第7話 くっそイケメンじゃねぇか

洞窟の最奥は、異様なまでに静まり返っていた。


空気は冷たく、それでいてどこか甘い匂いが混じっていた。


中央には玉座。


不釣り合いなほど整った椅子に、一人の男が座っている。


足を組み、肘を掛け、頬杖をついたまま、こちらを見下ろしていた。


その瞬間、ロランの呼吸が止まる。

全身が硬直し、弓を持つ指がわずかに震えた。


ロランの背中を、冷たい汗が伝う。

この気配は知っている。

書物で読んだ。

生き残った者の証言で聞いた。

遭遇した時点で、撤退が最善とされる存在。


「リリアさん……下がってください……」


声が掠れている。


「奴は……魔王軍幹部……」


喉を鳴らし、絞り出すように続ける。


「ヴァンパイアロード……カイン・ブラッドフォードです……!」


その名を告げられても、男は微動だにしない。

代わりに、小さく笑った。


「案外、気づかれるのが早かったな。貴様のような三下が、私の名を軽々しく口にするな」


低く、艶のある声。


「よくここまで辿りついたものだな」


玉座から立ち上がる。


長い白銀の髪が揺れ、闇の中でもはっきり分かるほど、整った顔立ちが露わになる。


白い肌。

鋭い赤い瞳。

無駄のない体躯。

そして、仕立ての良い黒いスーツ。


吸血鬼。


その言葉が持つイメージを、寸分の狂いなく体現した姿。


ロランは一歩後退する。


「……やはり……」


声が震えている。


「S級案件……」


だが。


その横で。

リリアは、ただ黙って、凝視していた。

目を見開き、瞬きすら忘れ、まじまじと。


数秒。

十数秒。


そして。


「……」


小さく息を吸い。

次の瞬間。


「くっそイケメンじゃねぇかぁぁぁぁぁぁあ!!!!!」


洞窟に、絶叫が反響した。


ロラン。

完全に固まる。


カイン。

一瞬だけ、表情が止まる。


「 「えぇ……」 」


明らかに、想定外の反応だった。


「ちょっと待って、待って」


リリアは、ずかずかと前に出る。


「なにその顔面」

「造形どうなってんの」

「白髪赤目スーツって何」

「属性、盛りすぎじゃない」


カインは、半歩引いた。


「……貴様」


「ねえ、幹部さん」


リリアは、満面の笑みで言った。


「私と付き合いません?」


沈黙。


ロランは、ゆっくりと頭を抱えた。


「はぁ……」


カインは、完全に言葉を失っていた。


「……は?」


間の抜けた声。


「いや、だから付き合おうって話」


リリアは続ける。


「魔王軍とか、関係なくさ、イケメンだし」


カインは、眉をひそめる。


「……正気か……?」


「大丈夫」


リリアは、胸を張る。


「最強だから」


ロランが呻いた。


「そこじゃない……」


カインは、明らかに困惑していた。


人間に怯えられることは慣れている。

剣を向けられることも、憎しみをぶつけられることも。


だが。


この視線は、知らない。

恐怖でもなく、敵意でもなく。

ただ、評価と好意。


「……人間とは思えんな」


カインは、一瞬だけ視線を逸らした。

理解しようとした。

だが、理解を諦めた。


「よく言われる」


リリアは、即答した。


「で、どう。付き合う?」


沈黙。


ロランは、もう口を挟む気力もない。


「……断る」


カインは、低く言った。


「俺は、魔王軍幹部だ」


「じゃあ、魔王も紹介して」


「……なぜ、そうなる」


「だって、お義父さまでしょ?」


「何言ってるんだ貴様は…」


会話が、完全に噛み合っていない。


カインは、一歩下がる。


「……理解不能だ……」


「えー」


リリアは、口を尖らせた。


「顔も性格も、ドストライクなのに」


「性格は、知らんだろ」


「今、困ってる顔が可愛い」


カインのこめかみが、ぴくりと動いた。


「……もういい」


彼は、片手を掲げる。

空間が歪み、魔力が渦を巻く。


「今回は、撤退する」


「え」


「撤退だ」


「ちょっと待って」


リリアが、手を伸ばす。


「連絡先、交換してからにしない?」


「ええい!貴様触るな!いけしゃあしゃあと!」


次の瞬間、カインの姿は、霧のように消えた。

洞窟に残ったのは、静寂だけ。


「……」


リリアが、呟く。


「にげられた」


ロランは、しばらく固まったままだったが。

やがて、深く息を吐き。


笑顔を作った。


「……リリアさん。魔王軍幹部撃退……おめでとうございます」


「え、そうなるの」


「なります」


満面の笑みだった。



ギルドに戻ると、案の定だった。

報告を終えた瞬間、ガレインに腕を掴まれ、そのまま奥の部屋へ。


扉が閉まる。


「報告は、聞かせてもらった」


ガレインは、こめかみを押さえながら言った。


「……はい」


「まさか、君が」


「……はい」


「魔王軍幹部にまで、求愛するとは」


「……はい」


重たい沈黙。


「……何を、考えている」


「イケメンだなって」


ガレインは、天井を仰いだ。


「……説教をする気力も、失せた」


それでも、約束は守られた。

報酬袋は、ずっしりと重い。

金貨が、音を立てている。


「……帰れ」


「……はい」


部屋を出ると、胸の奥が、妙に空っぽだった。


ギルド酒場は、今日も賑やかだった。

笑い声。

酒の匂い。

いつも通りの光景。


リリアは、一人で席に座り、酒をあおる。


「……はぁ」


勝った。

撃退した。

金も手に入れた。


それなのに。


「……なんで、逃げられたんだろ」


杯の中身が、揺れる。


「イケメンだったのにな」


誰にも聞こえない声。

最強でも、勇者でも。

選ばれない夜は、やっぱり少し、寒かった。


リリアは、もう一杯、酒を頼んだ。


力はあった。

金も手に入れた。

誰も傷つけなかった。

それでも、手は空のままだった。


夜は、まだ長い。


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