第8話 SSS級、面接します
魔王城は、今日も静かだった。
黒曜石の床に赤い絨毯。 高い天井から吊るされた魔力灯が、淡く揺れている。
その玉座の前に、ひとりの男が跪いていた。
白銀の長髪。 整いすぎた顔立ち。 黒いスーツに身を包んだ吸血鬼。
ヴァンパイアロード、カイン・ブラッドフォード。
「……で」
玉座に座る魔王が、ゆったりとした声で口を開く。
「どうだった? お前が“撤退”を選ぶとはな。相当の手練がいたのか?」
その問いに、カインの肩が、わずかに跳ねた。
「……い、いえ」
間があった。
ほんの一瞬。 だが、魔王は聞き逃さない。
「……どうした?」
「……頭の、おかしい小娘が……」
沈黙。
魔王は、ゆっくりと瞬きをした。
「……は?」
「いえ、その……」
カインは言葉を選びながら続ける。
「戦闘能力は、確かに規格外でした。ですが……それ以上に……」
思い出される光景。
洞窟。 玉座。 警戒。 殺気。
そして。
『私と付き合いません?』
「……理解不能でした」
カインは、珍しく視線を逸らした。
「私を見るなり、顔面がどうだの、造形がどうだの……挙句の果てに……」
「挙句?」
「求愛、されました」
再び沈黙。
今度は、魔王が黙り込む番だった。
「……」
「……」
「……お前」
魔王が、ゆっくりと身を乗り出す。
「生きていて、そんな報告を受けたのは初めてだ」
「私もこんな報告をしたのは初めてです」
即答だった。
「……その人間、名前は?」
「リリアと呼ばれていましたね」
魔王は、顎に手を当てる。
「聞いたことがあるな……巷で噂の男狂いか?」
「はい、おそらく」
「なるほど」
魔王は、小さく笑った。
「面白い」
その言葉に、カインは嫌な予感しかしなかった。
「……魔王様」
「安心しろ」
魔王は、どこか楽しそうに言った。
「次は、別の幹部を向かわせる」
「……」
「お前は、しばらく休め」
カインは、深く頭を下げた。
だが、胸の奥に残ったのは、恐怖でも敗北感でもなく。
「……」
あの、真っ直ぐな視線。
「……頭が、おかしい……」
小さく呟いた。
◆
翌日。
冒険者ギルドは、朝から騒がしかった。
「おはようございます、リリアさん」
受付嬢が、いつもの笑顔で声をかける。
「おはよー」
リリアは、軽く手を振りながらカウンターに近づいた。
「今日は、依頼受けに来たんだけど」
「かしこまりました」
受付嬢が依頼書を取り出す。
だが、途中で、ぴたりと手を止めた。
「あ……」
「?」
「こちらの依頼ですが……最低二人以上のパーティーでないと、受注できません」
「え」
リリアは、固まった。
「一人じゃダメなの?」
「はい。規定です」
「……私SSS級なんだけど」
「規定です」
笑顔。 だが、揺るがない。
「……」
リリアは、天井を見上げた。
「……じゃあ、どうすればいいの?」
「パーティーメンバーを募集されてはいかがでしょう?」
受付嬢は、さらりと言った。
「募集……」
「はい。ギルドの掲示板に、募集を出せますよ」
リリアは、腕を組む。
(めんどくさ……)
だが、その時。
受付嬢が、少しだけ声を潜めた。
「……イケメンの方が、応募してくるかもしれませんね」
「……」
リリアの目が、光った。
「……詳しく」
「最近、実力者の男性冒険者も増えてますし」
「……なるほど」
リリアは、頷いた。
「募集、出します」
即決だった。
◆
その日のうちに。
ギルドの掲示板には、一枚の紙が貼られた。
【パーティーメンバー募集】
条件:実力重視
備考:SSS級冒険者同行
翌日。
ギルドは、地獄と化した。
「お願いします!入れてください!」
「噂は聞いてます!」
「一緒に冒険したいです!」
リリアの前に、列ができていた。
だが。
「……」
全員、女の子だった。
「すーっ……」
リリアは、天を仰いだ。
「……男は?」
「私、剣士です!」
「ヒーラーやれます!」
「盾役やります!」
「……男は?」
誰も答えない。
絶望。
「……なんで……」
SSS級。 最強。 だが、集まるのは女の子。
「……もういい」
リリアは、深く息を吸った。
「酒場で、面接する」
「え?」
周囲がざわつく。
「面接?」
「そう」
リリアは、真顔だった。
◆
ギルド酒場。
即席の面接会場。
リリアは、椅子に座り、腕を組んでいた。
「じゃあ、次の人」
面接官の顔だった。
「え、えっと……志望動機は……」
「うん」
「……えっと……リリアさんと一緒に冒険したくて……」
「具体的には?」
「……す、すごいから……」
「不採用」
即答。
「え」
「次」
周囲が、ざわつく。
「……御社……じゃない、パーティーに入って、どうなりたいですか?」
完全に会社の面接だった。
「……え」
「五年後のビジョンは?」
「……五年……?」
次々と、不採用。
その様子を、遠くから見ていたガレインは、腕を組んでいた。
「……人事能力だけは、一流だな……」
そして。
一人の少女が、席に座った。
落ち着いた雰囲気。 長い髪。 魔法使いのローブ。
彼女が座った瞬間、周囲の魔力の流れが、僅かに整った。
「名前は?」
「ルミナ・エルフェリスです」
「職は?」
「魔法使い。A級です」
リリアの目が、僅かに変わる。
「志望動機は?」
「……興味です」
「正直だね」
「嘘は、嫌いなので」
少し、沈黙。
「……合格」
周囲が、どよめく。
他は全員、帰された。
◆
酒場の一角。
リリアは、酒を二つ頼んだ。
「合格おめでとう」
杯を差し出す。
「これからよろしくね、ルミナ」
「……ありがとうございます、リリアさん」
乾杯。
「で」
リリアは、酒を飲みながら聞いた。
「ルミナは、何を目指して冒険者になったの?」
少し、間。
「……生活のため、です」
「ふーん」
「では」
ルミナが、逆に聞く。
「リリアさんは?」
リリアは、一瞬だけ迷い。
そして、正直に言った。
「……彼氏作りたい」
「……」
「切実に、男が欲しい」
「……なるほど」
ルミナは、頷いた。
「噂通りですね」
「ちょっとそれどー言う噂よ!」
「男狂い」
「よーし広めたヤツはぶっ殺してやる!」
笑いが起きる。
そして。
ルミナが、何気ない風を装って言った。
「……ホストクラブって、興味あります?」
「……」
リリアの動きが、止まった。
「……な……」
ゆっくりと、顔を上げる。
「……なんだと……?」
ルミナは、杯を傾けながら、ほんの一瞬だけ意味深に笑った。
「……向いてると思いますよ。リリアさん」
酒場の喧騒の中。 新しい世界の扉が、静かに開いた。
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