第2話 不老不死を授かった老婆
天界の執務室では、
今日も魂の受付が続いていた。
光の柱が静かに立ち上り、
一つの魂が転送台に現れる。
「次の方です」
女神ユーファが、
淡々と告げた。
「現代日本。
女性、九十二歳。
老衰による自然死」
光の中に浮かぶ魂は、
穏やかな色をしていた。
「長い人生でしたね」
ユーファは記録をめくる。
「家族に恵まれ、
大きな争いもなく、
静かに人生を終えています」
「あ、いいですねぇ」
隣でレーシャが、
うんうんと頷いた。
「こういう方は、
異世界で第二の人生!
若返り転生が定番ですよね!」
「ええ。
年齢リセットを行い、
肉体年齢は――」
「二十歳くらいが
一番動きやすいですよね!」
レーシャは即答し、
操作盤を勢いよく叩いた。
「……レーシャ」
「はい?」
「年齢リセット、
確認しましたか?」
「もちろんです!」
ユーファは、
その言葉に少しだけ
嫌な予感を覚えた。
だが、
転送準備はすでに完了している。
「では、
異世界ノルディアへ。
一般市民として転生」
光が収束し、
魂は異世界へと送られた。
――――――
目を覚ました瞬間、
彼女は思った。
(……体が、重い)
次に思った。
(あら。
まぶたが、
ちゃんと開かないわ)
そして、
決定的な違和感。
(しわ、
取れてないじゃない)
彼女は、
ゆっくりと手を上げた。
皺だらけの手。
節くれだった指。
「……あら?」
声も、
若返っていない。
かすれた、
年老いた声だった。
「夢……
ではないわね」
周囲を見渡す。
石造りの小さな家。
木製の家具。
見知らぬ風景。
「異世界……
なのかしら」
記憶は、
はっきりしている。
日本での人生。
家族。
そして、
静かな最期。
「つまり……
転生、したのね」
彼女はため息をついた。
「でも、
若返りは……
なし、と」
立ち上がろうとして、
ふらつく。
年老いた身体。
それは確かだった。
だが、
奇妙なことに、
痛みがない。
腰も、
膝も、
不思議と軽い。
「……あら?」
その日から、
彼女は村で暮らし始めた。
名前は、
リュミエラ。
村人たちは、
最初こそ戸惑った。
「こんな年で、
一人暮らしとは……」
だが、
彼女は穏やかに笑った。
「大丈夫よ。
長生きだけが
取り柄ですから」
その言葉は、
文字通りだった。
何年経っても、
彼女は老いない。
病にもならず、
怪我も治る。
十年。
二十年。
五十年。
村人たちが、
代替わりしても、
彼女は変わらない。
「……不老不死、
なのかしら」
ようやく、
彼女は理解した。
恐怖は、
なかった。
孤独は、
確かにあった。
だが、
彼女は歩みを止めない。
読み書きを教え、
子どもたちの話を聞き、
村の歴史を覚えた。
やがて、
人々は言う。
「リュミエラ様に
聞けばわかる」
「昔のことは、
あの方が知っている」
彼女は、
村の生きる記録となった。
百年後。
二百年後。
国が変わり、
王が変わっても、
彼女はそこにいた。
戦乱の時代。
彼女は避難路を示し、
多くの命を救った。
「あなたは……
何者なのですか」
そう問われた時、
彼女は微笑んだ。
「ただの、
年寄りよ」
その背中は、
小さい。
だが、
誰よりも強かった。
――天界。
「……報告です」
ユーファが、
静かに書類を置く。
「対象者、
二百三十年経過。
現在も存命」
「えっ」
レーシャが、
目を丸くした。
「え、
若返ってません?」
「いえ。
年齢リセットが
実行されていません」
「……あ」
レーシャは、
ようやく思い出した。
「押し忘れ……
ました?」
サフィーネが、
無言で立ち上がる。
「レーシャ」
「は、はいっ!」
「始末書、
四十枚です」
「増えてません!?」
「前回分と、
合わせてです」
レーシャは、
しゅんと肩を落とした。
だが、
ユーファは
小さく付け加える。
「なお、
現地では――」
「彼女は、
聖老と呼ばれ、
国宝扱いです」
レーシャは、
ぱっと顔を上げた。
「……結果、
オーライ?」
サフィーネは、
深いため息をついた。
天界には、
今日も魂が戻ってくる。
そしてまた、
女神レーシャは
操作盤に手を伸ばす。
「次は……
ちゃんと押しますから!」
その言葉を、
誰も信じていなかった。
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