ずかしい名前……!)
かつて、転移直後にうっかり本名を名乗った時の、あの日本人たちの爆笑と生暖かい視線。二度と味わいたくない。 そのためにも、ボクは完璧な『貴志姫奈』を演じきる。
『――本番、10秒前!』
スタッフの声が飛ぶ。 ボクは鏡に向かって、ニヤリと不敵に笑ってみせた。 スイッチを切り替える。 ここからは、愚民どもがひれ伏す『高貴なる姫騎士様』の時間だ。
「よし……行くか。詩織、ボクから離れるなよ」 「はいっ、姫奈ちゃん!」
◇
――ダンジョン第一階層、『始まりの草原』。 人工太陽の光が降り注ぐ草原エリアに、ボクたちは立っていた。
目の前には、詩織が構える空中浮遊型のドローンカメラ。 そのレンズの向こうには、既に数万人の視聴者が待機している。
「3、2、1……キュー!」
詩織の合図と同時に、ボクは顔に『アイドル用スマイル(営業用)』を張り付けた。
「みんな~! こんひめ~! S級アイドル声優の貴志姫奈だよっ☆」
自分で言ってて鳥肌が立つほど甘ったるい声。 だが、効果は絶大だ。 空中に投影されたコメント欄が、凄まじい勢いで流れ始める。
『うおおおおお姫奈ちゃあああん!』 『こんひめー!』 『今日の衣装ヤバすぎwww』 『絶対領域! 絶対領域!』 『黒髪ツインテ最高かよ』
(……チョロいな、愚民どもめ)
心の中で悪態をつきながら、ボクはスカートの裾を少しだけ摘んで、あざとくポーズを決める。 それだけで、ドローンカメラのインジケーターが赤く点滅した。同接数が跳ね上がった合図だ。
「今日はね、なんと……未踏破エリアの『深層』近くまでお散歩しちゃいまーす! マネージャーの詩織ちゃんも一緒だよ~」
カメラを詩織に向ける。 詩織は一瞬だけビクッとしたが、すぐにペコリと頭を下げた。
「……マネージャーの御影です。本日は姫奈の護衛と撮影を担当します」 『マネージャーちゃん相変わらず真面目w』 『もっと笑ってー』 『姫奈ちゃんの引き立て役おつ』
コメント欄の無遠慮な言葉に、ボクのこめかみがピクリと跳ねる。 引き立て役? 笑わせるな。この配信が成立しているのは、詩織の完璧なナビゲートがあってこそだ。 だが、今は言い返すわけにはいかない。
「さてさて! ダンジョンに入る前に~、みんなが気になってるアレ、見せちゃおっかな?」
ボクは空中に指を走らせ、システムウィンドウを展開する。 通常、ダンジョンマスターの情報は秘匿されるものだが、ボクはあえて『公開設定』に切り替える。 表示されるのは、この世界がボクにつけた、ふざけた評価額だ。
【 NAME:Kishi Himena 】 【 JOB:Idol / Knight 】 【 MATE VALUE(交配基礎値): SS 】
ドォォォォン! と効果音が鳴りそうなほどの威圧感で、黄金色に輝く『SS』の文字が浮かび上がる。 一瞬、コメントの流れが止まった。 そして次の瞬間、爆発した。
『ファッ!?!?』 『SS!?!?!?』 『おい見たか今の! SSだぞ!?』 『トップ女優でもAランクだろ!? バグってんのか!?』 『国宝級……いや、世界遺産レベルだ』
「えへへ、すごいでしょ~? みんなの応援のおかげで、また上がっちゃったみたい!」
カメラに向かってウインクを飛ばす。 その瞬間、ボクの丹田のあたりに、熱い塊が流れ込んでくるのを感じた。 ――来た。 数万人の視聴者から放たれる、どす黒く、しかし純粋な『欲望』のエネルギー。 《愛欲変換(ラスト・コンバート)》が作動し、ボクの肉体に力が満ちていく。
だが、視聴者の驚愕はそれだけでは終わらなかった。 彼らは気づいてしまったのだ。ウィンドウの下部に小さく表示された、詳細パラメーター(内訳)に。
【 Purity(聖性・純潔度): Unbroken(処女守護) ※Bonus Multiplier x10.0 】
『おい待て』 『え?』 『Unbrokenって……まさか』 『処女ボーナス10倍かかってるぞオイ!!!』 『うおおおおおおおおおお!!』 『ユニコーンの俺、歓喜のいななき』 『あの格好で!? あの痴女みたいな衣装で未経験なんですか!?』 『推せる……一生推すわ……』 『俺がそのボーナスを解除(以下検閲)』
コメント欄の流れる速度が、もはや肉眼では追えないレベルに加速する。 同時に、ボクの身体に流れ込んでくるエネルギーの質が変わった。 先ほどまでのドロドロとした欲望に、狂信的なまでの『崇拝』が混ざり始めたのだ。
(……いい視線だ。悪くない)
ボクは心の中で、その粘りつくような欲望を咀嚼し、魔力へと変換していく。 普通なら吐き気を催すような劣情も、今のボクにとっては極上の燃料だ。 『純潔』であること。それはボクにとって、ただの戦略的リソースに過ぎない。 誰かに身を許せば、この『システムが保証する最強の補正(バフ)』は消滅する。だからこそ、ボクは誰にも触れさせない。 この身を焦がす視線だけを糧に、ボクは最強であり続ける。
「さあ詩織、行くぞ。エネルギーは満タンだ」 「は、はい! ……すごいですね、同接数がサーバーの記録を更新しましたよ」
詩織が興奮気味にタブレットを操作する。 ボクたちは草原エリアを抜け、薄暗い森――『深層』への入り口に足を踏み入れた。
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