女神の仕事は間違えることですか?――いいえ、たぶん違います

塩塚 和人

第1話 勇者に転生したはずが、村の鶏だった件


天界には、今日も魂が戻ってくる。

静かな光の回廊を、無数の輝きが

川のように流れていた。


異世界で役目を終えた魂。

現代で人生を全うした魂。

それらは等しく、天界へと還る。


その振り分けを行うのが、

女神たちの仕事だった。


「次の魂、確認しました」


淡々と告げる声の主は、

女神ユーファである。


白銀の髪を背に流し、

透き通るような瞳で

書類を確認していた。


「現代日本、三十二歳男性。

事故死。性格は――」


「はいはーい!

勇者案件ですね!」


ユーファの言葉を遮るように、

明るい声が割り込んだ。


声の主は女神レーシャ。

桃色の髪をふわりと揺らし、

満面の笑みを浮かべている。


「適性、高いですよ。

正義感もありますし、

責任感もありますし!」


「レーシャ、

まだ最後まで読んでいません」


「大丈夫ですって!

勇者って、

だいたいそんな感じですから!」


ユーファは小さくため息をついた。


「……では、

異世界エルディナへ。

勇者として転生、

能力付与は――」


「はいっ!

剣術適性、魔力上限、

言語理解、完璧です!」


レーシャは勢いよく

光の印章を押した。


その瞬間、

書類の一部が光って消える。


「……あ」


ユーファの視線が止まった。


「レーシャ。

今、何を選びましたか?」


「え?

勇者、ですよ?」


「種族欄です」


レーシャは首をかしげ、

画面を覗き込んだ。


「えーっと……

『勇者(ゆうしゃ)』……

あれ?」


そこに表示されていた文字は、

はっきりとこう書かれていた。


――雄鶏(ゆうけい)


「……」


「……」


沈黙が落ちる。


「レーシャ」


「は、はいっ!」


「これは、

村で朝を告げる――」


「わ、わかってます!

でも、ほら!

文字、似てますし!」


「似ていません」


冷静な否定だった。


その時、

魂の転送が始まってしまう。


「止めてください!」


「無理です!

もう送りました!」


光が弾け、

魂は異世界へと落ちていった。


――――――


次に目を覚ました時、

男は違和感を覚えた。


視界が、低い。


身体が、軽い。


そして何より、

声が――


「コケェェェェ!!」


自分でも驚くほど

甲高い声が響いた。


「……は?」


思考は確かにある。

だが、身体が言うことを聞かない。


視線を動かすと、

赤茶色の羽毛。


鋭い爪。

地面をつつく嘴。


「……待て。

落ち着け。

これは、夢だ」


そう思った瞬間、

目の前に木造の小屋が見えた。


――村の鶏舎だった。


「……俺、

鶏になってないか?」


返事はない。

代わりに、

朝日が昇ってくる。


本能が、

勝手に身体を動かした。


胸いっぱいに空気を吸い込み、

男は叫んでいた。


「コケェェェェェ!!」


その声に反応し、

村が目を覚ます。


扉が開き、

人々が動き出す。


「今日も元気だな、

赤羽丸」


赤羽丸。


それが、

彼に与えられた名前だった。


最初は絶望した。


剣も振れない。

魔法も使えない。

言葉も通じない。


だが、

日々を重ねるうちに、

彼は気づく。


自分の声で、

村の一日が始まることを。


自分が鳴かなければ、

誰も起きないことを。


嵐の日。

魔物が近づく夜。

異変を感じ取るのは、

いつも彼だった。


「赤羽丸が鳴いた。

何かあるぞ」


そう言われるようになった。


やがて、

彼の存在は

村を守る象徴となる。


剣を持たず、

戦わず。


それでも、

確かに勇者だった。


――天界。


「……結果報告です」


ユーファが書類を置く。


「村は救われました。

犠牲者ゼロです」


「ほらぁ!

やっぱり!」


レーシャは

誇らしげに胸を張った。


その背後で、

上司女神サフィーネが

頭を抱えていた。


「始末書……

三十枚です……」


天界には、

今日も魂が戻ってくる。


そしてまた、

女神レーシャは

笑顔で言うのだった。


「だいたい、

合ってましたよね?」


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