第6話 お金は命

翌朝。


ギルドの奥の部屋は、相変わらず空気が重かった。

分厚い扉が閉まる音が、やけに大きく響く。


木製の机の向こうで、ガレインが腕を組んでこちらを見ている。


「来たか、リリア」


「来ました」


素直に返事はしたが、内心は警戒していた。

この部屋に呼ばれる時は、だいたい“面倒な話”しかない。


隣にはロランが立っている。

今日は革鎧に弓、腰の短剣もきちんと装備していた。


視線は、逸らされていない。

それだけで、少しだけ気持ちが楽になる。


「さて」


ガレインが机の上の書類を指で叩く。


「まずは報酬の話からだ」


「はい」


ここは重要。

恋愛にも生活にも、お金は必要だ。


「今回の依頼だが、表向きは調査依頼だ。だが実態は殲滅を伴う可能性が高い」


ガレインは淡々と続ける。


「街外れの森、そのさらに奥に突如出現した洞窟。内部からは強い魔物反応。周囲には動物の死体、人の遺体も確認されている」


胸の奥が、少しだけ冷えた。


「……それって」


「危険度はA級案件相当だ」


ロランが、思わず息を飲むのが分かった。


「A級……?」


私が首を傾げると、ガレインは頷いた。


「説明しておこう。冒険者ランクは下から順に、駆け出し、C、B、A、Sだ」


机の上に、簡単な図を描く。


「駆け出しは街周辺の雑務。Cは単体魔物の討伐。Bでようやく集団戦を任される。Aは国家レベルでの被害が出かねない案件だ」


「じゃあSは?」


「国家存亡に関わる案件だ」


空気が、少し重くなる。


「そして」


ガレインは、私のギルドカードを指差した。


「君のカードには、SSSと刻まれている」


「……あ、やっぱり?」


薄々気づいてはいた。

でも、改めて言われると重い。


「SSSは規格外だ。勇者級、あるいはそれ以上。現在このランクを持つ者は、君を含めて四人しかいない」


「……四人」


「君以外は三人だ」


ロランが、驚いたように私を見る。


「ちなみに」


ガレインは続ける。


「ロランはBだ。優秀だが、一般的な上位冒険者の範疇」


ロランは苦笑した。


「……はい」


「そして私はSだ」


さらっと言われたが、普通に凄い。


「つまりだ」


ガレインが言葉を区切る。


「君は、この街にとって明らかに異物だ」


胸が、少しだけ痛んだ。

分かっていた。最初から、私はここに馴染む存在じゃない。


「今回の洞窟はA級。だが、反応を見る限りS級に跳ね上がる可能性もある、報酬は最低金貨五枚を用意しよう」


金貨五枚!

金貨は一枚辺り銀貨十枚の価値。銀貨一枚は銅貨五十枚の価値、宿屋は一泊銅貨八枚…


「めっちゃ金持ちになれるじゃん…」


そんな私を後目に、ロランが一歩前に出る。


「支部長。そんな案件無理です!撤退を前提に――」


「だからこそだ」


ガレインはロランを制した。


「君を、リリアに同行させる」


「……え」


ロランの顔が強張る。


「待ってください。俺はBです。危険すぎる」


「だから同行だ」


ガレインは視線をロランから私へ移す。


「君一人で行かせるわけにはいかん」


「……いやです」


即答だった。

ガレインが、ぴたりと動きを止める。


「…貴様昨日行くと」


「ロランくんが死ぬかもしれない」


私の一言にロランは驚いたような表情を浮かべる。


「私は大丈夫でしょう、多分。一人なら危なくなればまた壊せばいい」


「…ギルドとしては今回破壊は無しにして欲しいのだ。その後の調査があるしな…それに、ロラン一人も守れないのか?」


相場守られるのは女である私なんだけどな、と一瞬思った。

でも、それより先に、胸の奥がざらついた。


まただ。

私の力は便利で、誰かを守る前提で、当たり前に使われる。


「分かりましたよ、えぇ分かりました。報酬は用意しててくださいね!」


「その意気だ、これを持って行け」


そう言いガレインが渡して来たのは、一振の剣だった。

私はそれを受け取ると荒々しく扉を閉めギルドを後にした。



街外れの森を抜け、さらに奥。


昨日までとは、明らかに空気が違った。

木々は黒ずみ、地面には乾いた血痕。

倒れた獣の死体が、いくつも転がっている。


腐臭が、鼻を突く。


「……これは」


ロランの声が低くなる。


「普通じゃない」


「だよね」


私は、無意識に剣の柄を握った。

洞窟は、森の奥に口を開けていた。

岩肌は歪み、内部から不気味な気配が漏れ出している。


ロランが、探知スキルを発動させた。


「……っ」


顔色が、はっきりと変わる。


「帰りましょう、リリアさん」


即断だった。


「こんなのS級案件です。Aどころじゃない」


「えー」


私は洞窟を見つめる。


「でも報酬いいんだよね」


「命より大事ですか!?」


「お金は命、それに今帰ったらあのジジィに何言われるか…」


真顔で返すと、ロランは頭を抱えた。


「……はぁ」


ロランは溜息をつきながらも、私の前に半歩出た。

無意識に、私を庇う位置だった。


(…お?これってワンty)


「……分かりました。同行します」


洞窟の中へ、一歩踏み込む。

闇が、飲み込むように広がった。


すぐに、ゴブリン達が現れる。

数が多い。異常なほどに。

昨日の森の奴らはやはりここから湧いていたようだ。


「来ます!」


ロランの声。


私は、ガレインから渡された剣を抜いた。


「……え、待って」


剣を構えた瞬間、焦る。


「剣の使い方、分かんないんだけど!?」


その瞬間だった。


剣を握る手に、熱が走る。

頭の中に、流れ込む情報。


構え。

踏み込み。

斬撃の角度。


「……あ」


理解した。


「そういうことか」


スキル 全武器適正オールマイスター


身体が、自然に動く。


一閃。


魔物が、まとめて吹き飛ぶ。

だが、昨日のロランとの修行のお陰で力は抑えられていた。


「……流石ですね」


ロランの声が、どこか呆然としていた。



洞窟を進むにつれて、空気がさらに重くなる。

湿り気を帯びた壁に、黒い苔のようなものが張り付いている。

水滴が落ちる音が、やけに大きく響いた。


「……待ってください」


ロランが足を止める。

弓に矢をつがえたまま、眉間に深い皺を寄せていた。


「さっきの連中とは、反応が違う」


その瞬間だった。

岩壁の影が、ぬるりと動く。


現れたのは、人型に近いが明らかに人間ではない魔物だった。

皮膚は灰色で、岩のように硬そうだ。

関節の動きは不自然に滑らかで、音もなく距離を詰めてくる。


目が、光っていない。


「……なにこれ」


本能的に、背筋が寒くなる。


洞窟型魔物ケイブトルーパーです」


ロランの声が低い。


「地上ではほとんど見ません。数は少ないですが、一体一体が厄介です」


厄介、という言葉の意味を理解する前に、魔物が跳んだ。


速い。


一瞬で間合いを詰め、鋭い爪が振り下ろされる。


「っ!」


私は反射的に剣を振った。


金属音。

衝撃が腕に伝わる。


――硬い。


「……っ」


昨日のゴブリンとは、明らかに感触が違った。

だが、身体は迷わない。


踏み込み。

角度。

剣筋。


頭に流れ込んだ感覚のまま、私は剣を返す。


二撃目。


魔物の胴が、斜めに裂けた。

風が、わずかに唸る。

だが洞窟の壁は壊れない。

抑えられている。


魔物は呻き声を上げて崩れ落ちた。


「……」


ロランが、言葉を失ったままこちらを見ている。


「どう?」


「……もう、慣れてますね」


それは賞賛より、実感に近い声だった。


その直後、さらに二体。

影から、別方向から、同時に襲いかかってくる。


私は一歩前に出た。

剣を振るうたび、魔物は確実に倒れる。


無駄がない。

迷いがない。


数十秒後、洞窟に残ったのは静寂だけだった。


「……今のが、中層の守り主のようですね」


ロランが小さく息を吐く。


「この先は、さらに危険になります」


「うん」


私は剣を握り直した。


「でも、行くんでしょ」


ロランは苦笑した。


「……そうですね」



しばらく進むと、洞窟の構造が変わった。

天井が高くなり、足元には不自然なほど平坦な石床が続く。


「……ここ、おかしい」


ロランが足を止める。

探知スキルを使う前から、空気が違っていた。


生き物の気配が、はっきりと“そこにいる”。


影の奥から、姿を現したのは――


魔物だった。


だが、どこか歪んでいる。

腕の本数が合っていない。


背骨が曲がり、歩くたびに骨が擦れる嫌な音がする。

皮膚には縫い合わされたような痕跡。

生きているというより、作られた何か。


「……これ」


ロランの喉が鳴る。


「人工的に作られたような魔物ですね、初めて見ます」


その魔物が、こちらを見た。

瞬間、空気が張り詰める。


「……リリアさん!来ます!」


魔物は叫ばない。

ただ、地面を蹴った。

速さが違う。


私は剣を構えるが、間に合わない。

一瞬、距離を詰められる。


「っ……!」


衝撃。

身体が弾かれ、数歩下がる。

壁にぶつかる前に踏み止まった。


(……速い)


初めて、はっきりと“危険”を感じた。


「リリアさん!」


ロランの矢が放たれる。

だが、魔物はそれを弾くように払い落とした。


「……面倒だな」


私は息を整えた。

力を出しすぎるな。


抑える。

制御する。

一歩、踏み出す。

剣を振る。


今度は、風を伴わない。

ただ、純粋な剣撃。


魔物の動きが止まる。

胴に走る、一本の線。


次の瞬間、崩れ落ちた。


「……倒した」


静寂。


ロランが、しばらく動かなかった。


「……今の」


「うん」


「……完全に、制御出来てました!」


嬉しそうにそういうロラン。

私は剣を下ろす。


「できてるみたい」


ロランは、深く息を吐いた。


「……この先にいるものが、想像できます」


「だね」


私は、洞窟の奥を見つめた。


「多分、ラスボス前の前座ってやつ」


ロランは苦笑した。


「……冗談でも、あまり聞きたくないです」



やがて、開けた空間に辿り着く。


中央には、魔法陣。

その中心に、禍々しい玉座のようなもの。


そして――


人型の魔物が、静かに座っていた。


その姿を見た瞬間、ロランの全身が硬直する。


「……重要駆除対象」


声が、震えている。


「魔王軍幹部……」


私は、じっとその姿を見つめた。


整った顔立ち。

人間に近い姿。


そして、思わず口から出た。


「おん?」


ロランが、こちらを見る。


私は首を傾げた。


「……イケメンか?」


その瞬間、洞窟の空気が、さらに張り詰めた。

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