1.1 祝福のガイセン。

祝福は、重さを増していく。


 凱旋は、音から始まった。


 城門が開くと同時に、歓声が雪崩のように押し寄せてくる。

 太鼓、鐘、ラッパ。

 人々の声が幾重にも重なり、バリオス王国の大通りは揺れていた。


「勇者様だ!」

「魔王を討った英雄だ!」

「ありがとう、ありがとう!」


 リンカは馬の背の上で、背筋を伸ばしていた。

 口角を上げ、視線を前に向ける。

 練習した通りの姿勢。勇者に相応しい振る舞い。


 ――大丈夫。

 ――ちゃんと、できてる。


 そう言い聞かせながら、手を振る。


 赤い花弁が舞い、子どもたちが駆け寄り、老人たちが涙を流す。

 誰もがリンカを見上げ、敬意と感謝を惜しみなく向けてくる。


「勇者様のおかげで我々は生き延びれました!」

「この国は救われました!」

「あなたがいなければ――」


 胸が、きしんだ。


 感謝の言葉が届くたび、

 その下に埋まっているものが、はっきりと分かる。


 ――期待。

 ――依存。

 ――次も、救ってくれるはずだという前提。


 リンカは笑顔を崩さない。

 崩せなかった。


 勇者に選ばれた日から、

 人前で黙ることは許されなかった。

 陰で俯く癖も、口下手も、全部置いてきた。


 勇者は明るく、強く、迷わない。

 そうあるべきだと、世界が決めていた。

 だから彼女もそれを選んだ。望まれているのなら、と。


「リンカ様」


 隣から、柔らかな声がかかる。

 アリシアだった。


 白を基調とした聖衣に身を包み、金の髪が陽光を弾く。

 小柄な体で、彼女もまた人々に手を振っていた。


「お疲れでしょう。無理をなさらないでくださいませ」


 丁寧で、優しい。誰にでも向ける声。

 けれどリンカにだけは、ほんの僅かに声色が違う。


「……平気」


 短く答える。

 本当は、平気じゃない。


 人々の視線が、肌に突き刺さる。

 期待が、重さになってのしかかる。

 こうなると分かっていたはずなのに。


 かつて一緒に歩いた仲間の姿は、どこにもない。

 歓声の中に、彼らの名前は一度として出てこなかった。


 魔王を討伐したのは、リンカとアリシアだ。

 そんな空気が、この場を支配している。

 確かに二人は、数多の試練を越えて成し遂げた。


 ――それでも。


 彼らが、忘れ去られている気がして。


「やだな……」


 代わりに、聞こえてくる声がある。


「次は残った魔族の残党狩りか!?」

「魔王がいなくなった今なら、魔族も全部――」

「勇者様なら、きっと」


 ――きっと。

 ――当然。

 ――当たり前。


 感謝は、いつの間にか前提に変わっていた。

 増長した市民は、残った魔族を殲滅しろと叫んでいる。


 数百年にわたる憎悪。

 魔王の加護が失われれば、魔族は弱体化する。

 それを皆、知っている。


 だから一刻も早く、根絶やしにしろと。


 リンカは、剣の柄を強く握り締めた。

 あの日、魔王の首を落とした時と同じように。


 ――皆、知らないくせに。


 クラウンは、ムードメーカーだった。

 会話が苦手で、すぐ言葉に詰まるリンカにも、気さくに笑いかけてくれた。

 父親のように思えることもあった。

 彼がおどけるたび、パーティーの空気は和んだ。

 妻と、子がいると言っていた。


 ノリアは、聡明だった。

 王国最年少で魔法使い最高位、八賢者に抜擢されるほどに。

 民衆は彼女を神童だ、選ばれた子だともてはやした。

 特別扱いし、腫れ物のように距離を取る。

 それが、不気味だったのだろう。


 甘いものを食べるときの笑顔が可愛くて、

 無知なリンカに世界を教えてくれた、妹のような、優しい普通の女の子だった。

 「帰還したら、親孝行をするんだ」と言っていた。


 アランは、勇敢だった。

 魔王討伐のために王国騎士団を辞めた、元団長。

 かなり反対されたそうだが、一度決めたことは曲げない、頑固な人だった。

 常に最前線に立ち、皆を護り、導いてくれた。

 兄のように慕っていた。

 結婚を約束した恋人がいると言っていた。


 ――みんな、しんでしまった。

 ――わたしのせいで。


 胸を張ると決めたはずなのに。

 選ぶと決めたはずなのに。


 歩けば歩くほど、

 祝福は、重くなっていく。


 救われた世界が、

 少しずつ、勇者の首に手をかけ始めていることに、

 リンカだけが気づいていた。

 

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