第8話
「新しい任務」
婚姻の儀は、無事に終わった。
第六王女はそう表現するしかなかった。
雲ひとつない空の下、第一王女は隣国へ嫁いで行った。
あれほど大きな存在だった背中が、馬車の向こうに消えていくのを、ただ見送ることしかできなかった。
そして――我が国に残された者たちも、それぞれの場所へ戻っていく。
護衛隊長も、その一人だった。
玉座の前。
広間の空気はすでに緩んでおり、式典の緊張はない。それでも護衛隊長は、深く、深く頭を下げていた。
「畏まりました、陛下。
第六王女殿下の護衛任務、謹んで拝命いたします」
その横で、第六王女は腕を組み、じっとその姿を眺めていた。
頭を下げる角度。背筋の張り。声の硬さ。
――まだ、だ。
「ねぇ、隊長」
軽く声をかけると、護衛隊長は即座に顔を上げ、姿勢を正す。
「もしかして……少し、嫌そう?」
探るような言い方だった。
護衛隊長は一瞬だけ視線を泳がせ、すぐに首を振る。
「滅相もございません。ただ……第1王女殿下の護衛とは、また勝手が違うため……」
「あら。“勝手が違う”なんて意味深ね?」
第六王女は口元に笑みを浮かべ、わざと一歩近づく。
「私はそんなに面倒ではありませんわよ?」
「……ふむ」
護衛隊長は視線をそらした。
それだけで答えは十分だった。
「第六殿下は……非常に……自由奔放でいらっしゃいますので」
「ふふ。褒められている気がしないのだけど」
そのやり取りを聞きながら、国王は愉快そうに笑い、何も言わずに広間を後にした。
――褒めてはいない。だが、否定でもない。
護衛隊長は心中でそう整理する。
この方は、第一王女殿下とは違う。剣で守る“背中”ではない。
走り出す“横顔”を追う護衛になる――そんな予感が、すでにしていた。
第六王女は、彼の沈黙を横目で見ながら、内心で小さく息をつく。
――この人、まだお姉様の時間に片足突っ込んだままね。
仕方ない。
それだけ、ちゃんと守ってきたという証だ。
「さて、と」
第六王女はぱん、と軽く手を叩いた。
「形式的なことも終わったし、お父様もいなくなったことだし。歩きましょうか」
「承知しました」
「せっかくなので……まずは王都を見回りに行きますわよ」
「……見回り、でございますか?」
護衛隊長の頭の中で、瞬時に配置が組み替えられる。
巡回路、警戒点、時間帯――だが、そのどれにも“王女自身が歩く”想定はない。
「第六王女殿下、それは兵の仕事であって――」
「私が行くから、意味があるの」
言葉は柔らかいが、揺らぎはなかった。
「第1王女がいなくなった今、王族としての“顔”も必要でしょう?
王宮に閉じこもっていたら、国民の声なんて聞こえないわ」
……理屈が通っている。
しかも、その言い方は、第一王女殿下が選びそうな結論だった。
「はい、承知しました。では、外套を。風が強い日ですので」
外套を掛けられた瞬間、第六王女は一瞬、目を瞬かせた。
――あ。……この感じ。
「……ふふ。優しいのね、隊長」
「当然でございます。王族をお守りするのが、私の職務ですので」
王族。職務。
「なるほど」
第六王女は一歩踏み出し、振り返る。
「じゃあ今度は、私が守られる番というわけね。光栄ですわ」
“今度は”。
その言葉に、護衛隊長の胸が、わずかに軋んだ。
「では、まいりましょうか」
廊下を進む足音。
外気の気配が近づく。
「第六王女殿下。任務として申し上げます。どうか……あまり無茶はなさいませぬよう」
「“無茶”の基準が、どこにあると思っているの?」
「その……嫌な予感しかしませぬ」
「ふふっ。退屈だけは、しないと保証しますわ」
門が開かれ、冷たい風と街の喧騒が流れ込む。
音も、匂いも、空の広さも、すべてが違う。
「さあ。新しい旅の始まりよ、隊長」
護衛隊長は一歩後ろに立ち、剣に手を添えた。
第一王女の影を守る剣は、ここで役目を終えた。
これからは、予測不能な背中を追う。
「どこまでもお供いたします、第六王女殿下」
二人は城外へと歩み出す。
――新しい任務だ。
だがこの一歩は、国の外ではなく、この国の“未来”へ向かっている。
次の更新予定
緩衝地帯の第6王女 てきてき@tekiteki @tekiteki_daihon
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