第8話 スライムに転生して、王になりました


天界の種族管理区画では、

珍しく警告音が

鳴っていなかった。


「次の魂です」


女神ユーファが、

端末を操作する。


「現代日本。

六十一歳、男性。

心不全による死亡」


「おお……

人生二周目ですね」


レーシャが、

しみじみと頷いた。


「部下思いで、

調整役が得意。

争いを避ける性格です」


「それなら、

異世界で――」


「騎士か、

領主補佐あたりが

良さそうですね!」


レーシャは、

自信満々に言った。


「種族は……

人族で」


「はい!」


操作盤を叩く。


その瞬間、

画面の一部が

切り替わった。


「……あれ?」


「レーシャ」


「え?

今、

押しましたよね?」


表示されていた文字は、

はっきりしている。


――種族:スライム。


「……」


「……」


ユーファは、

無言で眼鏡を押さえた。


「種族選択が、

一段ずれています」


「で、

でもほら!

スライムって、

人気ありますし!」


「最弱です」


転送魔法陣が、

静かに起動する。


「……もう、

送られます」


光が弾け、

魂は異世界へと落ちた。


――――――


意識が戻った時、

彼は思った。


(……軽い)


身体の感覚が、

ほとんどない。


手も、

足も、

ない。


「……?」


視界は、

地面すれすれ。


青空が、

遠い。


「……俺、

立ってない?」


いや、

そもそも

立つという概念がない。


「……まさか」


ぷるん。


身体が、

揺れた。


「……スライム?」


記憶は、

はっきりしている。


会社。

部下。

会議室。


「……

これは……

きついな」


だが、

不思議と

落ち着いていた。


「……動けるか」


意識を向けると、

身体が

少し伸びる。


ぷる、

ぷるん。


「……慣れれば、

なんとか」


彼の名前は、

ハルド。


森の中で、

スライムとして

目覚めた。


当然、

魔物に

狙われる。


だが、

彼は逃げなかった。


逃げ道を、

探した。


隠れ場所を、

選んだ。


危険を、

分散させた。


「……前世と、

同じだな」


最前線に

立つのではなく、

調整する。


やがて、

奇妙なことが

起き始める。


弱い魔物たちが、

彼の周囲に

集まってきた。


「……争わなくて、

いい」


その意志が、

伝わるようだった。


スライム。

ゴブリン。

小鬼。


弱者たちが、

共存し始める。


「……

組織、

だな」


ハルドは、

役割を決めた。


見張り。

運搬。

採集。


争いは、

極力避ける。


「……無駄な衝突は、

損失だ」


その考えは、

自然と

広がっていった。


やがて、

人族の冒険者が

森に入ってくる。


「魔物が、

統率されている?」


驚きと、

警戒。


ハルドは、

前に出た。


小さな身体で。


「……話を」


言葉は、

直接発せられない。


だが、

意思は

魔力を通じて

伝わった。


戦いは、

起きなかった。


代わりに、

交渉が始まる。


森は、

緩衝地帯となる。


魔物は、

無闇に

人を襲わない。


人は、

森を

荒らさない。


その中心に、

一体の

スライムがいた。


「……王?」


誰かが、

そう呼んだ。


ハルドは、

否定しなかった。


肩書きは、

便利だ。


守るための、

象徴になる。


スライムの王。


最弱で、

最も賢い存在。


――天界。


「……報告です」


ユーファが、

資料を置く。


「対象者、

スライム転生。

魔物社会を

安定化」


「ええっ!?」


レーシャが、

目を丸くする。


「王に……

なってます?」


「はい。

人族との

衝突率、

大幅低下」


サフィーネが、

ゆっくり立ち上がる。


「レーシャ」


「は、はい!」


「始末書、

百枚です」


「三桁!?」


「節目です」


レーシャは、

崩れ落ちた。


だが、

ユーファは

静かに続ける。


「天界評価、

国家級安定因子」


サフィーネは、

何も言えなかった。


天界には、

今日も魂が戻ってくる。


そしてまた、

女神レーシャは

種族欄を凝視する。


「……スライム、

奥が深いですね」


誰も、

反論しなかった。


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