第5話 これって脈アリですか?
「……ん」
意識が、ゆっくりと浮上していく。
身体は確かに眠っているはずなのに、頭だけが妙に冴えていた。
夢だ、と理解するより先に、視界が白に染まる。
床も壁も天井もない、境界のない空間。
重力すら曖昧で、立っているのか浮いているのかも分からない。
「……ああ」
喉の奥から、乾いた声が漏れた。
見覚えがある。
というか、見覚えしかない。
「やあ、リリア。異世界一日目はどうだったかな」
間延びした、どこか他人事な声。
視界の中央に、ふわふわと光る存在が現れる。
「……神様」
その名を呼んだ瞬間、胸の奥で何かが弾けた。
「ってお前ぇえええ!!」
白い空間に、私の絶叫が叩きつけられる。
「お前! お前ぇ!! 私に何をしたァ!!」
喉が痛くなるほど叫んだ。
理性より先に感情が爆発していた。
「いやあ、何って」
神様は悪びれもせず、軽い口調で答える。
「盛りすぎちゃったなあ、とは思ってたんだけどね。思ってたより盛ってた」
「思ってたより盛ってた、じゃないのよ!!」
拳を握りしめる。
指先が震えているのが分かる。
「見てた!? 森!! 森が吹き飛んだんだけど!? デートが災害になったんだけど!?」
「うん、見てたよ」
「見てたよ、じゃない!!」
胃のあたりが、ぐちゃっと掴まれるような感覚。
怒りだけじゃない。悔しさと、情けなさと、孤独。
「私、男の人に怯えられて、子供にも避けられて、最強なのに孤独なんだけど!? これ何の罰ゲーム!?」
声が、ほんの少しだけ掠れた。
神様は一拍置いてから、困ったように言った。
「まあ……勇者の加護だけじゃなくて、色々おまけが付いてたからね」
「治せ!! 今すぐ治せ!! 無力な一般人に戻せぇえええ!!」
必死だった。
本気だった。
恋愛のために異世界へ来たのに、
最初に手に入れたのが“恐怖される力”だなんて、あんまりだ。
だが、神様はあっさりと言った。
「それは無理だね」
「即答!?!?」
「だってもう定着しちゃってるし」
「最悪!!」
私は頭を抱えた。
叫びたいのに、声が詰まる。
「じゃあどうすればいいの!? 私、ずっと嫌われ続けるの!?」
神様は、ほんの少しだけ声の調子を変えた。
「大丈夫。ちゃんと救済は用意してる」
「……何」
疑いの目を向ける。
「君から出てる威圧。あれね」
胸が、ひくりと跳ねた。
「抑えられるようになるよ。練習次第で」
「……ほんと?」
「ほんとほんと」
神様は軽く頷く。光が上下に揺れた。
「今は無意識に全開で垂れ流してるから、男の人が本能的に距離取ってるだけ」
「……じゃあ」
喉が鳴る。
「抑えられたら、目逸らされなくなる?」
「なるなる」
「怯えられない?」
「ならない」
「……恋愛、できる?」
「うまくいくことを祈ってるよ」
「祈るな!! 確定させろ!!」
神様は楽しそうに笑った。
「まあまあ。加減は覚えてね」
光が、遠ざかる。
「……ちょ、待っ……!」
声が届く前に、世界が暗転した。
◆
「……っ」
目を開けると、木の天井があった。
宿の部屋。
夢から現実へ引き戻される感覚。
「……夢」
そう呟いてから、否定する。
あれは夢じゃない。
胸の奥に、はっきりとした感触が残っている。
私は起き上がり、両手を見る。
昨日、森を壊した拳。
「……抑えられる、か」
希望が、ほんの少しだけ胸に灯った。
「よし」
顔を洗い、髪を整え、マントを羽織る。
向かう先は決まっている。
冒険者ギルド。
◆
着替えて宿を出る。
朝の街は静かで、昨日より少しだけ空気が柔らかい気がした。
それとも、私の気分の問題だろうか。
冒険者ギルドに入ると、昨日と同じように一瞬だけ視線が集まる。
けれど、昨日ほどの張り詰めた感じはない。
そして、見つけた。
「……ロランくん」
ギルドの掲示板の前。
革鎧姿の彼が、依頼書を眺めていた。
名前を呼ぶと、彼はすぐに振り返った。
――目を逸らさない。
それだけで、胸が跳ねる。
「おはようございます、リリアさん」
普通の声。
普通の距離。
昨日まであった“恐れ”が、明らかに薄れている。
「……あの、昨日は」
私が切り出すより先に、ロランが頭を下げた。
「すみませんでした。森で……取り乱してしまって」
意外だった。
謝られるとは思っていなかった。
「いや、取り乱すの普通だから。私が異常なんだし。私の方もごめんね」
冗談めかして言うと、ロランは苦笑した。
「正直に言いますね」
彼は少しだけ視線を外し、すぐ戻す。
「昨日は怖かったです。でも……一晩経ったら、逆に冷静になりました」
「冷静?」
「ええ。あれだけの力を見たあとだと、変に気取る方が失礼だなって」
……それ、めちゃくちゃ大人の対応では?
私の中で、何かがピコーンと鳴った。
(……お? これワンチャンあるくね?)
「それで」
ロランは少し照れたように続ける。
「もし良ければ、力のコントロール練習、しませんか」
「……え」
「昨日の件で、必要だと感じました。俺、探知系は得意なので」
その瞬間、神様の言葉が脳裏をよぎる。
抑えられる。練習次第で。
「……お願いします」
即答だった。
◆
ロランに案内されたギルド運営の修練場は、街の一角にある広い石造りの施設だった。
魔法や戦闘の訓練用らしく、壁も床もやたら頑丈そうだ。
「まずは、今の感覚を掴みましょう」
ロランは距離を取り、目を閉じる。
「……
空気が、僅かに震えた。
「……やっぱり、まだ強いですね」
「どれくらい?」
「……正直、近距離だと落ち着かないです」
心が、ちくっと痛む。
でも、言ってくれるだけありがたい。
「じゃあ、抑えるってどうすればいいの?」
「……感覚的な話ですが」
ロランは言葉を選ぶ。
「力を“出さない”んじゃなくて、“しまう”感じです。呼吸みたいに」
呼吸。
私は深く息を吸って、ゆっくり吐いた。
身体の内側。
胸の奥。
昨日まで、溢れ出ていた何かを、意識して引き戻す。
「……どう?」
ロランが目を細める。
「……少し、弱まった」
「ほんと?」
「ええ。でも、まだ粗いですね」
その後も何度も失敗した。
力を抑えようとして、逆に暴発しかけたり。
床にヒビが入ったり。
壁が震えたり。
「ごめん!!」
「大丈夫です。慣れですから」
ロランは根気強く付き合ってくれた。
◆
休憩時間。
ベンチに並んで腰掛ける。
「……そういえば」
私が横目で見る。
「ロランくん、今日は普通に目見て話してるよね」
「……ああ」
少し照れたように頬を掻く。
「昨日の時点で、一番怖いものはもう見たので」
「それフォローになってる?」
「なってます」
即答。
思わず笑ってしまった。
(…お?…やっぱワンチャンある?)
◆
午後。
集中して、呼吸と感覚を繰り返す。
そして、ある瞬間。
「あ……」
空気が、軽い。
周囲の反応が変わった。
「……今です」
ロランの声が、はっきりする。
「圧、ほぼ消えてます」
私は立ち上がり、拳を握る。
何も壊れない。
風も鳴らない。
「……できた」
胸が、熱くなる。
「できたぁ!!」
思わずロランに近づいて、手を叩いた。
「やったね!」
ハイタッチ。
ぱちん、と音がした。
その瞬間、ロランが一瞬だけ固まって、すぐ笑う。
「おめでとうございます」
(……お?これってワンty)
◆
夕方。
ギルド酒場で、乾杯。
「成功祝い、ですね」
「うん!」
杯を合わせる。
周囲の男たちの視線が、昨日と違う。
警戒ではなく、興味に近い。
(……あれ?)
胸が、どくんと鳴る。
「……ロランくん」
私は少しだけ声を落とした。
「この後、良かったら――」
「リリア・ヴァルハート」
低い声が割り込む。
振り返ると、ガレインが立っていた。
「……奥へ来い」
「……ですよね」
ワンチャン、終了のお知らせだった。
◆
奥の部屋。
ガレインは書類を広げる。
「力のコントロール上手くいったようだな。おめでとう」
「……ありがとうございます」
「それと同時に、私が独自でやっていた君のスキル解析が進んだ」
紙を差し出される。
【勇者の加護】
全パラメーター大幅上昇。
【英雄威圧】
常時威圧オーラを放つ。異性相手には効果倍増。
抑制も可能。
【疾風怒濤】
物理攻撃に衝撃風付与。
周囲を吹き飛ばす。
「……森を吹き飛ばしたのも、目線が合わないのも全部これのせいかよ…」
私は目を伏せた。
「他にもまだまだあるが、解析中だ」
そして、ガレインは本題を告げる。
机の上の書類を一枚、私の前に滑らせた。
書かれていたのは地図だった。街外れの森、そのさらに奥。赤い印がついている。
「特殊依頼だ」
その一言で、空気が変わる。
「街外れの森の、さらに奥に突如現れた洞窟がある。内部構造不明。魔物反応あり。調査が必要だ」
淡々とした説明。
仕事の話し方。
責任者の声。
私は、少しだけ間を置いてから答えた。
「……いやです」
ガレインの眉が、ぴくりと動いた。
「……なんだと」
「いやです」
はっきり、もう一度。
ガレインは一瞬、言葉を失ったように私を見た。
その顔は、さっきまでの冷静な責任者ではなく、想定外をぶつけられた大人の顔だった。
「おいおい……今の流れで、断るのか?」
「はい。いやです」
即答だった。
胸の奥で、昨日の森がよぎる。
怖がられた目。
距離を取られた空気。
私は、拳を握った。
「私、恋愛するって決めたんです。洞窟とか、危険とか、今は優先順位低いです」
「……君は、自分の立場を分かっているのか」
「分かってます。でも嫌です」
ガレインは深く、深く溜息をついた。
頭が痛い、という顔だ。
「……はぁ……」
椅子にもたれかかり、天井を仰ぐ。
「……君は本当に」
「頑固です」
「自覚はあるのか」
「あります」
即答すると、ガレインは逆に何も言えなくなった。
数秒の沈黙。
重たい沈黙。
やがて、彼は小さく首を振り、諦めたように言った。
「……報酬は、弾もう」
その言葉が落ちた瞬間。
「いきましょう」
私の返事は、早すぎた。
ガレインが、ぎょっとして私を見る。
「……は?」
「洞窟調査、行きます」
「……さっきまで断っていたよな」
「報酬次第です」
私は胸を張った。
「恋愛だって、お金ないと始まらないので」
ガレインは、しばらく私を見つめていた。
呆れ。理解不能。
そして、どこか納得。
「……君は」
また溜息。
「……本当に、現実的だな」
「社会人だったので」
ガレインは苦笑しながら、書類に手を伸ばした。
「分かった。社会人と言うのが何かは分からんが、正式に依頼を出す。詳細は明日だ」
「はい」
私は頷いた。
洞窟。
危険。
特殊依頼。
それでも。
「……お金、必要なので」
小さく呟くと、ガレインはもう一度だけ、ため息をついた。
「君が望む恋愛が、無事であることを祈るよ」
その言葉に、私は少しだけ笑った。
◆
その夜。
宿のベッドに横になり、天井を見る。
今日は、怖がられなかった。
笑って、話して、ハイタッチまでした。
「……まだ、終わってないよね」
ワンチャンは、消えてない。
私は目を閉じた。
次に待つ洞窟と、恋愛と、最強の続きを思いながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます