第7話

「婚礼の儀当日」


 雲ひとつない空だった。

 第六王女は、王城の中庭に差し込む光を見上げながら、小さく息を吐く。


 ――そして、第1王女の不安をしまい込んだまま、今日という日は始まってしまった。


 空はあまりにも澄んでいて、まるで婚礼の儀そのものを祝福しているかのように見える。その事実が、かえって胸に引っかかった。


 儀式は、護衛隊長の言葉通り、略式だった。

 祝砲は鳴らず、音楽も控えめ。装飾は白と金を基調にした簡素なものだが、磨き抜かれた柱や、柔らかく揺れる薄絹の垂れ幕が、必要十分な華やかさを保っている。


 派手ではない。だが、粗末でもない。

 それはまるで、この婚姻そのものを象徴しているようだった。


 「今回の婚姻は、確認に過ぎない」


 護衛隊長はそう理解していた。

 相手国の第二王子。正妃ではなく、二人目の妃。

 幸福を誓うための場ではなく、国と国が“今は争わない”と選択した、その事実を形にする場。


 ――だが。


 城門の外から、ざわめきが届いてくる。

 民衆だ。


 集まった人々は、事情のすべてを理解しているわけではない。それでも、白い衣をまとった第一王女の姿が見えると、自然と拍手が起こり、花弁が舞った。


 「おめでとうございます、王女殿下!」


 誰かがそう叫ぶ。

 別の誰かは、祈るように両手を組み、頭を垂れた。


 祝福の声は、決して大きくはない。

 だが、確かに温度があった。


 第1王女は、その声を正面から受け止めるように歩いていた。背筋を伸ばし、視線はまっすぐ前。けれど、時折、指先がわずかに強く重なり合う。


 ――私は、泣かない。


 胸の内で、何度もそう繰り返す。

 ここで感情を見せれば、この婚姻は「弱さ」に変わる。沈黙も、無表情も、すべてが交渉の一部だ。


 誓いの言葉は形式通りだった。

 声は澄み、揺れはない。


 だが、誓いを終えた瞬間、ほんの一瞬だけ、睫毛が伏せられた。その陰で、溜まっていたものが、ぎりぎりで留められる。


 第六王女は、その横顔を見て、唇を噛んだ。


 ――黙っているのに、強い。

 ――何も言わないのに、決めたことが伝わってくる。


 これが、第1王女なのだ。


 儀式の後、短いパレードが行われた。

 時間が短いからこそ、人々の顔がはっきりと見える。


 年老いた農夫が帽子を胸に当て、母親に抱かれた幼子が小さく手を振る。

 王女は、その一人一人に、わずかに頷き返した。


 ――覚えていることが、何よりの別れになる。


 列の後方、他の王女たちも並んでいた。

 第二王女は口元に扇を当て、第三王女は視線を落とし、第四王女は祈るように指を組む。


 誰も声を上げない。

 だが、薄絹の影で、静かに涙が落ちていく。


 誰にも見せない、王女たちの別れだった。


 儀式の終わり、護衛隊長が呼ばれる。


 「6番目を、お願い」


 短い指示。

 隊長は深く一礼し、第六王女を連れて戻ってきた。


 二人きりになった瞬間、第一王女の肩が、ほんのわずかに緩む。


 「……六番目、聞こえる?」


 声は小さく、震えていた。


 「聞こえてますわ、お姉様」


 押し殺した声で答えながら、第六王女は必死に瞬きを堪える。


 「あなたは……自由に生きなさい」


 その言葉に、第六王女の喉が詰まる。


 「私は王家の決まり事に縛られる人生。でも……その代わり」


 第一王女は、静かに微笑み、二度頷いた。


 その微笑みのまま、目尻に光が滲む。

 だが、涙は落ちない。


 第六王女もまた、同じように笑い返す。


 ――約束通り。

 お互いの前では、泣かない。


 けれど。


 背を向けた瞬間、王女たちの目から、静かに涙が零れ落ちた。

 誰にも見せず、音も立てずに。


 婚礼の日は、祝福の声に満ちていた。

 その裏で、確かに、いくつもの別れがあった。


 それでも空は、どこまでも青かった。

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