第3話 魔王の器に、気弱な少年を入れてしまいました


天界の転送区画は、

いつになく静まり返っていた。


「……この案件、

少し注意が必要です」


女神ユーファが、

珍しく慎重な声で言う。


光の台座に浮かぶ魂は、

淡い青色をしていた。


「異世界アルディオス。

戦乱地域出身。

十五歳、男性」


「え、

若いですね」


レーシャが、

ひょいと覗き込む。


「両親を早くに亡くし、

村を守るために

戦いに巻き込まれた少年です」


「かわいそう……」


レーシャの表情が、

珍しく曇った。


「適性は?」


「争いを嫌う。

共感性が高い。

他者を思いやる心が強い」


ユーファは、

一拍置いてから続けた。


「……本来は、

一般市民として

平穏な土地へ転生予定です」


「ですよね?」


レーシャは、

大きく頷いた。


その背後で、

別の書類が

ふわりと浮かぶ。


黒い紋章。

禍々しい魔力。


「……あれ?」


レーシャが、

無意識に手を伸ばした。


「レーシャ、

それは――」


遅かった。


二つの書類が、

ぴたりと重なる。


「えっと……

え?」


表示された文字に、

レーシャは瞬きをする。


――魔王の器。


「……あ」


「レーシャ」


「ち、

違います!

今のは!」


ユーファは、

静かに目を閉じた。


「魂格納先、

一段ずれましたね」


「で、

でもほら!

心が優しい魔王って、

新しくないですか!?」


「新しい以前に、

危険です」


転送準備が、

淡々と進んでいく。


「止められませんか!?」


「もう、

起動しています」


光が弾け、

少年の魂は

闇の渦へと落ちた。


――――――


冷たい石の感触で、

少年は目を覚ました。


「……ここ、

どこ……?」


薄暗い空間。

高い天井。

不気味な魔力が、

空気に満ちている。


「……怖い」


身体を起こそうとして、

少年は気づく。


力が、

異常に満ちている。


指先に、

黒い光が灯った。


「え……?」


頭の中に、

声が響く。


――魔王よ。


「……え?」


――世界を滅ぼす者。


「……ち、

違います」


少年は、

小さく首を振った。


「僕は……

争いは、

嫌いです」


その瞬間、

魔力が揺らいだ。


城の外で、

魔族たちがざわめく。


「魔王様が、

目覚めた……」


「なぜ、

こんなに静かな魔力なんだ?」


少年は、

震える足で立ち上がる。


「……帰りたい」


だが、

帰る場所はない。


彼は、

魔王として

玉座に座らされた。


「……あの」


小さな声が、

広間に響く。


「戦争は……

やめませんか」


魔族たちは、

凍りついた。


「……は?」


「だって……

怖いし……

悲しいし……」


少年は、

必死に言葉を探す。


「誰かが傷つくのは、

嫌なんです」


沈黙。


やがて、

一人の将が

膝をついた。


「……我らは、

命じられるまま

戦ってきました」


「なら……

やめましょう」


その一言が、

世界を変えた。


魔王軍は、

進軍を止めた。


代わりに、

対話を求めた。


人間側は、

最初こそ疑った。


だが、

魔王本人が

前線に立ち、

武器を置いた。


「戦いたく、

ありません」


その姿に、

誰も剣を振れなかった。


数年後。


アルディオスに、

大きな戦はなかった。


魔王は、

恐怖の象徴ではなく、

調停者となった。


少年は、

今も気弱なままだ。


玉座に座る時も、

背筋を伸ばし、

少し震えている。


だが、

誰よりも

民を想っていた。


――天界。


「……報告です」


ユーファが、

書類を置く。


「戦争、

終結しました」


「えっ」


レーシャが、

身を乗り出す。


「魔王本人が、

和平を主導。

被害、最小です」


レーシャは、

ぱあっと笑った。


「ほら!

やっぱり!」


その背後で、

サフィーネが

こめかみを押さえる。


「レーシャ……」


「は、はい!」


「始末書、

五十枚です」


「また増えた!?」


「魔王案件は、

重罪です」


レーシャは、

泣きそうな顔になった。


だが、

ユーファは

小さく微笑む。


「ただし……

結果は、

天界史上、

最良の和平です」


サフィーネは、

言葉を失った。


天界には、

今日も魂が戻ってくる。


そしてまた、

女神レーシャは

書類を手に取る。


「次は……

本当に、

気をつけますから!」


その言葉を、

信じる者はいなかった。


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