第一話|着信

ある日、一通の電話が、この家に久しく続いていた静けさを打ち破った。


電話が鳴ったとき、空はまだ完全に暗くなってはいなかった。


カール・ノルテスは裏庭に立ち、

干してあった洗濯物を一枚ずつ籠に入れていた。

動作はゆっくりで、手慣れている。


こうした夕暮れは、もう日常になっていた。


呼び出し音が聞こえても、彼はすぐには振り返らなかった。


頭に浮かんだのは警戒ではなく、

ごくありふれた考えだった。


——少し待とう。先に洗濯物を片付けてから折り返せばいい。


こういうことは、これまでにもなかったわけではない。



最後の一枚を籠に入れようと身をかがめた、その時——


電話が、再び鳴った。


二度目だった。


カールの動きが止まる。


すぐに振り向くことはせず、

衣服を掴んだまま、その場に立ち尽くした。


なぜ、二度も鳴る?


ただの用件なら、

普通の連絡なら、

こんなに急ぐ必要はない。


胸を、何かが軽く押した。


——何かが起きている。



カールは身を翻し、足早に家の中へ入り、受話器を取った。


「……?」


言葉を発した瞬間、顔色が変わった。


受話器の向こうの声は低く、切迫していた。

一息一息が、必死に保たれているようだった。


知らない相手ではない。

仕事の連絡でもない。


それは、あまりにも聞き慣れた声だった。


「……カール……」


その声は、ほとんど聞き取れないほどに砕けていた。


カールの指が強く握り締められる。


「どこだ?」

声が、乱れる。

「何があった?」


向こうは、途切れ途切れに言葉を残した。


名前。

場所。

そして、どうしても抑えきれない荒い息。


その後、雑音。



「待て——!」


カールはほとんど叫んでいた。


だが、電話はすでに切れていた。


家の中が、不自然なほど静まり返る。



「……カール?」


リア・ヒーサーが、台所の入口に立っていた。

まだ絞りきれていない布巾を手にしている。


彼女は、こんな表情のカールを見たことがなかった。


冷静でもなく、

思考中でもない。


それは、過去へ無理やり引き戻されたような、動揺だった。


「どうしたの?」

思わず、そう尋ねていた。



カールは深く息を吸った。


すぐには答えず、

受話器を元の場所に戻す。

まるで、自分自身を立たせ直すかのように。


「……何かあった。」

そう言った。


リアは言葉を失った。


「どういうこと?」


カールは目を逸らさない。


「昔の仲間だ。」

ゆっくりと言う。

「さっき、電話をしてきた。」


リアの顔色が、一気に失われる。


「そんな……」


「分からない。」

カールは首を振った。

「だが、あの声は……長くはもたない。」



廊下から、かすかな足音が聞こえた。


エルが、扉のそばに立っていた。

服の裾を、ぎゅっと掴んでいる。


話の内容は分からなくても、

父の表情は分かった。


あれは、普段の父ではない。


「……パパ?」


声が出た瞬間、自分でも驚いた。



カールは振り返り、エルを見る。


その瞬間、張り詰めていた表情が、はっきりと崩れた。


「どうしてまだ遊んでないんだ?」

いつも通りに聞こえるよう、声を整える。


だが、エルは動かない。


「さっき……すごく大きな声だった。」

小さく言う。

「出かけるの?」


それは責めではなく、

不安になった子どもが求める、ただの確認だった。



カールはしゃがみ、視線を合わせた。


「パパ、少し出かける。」

そう言った。


エルの目が、すぐに赤くなる。


「どうして?」

声が震え始める。

「今日は一緒にいるって言ったじゃない。」



その時、ミラ・ノルテスも駆け寄ってきた。


何が起きているかは分からない。

ただ、兄が泣きそうなのが分かった。


だから、彼女も泣き出した。


小さな泣き声が、家いっぱいに広がる。



リアは急いでミラを抱き上げた。


カールを見つめ、目はすでに潤んでいる。


一瞬、言葉を探すように黙り込んだ後——


「あなたが行かなければならない理由があるのは、分かってる。」

震えを抑えた声で言う。


「でも……本当に、行かないわけにはいかないの?」



カールはすぐに答えなかった。


彼女を見て、

そして二人の子どもを見る。


喉が、強く締め付けられた。



「行かなければならない。」

ようやく、そう言った。


命令ではない。

ただの事実だった。



エルが声を上げて泣き出す。


「どこに行くの?」

しゃくり上げながら聞く。

「何をするの?」


カールは腕を伸ばし、彼を抱き寄せた。


強く、強く。



「大切な人を助けに行く。」

そう言った。

「行かずにはいられない相手だ。」


エルは必死に首を振る。


「行かないで……」



カールは一瞬、目を閉じた。


そして、エルを離し、両手を肩に置く。


「エル。」

名前を呼ぶ。


エルは顔を上げた。

涙でぐちゃぐちゃだった。



「パパがいない間、」

低く、抑えた声で言う。

「ママとミラを守るんだ。」


エルは固まった。


「ぼく……まだ六歳だよ……」


「分かってる。」

カールはすぐに答えた。


両手でエルの頬を包み、目を合わせる。


「でも今は、

お前がこの家で唯一の男だ。」



その言葉が落ちた瞬間、

リアの涙が、ついに零れ落ちた。


彼女は何も言わず、

ただ、強くうなずいた。



エルの唇が震える。


母を見て、

泣きじゃくるミラを見て。


そして、強くうなずいた。


「守る……」

泣きながら言う。

「絶対、帰ってきて。」



カールは答えなかった。


ただ腕を伸ばし、

三人を強く抱きしめた。



玄関の光は、もう落ちていた。


カールは扉の前で、振り返る。


リアは二人を抱き、

涙を流しながらも、背筋を伸ばして立っていた。


それは別れではない。


約束だった。



扉が閉まる音は、小さかった。


それでも、家の中は息が詰まるほど静かになった。


それから、誰も口を開かなかった。



その夜、エルは泣き疲れても、眠ることができなかった。


布団に横になり、外の音に耳を澄ます。


風が吹くたび、

それが足音に聞こえた。


けれど、扉が開くことはなかった。



彼は初めて知った。


別れとは、

準備ができたから起きるのではない。



一瞬遅れれば、取り返しがつかなくなるから起きるのだ。

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