後編・コカトリス

「おじい様! この先の林に行ってみましょうよ!」

「……。ロイ、今は親鳥がひなを育てているから止めておこう。さぁ、おいで。屋敷でボードゲームでもしようじゃないか」


 この前見た夢だ。でも今回の僕はヒナを見たいと譲らなかった。


「おじい様。僕、しずかにするから見ましょうよ?」

「…………だからお前は、右手も夢も希望も失うのだぞ?」


 祖父だった男は、いつの間にか黒い甲冑を着た騎士に変っていた。黒騎士が一閃を放つと、僕の右腕は弧を描いて地に落ちる。


「ぐっ……ああああ!!!」


 ◇


 祖父の思い出に腕を失った時の記憶を合せるなんて、神はやはり意地が悪い。長距離移動で疲れが出てしまったのだろうか? 腕の傷が酷く疼いた。

 いつもサイドテーブルに置いている痛み止めを取ろうと左手を伸ばすが、虚空を掴むだけだった。

 しまった、ここは別邸だ。薬をトランクに仕舞ったままだった。呻きながら体を起すと扉が激しくノックされる。


 ――コンコンコン! コンコンコン!!


「ロイ様!? ご無事ですか??」


 相当な大声で叫んでしまったようだ。僕を心配するノックは鳴りやまない。「大丈夫だ」そう絞り出そうとした瞬間、扉が開いた。

 寝間着にガウンを羽織ったエレナが入ってきた。昼と違い長い髪は降ろされ。毛先が優しく波打っていた。


「――!! どうされましたか? 汗が!!」

「起してしまってごめん……。傷が酷く疼いてしまって……」


 トランクから薬を取って欲しいと頼もうとした時、一段と傷が疼いた。


「ぐぅうっ……」

「――!!」


 彼女にこんな姿を見せて情けない。この右腕が憎かった。しかし、その憎しみは甘い香りに遮られる。

 エレナが隣に座り、僕の右腕に抱きつくように触れた。眼鏡の隙間から見えた目に赤い光が宿る。


 彼女も異能が使えるのか!?


 痛む腕に彼女の温かさを感じた。その温かさは僕の痛みを融かしていく。時間はどれくらいだったのだろう、10分のようにも1時間のようにも感じた。

 完全に痛みが消えた頃、エレナがふっと息を吐く。チラリと上目づかいで僕の様子を窺うが、すぐに目は逸らされた。疲れが含まれた笑みで彼女は穏やかに言った。


「ロイ様、痛みは収まりましたか?」

「……ああ。ありがとう。エレナも異能持ちだったのだね?」

「はい、大旦那様には使ってはいけないと言われていましたが、大旦那様の大切なロイ様に使うなら許して下さるでしょう」


 祖父が彼女にこの異能を使うなと言うのは頷けた。癒しの異能はとある家系にしか顕現しない。――教会上層の関係者だ。


 さらに僕には不安が過る。エレナが自身の手を握り、凍えはじめたのだ。


「あれ?……あれ?? 寒い……」

「エレナ、それは飢えだ! 僕が力を使わせたから!!」

「いえ、春先で冷えるだけで……」


 彼女は言葉を続けられず、歯をカタカタと鳴らし始めた。


「君の飢えは何で満たされる? 教えてくれ!!」


 眼鏡越しのエメラルドは困惑するばかりで、彼女は分からないと首を振った。ただ、青ざめた唇から彼女の心が染み出す。


「さむい……寂しい……」


 今日の玄関での出来事を思い出した。一か八か。寒がる彼女を左手と残された右腕で抱きしめる。お願いだ、どうか収まってくれ。


 凍えきった彼女の冷たさを感じ始めた時、耳元で小さなつぶやきが聞こえた。


「ロイ様の手、あたたかい……」


 こわばっていた彼女の体から、少しずつ力が抜けてゆく。

 

 異能持ちの飢えは、その人物が足りないと思うモノを求める。幼い頃飢饉ききんに苦しんだ父は食を。知識不足で大切な祖母を救えなかった祖父は知識を。心の穴を埋めるように、飢えは足りないものを求める。


 飢えが落ち着いたエレナは、僕の腕の中で静かに寝息を立て始める。彼女の体には温かさが戻っていた。静かに彼女をベッドに寝かせ、白い頬を手の甲で撫でた。


 恐らくエレナの心の穴は孤独。他者からの温もりに飢えいる。心に穴をあけるほどの事が彼女に……一体彼女は何者なんだ? コカトリスはなぜ彼女の過去を隠そうとする?


 ――コカトリス。エレナを知るにはコカトリスを避けて通れないようだ。


 まだ日も登らない早朝、眠るエレナをベッドに置いて僕は庭へ向かう。コカトリスが秘密を隠す林の前にやって来た。僕はランプを翳しながら薄暗い小路を進む。思わぬ侵入者に鳥は羽ばたき、不気味な声を上げた。


 10分ほど歩くと、開けた場所に出る。そこには小さないおりがポツンと存在した。レンガ造りの小屋だが、物置小屋にしては立派過ぎる。こんな建物があるなんて知らなかった。


 僕は庵の中へと歩みを進めた。


 鍵はかかっていなかった。室内にはテーブルと椅子が二却、ベッドが一つ配置されている。埃除けに布が掛けられていた。ここに住んでいた人物は熱心な教会の信者だったのだろう。壁には小さな女神の肖像画が飾られていた。ここに一体誰が……



『今は親鳥がひなを育てているから止めておこう』



 祖父のためらいがちな言葉が過った。まさか、ここに母子おやこが住んでいた?

 林から聞こえる鳥の囀りが一段と大きくなった。しまった、夜が明ける。エレナが目覚める前に戻らないと。


 空が白み始めていた。林を慌てて抜け出ると庭園にはエレナが立っていた。彼女に行ってはいけないと言われていただけに、後ろめたさが残る。


「エレナ、体は大丈夫? 昨日は僕の為にごめん」

「なんで?」

「え?」

「何で見てしまったのですか? ロイ様ならと、信じていたのに……」


 そう言って、彼女は走って僕の前から立ち去った。


 ◇


 昼食は静かだった。エレナが作ってくれた料理を僕一人で食べる。あれから彼女とはギクシャクしている。僕が彼女とコカトリスを裏切ったのだから仕方ない。


「午後は祖父の書斎で過ごそうと思う、腕は問題ないからエレナは自由に過ごして欲しい」

「はい。承知しました」


 温度の無い声で彼女は答えた。怒っているのか失望しているのか、感情がよく読み取れない。コカトリスの審判まであと半日。僕は書斎へと向かった。


 祖父の書斎はさながら小さな図書館だ。古今東西あらゆる書物を手に入れては楽しそうに読んでいたのを覚えている。この部屋だけは僕の記憶と違い、更に本が増えていた。


「おじい様、僕はどうすればいいのでしょう……」


 本の背をなぞりながら尋ねる。


 晩年は異能に関するものを多く読んでいた。異能の歴史・異能の遺伝・顕現と消失・異能の消し方……飢えを満たすというよりも、目的を感じるラインナップだ。


 僕は祖父の思い出をなぞる様に書斎を一周する。途中、祖母の小さな肖像画と目が合った。祖母を深く愛していた祖父は、懐かしむ様にこの肖像画を見ていた。もしやと思い外すと、そこには隠し戸棚が有った。


 戸棚の中には、落書きをしたような紙の束と数冊の日記帳があった。祖父には悪いと思いながらも目を通す。最新の日記を取り出しパラパラとページをめくった。


『親愛なるロイへ。――伝説は伝説のままに』


「おじい様……嘘だろ?」


 ◇


 夕食を摂ったあと、僕は庭園のベンチに座り月を見ていた。春先なので夜は肌寒い。でも、ある人物の登場を待っていた。


 闇の中から人影が浮かび上がる。青いドレスを纏っていた。聞き覚えのある落ち着いた声で僕に話しかける。


「ロイ様、コカトリスでございます。結果のお知らせに参りました」

「やっぱり。コカトリスは君だったね? エレナ」

「……はい」


 今の彼女は使用人では無い。この屋敷の主コカトリスだ。長い髪は優しく波打ち、眼鏡の代わりに黒いベールで目元を隠していた。


 彼女は近寄って封筒を僕に手渡す。


「この屋敷の権利書です。ロイ様をこの屋敷の主として認めます」

「コカトリスの手紙にはそう書いてあったのかい?」

「……はい。最終判断は私に委ねられましたが」


 コカトリスは二人いる。


 姿を持たない『手紙のコカトリス』。そして、林のいおりで隠し育てられた雛……『コカトリスのエレナ』。


「君が手紙のコカトリスと、話したことも会った事も無いのは事実だったね。手紙のコカトリスは祖父の死後に誕生したのだから」


 エレナは口を一文字に結ぶ。――手紙のコカトリスの正体は祖父だ。


 祖父の秘密。それは異能を二つ有していた。その一つが未来を視る力。


「エレナは祖父の異能を知っていたの?」

「いいえ、知りませんでした。大旦那様が亡くなった後、一通の手紙が届きました。それは、生前の大旦那様が送ったものです。その日から大旦那様はコカトリスと名乗り、屋敷に隠していた大量の手紙を私に託されました。それに屋敷を継ぐに相応しい人物を見極めろとも。そんな手紙も今日で最後です」


「分かった。この屋敷と領地は僕が責任を持って相続する。エレナは今後どうするんだい?」

「私は生まれながらの怪物です。人と一緒に暮らせません。だからこうします」


 エレナは蛇のようにするりと懐に潜り込むと、ベールを脱いだ。涙ぐんだルビーの瞳がまっすぐに僕を見つめる。王子と同じ赤眼。眼鏡で本来の目の色を隠していたのか……。


 彼女は支配者たる力を使った。


「私を忘れてください!!」


 妖しい光を宿した瞳に見つめられ、動きを封じらた。甘く痺れるような声に命じられ僕の意思は流されそうになる。彼女が石になれと命じたら、人は動かなくなってしまうのだろう。これが彼女の持つ二つ・三つ目の異能で、コカトリスと呼ばれる所以ゆえん


 だけど、彼女の願いは叶わない。


 僕の瞳も彼女の精一杯に応えるように青紫色の光を散らす。凛とした風が僕の中を吹き抜け、彼女の命令を吹き飛ばした。


「ごめん。それは出来ないよ」


 左腕で彼女の細いウエストをしっかりと抱いた。離せば彼女は飛び立ってしまうから。互いに能力を使った代償を体が求め始める。最大の力を使った彼女は震えだした。


「うそ……。なんで、効かないの?」

「僕の異能は『キャンセル』精神操作系の異能は効かないんだ。お祖父様と一緒だよ。だから安心してほしい。君の能力で悲しい思いはさせない」


 彼女が目を合わせたがらないのは、過去に力で事件を起こしたから。それがきっかけで命を狙われ母子共に居場所を追われた。


「でも、私を政治の道具に使うのでしょう? コカトリスとして使うのでしょう?」


 確かに、彼女は手札として最強だ。王族雄鶏聖女の血を引くとなれば、政局がひっくり返る。エレナの震える体を右腕でギュッと抱きしめた。


「そんなことしない。君は祖父が守った秘密だ。離さないし、ひとりにさせない。エレナとして僕と一緒に生きて欲しい。僕の未来に……希望になってくれ」



『親愛なるロイへ。コカトリスを……エレナを頼む、伝説は伝説のままに』



 僕の飢えは『希望』。彼女と共に生きたいという希望が、僕の魂を繋ぎ止める。


「ううう……ああっ……うあああーーーっ!!」


 エレナは僕に抱きついて泣きじゃくった。左手で彼女の頭を優しく撫でる。これで全て終わった。一羽のコカトリスは永い眠りに就き、もう一羽は隻腕の騎士の希望となる。


 コカトリスの秘密は秘密のままに。


(了)

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コカトリスの主 雪村灯里 @t_yukimura

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