開いたのは…

神夜紗希

開いたのは…

ある街に、古い図書館があった。

何十年も前からある、古い図書館だ。


その図書館には、不思議な本があった。


いつの間にか、机の上に置かれている一冊の本。


職員が片付けても、必ず出没する。

出現する場所も、毎回違う。


表紙には、タイトルは無い。

古びた、茶色く分厚い表紙だけ。


内容は、読んだ者にしか分からない。


ある時から、噂が流れ始めた。


『その本には、自分の未来が書かれている』


——と。


———


開いたのは、6歳の子供だった。

毎日通う幼稚園で、いじめっ子に悩んでいた。


使っているオモチャを取り上げられ、

砂場で山を作れば崩される。


泣く事しか出来ない自分に、

悔しくて悲しくて、

説明できない気持ちでいっぱいになる。


オモチャでも遊ばないようになった。

砂山も作らない。

親の言う通り、その子に関わらないようにしていた。


気付けば教室の隅で絵本を読むのが好きになった。

先生の読み聞かせも好きだったが、

自分で読むと、より絵本の世界に入り込める気がした。


ランドセルを買う男の子の絵本を読んだ。


自分も、もうすぐ一年生。

この幼稚園生活が終わるんだ。


仲の良い子とお別れは寂しいけど、

あの子と離れるのは嬉しい。


——そう思ってたのに。


『○○君ね、同じ小学校になるみたいですよ。地域で区画調整が入ったんだって。』


お母さんと先生が話してるのを聞いてしまった。

お母さんは、あちゃーって顔をしてた。


泣いても仕方ないって分かっているのに、

涙が出てしまった。


その日から、見るからに落ち込んでるのを見かねた父親が、元気付けるために図書館に連れて行った。


たくさんの本に囲まれる図書館が大好きだった。

思わず笑顔になり、絵本コーナーに駆け寄った。


いつも5冊まで借りさせてくれる両親。

どれを借りるか選ぶ時間も楽しくて好きな時間だった。


絵本コーナーには誰も居なかった。


珍しいなぁ、と見回すと、

絵本コーナーの中心に設置してある

小さなテーブルに、一冊の本が置いてあった。


何故だか妙に気になる。

開きたくなる。


手を伸ばし、少し古びた茶色い表紙をめくる。

ペラリ…ペラリ…

そのまま数枚のページをめくり続ける。


たくさんの文字が並んでいた。

たまに挿絵も。


知らない字や滲んでる字で読めない。

挿絵も何だか怖い絵ばかりだった。


でも、めくる手が止まらない。

ペラリ…ペラリ…


何だか、胸がスゥッと軽くなっていくような気がした。

不思議な気持ちを感じながらページをめくる。


白紙のページが出てきた。

そのページ以降は全部白紙だった。


——パタン。


本をとじた。

何だか心の中のモヤモヤが小さくなっているような、スッキリした気持ちになった。


その日から、自分の中で何かが変わった。


嫌な事をされたら、「やめて」と言えるようになった。

お友達も庇えるようになった。

その子は僕を見ると何故か逃げちゃうけど、

もう何も気にならない。


外遊びも思いっきりするようになって、

先生もお母さんも喜んでいる。


「強くなったねぇ。先生安心しちゃった!」

「家でも全然泣かなくなったんですよ。何か良いきっかけでもあったのかしら?」


——あったんだよ、お母さん。

今度見つけたら教えてあげる。


本を読むのは今でも好きだった。

あの日から、もっと好きになっていた。

図書館に行く回数も増やしてもらった。


でも、あれから何度図書館に行っても、

あの本は見つからなかった。


————


開いたのは、60歳の女性だった。

息子の嫁と上手くいってない事を悩んでいた。


結婚前は確かに干渉を控えるとは言ったけど、

作り過ぎたお料理を持って行っただけで嫌な顔する事ないじゃない。


休日だって、2人で過ごす時間も必要だろうと思って、子供達を預かるわよって、せっかく言いに言ってあげたのに。


出掛ける予定があったなら、私に事前に一言言えば良いのに。


息子から色々言われるけど、私分かってるの。

陰であの嫁が言わせてるって。


あんなにお母さん想いだったのに…

息子もツラい立場よね。


孫たちだって、もっと遊んであげたいのに。

たくさん美味しい物食べさせてあげたいのに。


乳幼児には蜂蜜はダメだとか、

ネットの情報に踊らされちゃって…


私たちの時代では蜂蜜は高価で

滅多に食べれなかったのよ?

人の親切を…あぁ、嫁が憎たらしいわ。


どうにかして、あの嫁の本性を息子に教えなきゃ。

何か良い方法ないかしら。


思わずため息が出そうになるのをグッと飲み込む。


…こんな事ばかり考えていても仕方ない。

素敵な詩集でも読んで心を落ち着かせましょう。


あそこの図書館がいいわ。

本屋には置いてないような、たくさんの詩集が置いてあるもの。


詩集コーナーはいつも落ち着いた、静かな雰囲気で心地が良いわね。


ふと見回すと、窓際に設置されているテーブルカウンターに一冊の本が見えた。


何故だか妙に気になり、目が離せない。

開きたくなった。


手を伸ばし、少し古びた茶色い表紙をめくる。

ペラリ…ペラリ…

そのまま数枚のページをめくり続ける。


たくさんの文字が並んでいた。

たまに挿絵も。


達筆な漢字で書いてあるページや、

英語や知らない国の文字、

滲んでる字ばかりで全然読めない。


挿絵も何だかゾッとするような絵ばかりだった。


でも、めくる手が止まらない。

ペラリ…ペラリ…


何だか、心が洗われていくような気がした。

不思議な気持ちを感じながらページをめくる。


白紙のページが出てきた。

そのページ以降は全部白紙だった。


——パタン。


本をとじた。

何だか胸のつっかえが取れていくような、

スッキリした気持ちになった。


その日から、私は変わった。


息子家族に干渉する自分がおかしかったのだ。

彼らには彼らの過ごす時間が希少なのだ。


息子嫁や子供達の気持ちを尊重して、

お互いにとって良い距離を保つことが、

良い関係を築くのよ。


子供達が口にするものは、

初めてのものなら尚更気にするのが母親よね。


私だってそうだったもの。

息子達はかけがえのない宝物。


大事に、大事に育てたわ。

それを、義理の母にだって邪魔する権利はないもの。


そう電話で伝えたら、

息子も、お嫁さんも、孫たちさえも心配してきたけど。


大丈夫。

私はこの距離で見守るわ。

だから会いに来なくて大丈夫。


声や話し方が違う?

私は私よ。


じゃ、私は忙しいから。

図書館に行かなくちゃ行けないのよ。


まだ、あの日から、見つかってないけどね。


あの本が欲しいのよ。


———


開いたのは、36歳の女性だった。

職場の人間関係に悩んでいた。


ムカつく、ムカつく、ムカつく。

握りしめるペンがミシリと音を立てる。


何で雑用ばかりあたしに押し付けるの?

備品購入から会議設定、課員全員のタスク管理まで。


集約業務担当なんて、名前ばかりカッコつけて、要は雑用係じゃない。

私は仕事が出来る人間なのに。


女に自分のプロジェクトを取られる取られるのが嫌なんだわ。

そうじゃないと納得出来ない。


雑用を黙々としていると、男性社員の雑談や笑い声が鼻につく。


新しい職場は50歳以上のおじさんばかり。

ほとんどが既婚者で口を開けば家族の話。

未婚のあたしへの当て付けとしか思えない。


腰痛を理由に立ち仕事からデスクワークに移してもらったけど、こんな華のない職場に入れられるなんて、話が違うわ。


同僚は受付になったって聞いたのに。

だからわざわざ病院に行って診断書を書かせたのに。


同僚は昨日も合コンに行ったらしい。

受付仲間の女性と来客に来た若い男性達と。


半年付き合ってる彼氏がいるくせに。

あたしを誘うならまだ許せるのに。

自慢だけして去っていく。


あたしは毎日自分を美しく見せるように努力してるっていうのに。


胸とお尻を強調させる服に網タイツ。

真っ赤なグロスリップにゴールドのアイシャドウ。


私の価値を分からないなんて。

あいつらの目が腐ってるんだわ。


受付になった同僚だって、

あれじゃ細過ぎて色気もない。

最近じゃ口も聞かないどころか目も合わさない。


私の価値を分かるのは、

こんな頭の悪いやつらじゃない。


休日に読書をするような素敵な男性こそが

私にお似合いよ。


明日は、図書館に行ってみようかしら。


街にある古い図書館。

あるのは知ってたけど初めて来たわ。


私に似合う知的な男性はビジネス書を読んでいるはずね。


案内看板に書かれた文字を見上げながら期待に胸を膨らます。


ビジネス書コーナーに行くと、本棚脇に置いてある椅子の上に、一冊の本が見えた。


何故だか妙に気になり、早足になる。

開きたくなった。


手を伸ばし、少し古びた茶色い表紙をめくる。

ペラリ…ペラリ…

そのまま数枚のページをめくり続ける。


たくさんの文字が並んでいた。

たまに挿絵も。


殴り書きのような漢字で書いてあるページや、

英語やフランス語、ドイツ語もある。

何故か滲んでる字ばかりで全然読めない。


挿絵も何だか直視したくないような絵ばかりだった。


でも、何故だろう。

続きが気になってめくる手が止まらない。

ペラリ…ペラリ…


何だか、自分の中で黒く渦巻いていた感情が溶けていくような気がした。

不思議な気持ちを感じながらページをめくる。


白紙のページが出てきた。

そのページ以降は全部白紙だった。


——パタン。


本をとじた。

何だか新しい自分に生まれ変わったような、

スッキリした気持ちになった。


その日から、私の考え方が変わった。


周りに認められないのが、何だというんだろうか。

何も気にする事はなかった。


職場の人間も、同僚も、

生きる世界が違っただけ。

私の魅力を理解出来なくて当たり前だ。


私を1番分かってあげれるのは、私だけ。


私だけが認めてあげればそれで良い。


私だけが愛してあげれば、幸せ。


こんなに魅力的な私を他人に見せてたなんて

もったいない事をしていたもんだわ。


もうこの世で私の事を見るのは私だけで良い。

誰にも見せてあげない。


鏡で囲まれたこの部屋で、

私は私と生きていく。


——コンコンッ。

「ねぇ、大丈夫?部屋から出てこないけど…朝ごはん出来てるわよ?今日も会社休むの?」


バァンッ!!

ドアにペットボトルを投げつける。


「うるさい!!ドアを開けるな!ご飯はドアの前に置いてって言っただろ?!」


ハッとなり横を見ると、鏡に映る自分の顔と目が合った。

すぐに表情を戻す。


女の子は笑顔が1番。

これからは、私はずっと笑って生きていく。


鏡の中の自分の笑顔が、

どこか別人のように見えたが気にならない。


—あぁ、そうだ。

今日も図書館に行くように母親に頼まなきゃ。


私の生き方、考え方を変えてくれたあの本。


あの本を手に入れるまでは諦めない。


今日こそ、見つけてもらうわよ。


———


開いたのは、42歳の男性だった。

女性関係に悩んでいた。


どうして僕の気持ちが分からないんだろう?

こんなに君を愛してるのに。


あの日、あの時間、あの場所で、

君を見つけた瞬間から、僕は恋に落ちたんだ。


この気持ちは簡単には言い表わせれない。


君の瞳を見た瞬間の、心臓に雷が落ちたような衝撃。

君の笑顔を見た瞬間の、心を鷲掴みにされたような感覚。


生まれて初めての恋。

こんなに、苦しくて愛しくて切ないものだったのか。


君の名前が知りたかったから、

持ち物を一つ貰った。

学校のノートにはフルネームが書いてあるだろう?


君の声が聞きたかったから、

電車では毎朝後ろに立った。

いつもAirPodsから漏れてる音楽、僕も好きな曲だよ。


君の住んでる場所が知りたかったから、

家まで付いて行った。

君の部屋は角部屋なんだね。


好きだから。

大好きだから。

愛してるから。


君の事がもっと知りたい。

君とずっと一緒に居たい。


閉じ込めてしまいたい。

——そう、思ったんだ。


もうすぐテスト週間か。

夜遅くまで部屋の電気を付けている。

親は勉強していると思うよね?


そうじゃない事を、僕は知っている。

毎日、部屋にいる君の声を聞いているから。


…彼氏が出来たんだね。

毎晩楽しそうに電話している。


明日、図書館で一緒に勉強するんだね。


——僕も行くから、待ってて。

永遠に、僕の物になってもらうからね。


僕という存在がありながら、

彼氏を作るなんて…浮気は許さないよ。


この図書館、僕も学生の頃よく使っていたよ。


君より先に付いてしまったみたいだから、

先に中で待っている事にするよ。


学生が使う勉強スペースは、階段を上がってすぐのエリア。


参考書が棚に並び、勉強する学生や受験生でいつも溢れている。


だから席を取っといてあげようと思ったのに、

今日は誰も居ないのか。


鞄の中に手を入れながら周りを見渡すと、

ふと一つの机が目に入った。

机の上に、一冊の本が置いてある。


何故だか呼ばれている気がして、近付いていく。

開きたくなった。


手を伸ばし、少し古びた茶色い表紙をめくる。

ペラリ…ペラリ…

そのまま数枚のページをめくり続ける。


ページは真っ黒だった。

小さな文字がたくさん並んでいた。

たまに挿絵も。


字なのかも分からないような文字で埋め尽くされた真っ黒なページや、

血文字のようにも見える、赤黒く滲んでる字ばかりで全然読めない。


挿絵も、絵と呼んで良いのか分からない、気味の悪いドス黒い絵ばかりだった。


でも、何故だろう。

やめたくても、めくる手が止まらない。

ペラリ…ペラリ…


何だか、自分の頭の中が、心の中が、真っ黒になっていくような気がした。

不穏な気持ちを感じながら、黒く染まっているページをめくらされる。


ペラリ…ペラリ…


ペラリ…ペラリ…


最後のページになった。

その瞬間、目の前が真っ白になった。


——パタン。


本をとじた。

頭のてっぺんからつま先の先まで、

自分の感覚ではなくなっていた。


もう、何も見えないし感じない。


もう、自分が何者かさえも分からない。


フラフラとよろめき、階段から落ちた。


男は頭から血を流し、最後の力で顔をあげた。


視界の端で階段を登る足音が聞こえる。

杖のつく音と一緒に上に消えていった。


それと同時に、自分のすぐ目の前辺りから、

聞いた事のある、愛しい声が聞こえてきた。


「もしもし?図書館着いたけど、あいつが居るよ。階段から落ちて血出てる…え、そう。ストーカー。警察と救急車、どっち呼べば良い?」


男の手には包丁が握られていた。


男が階段から落ちた後、鞄が倒れて中に入っていた物が床に散らばった。


全て、彼女の私物だった。


筆箱、手袋、マフラー…

そして、学生ノート。


床に落ちたノートがパラパラとめくれた。

…風はふいていなかった。


そのノートには、

小さな文字で埋め尽くされて真っ黒だった。


『殺す』


その文字だけ。


———


ある街に、古い図書館があった。

何十年も前からある、古い図書館だ。


その図書館には、不思議な本があった。


いつの間にか、机の上に置かれている一冊の本。


職員が片付けても、必ず出没する。

出現する場所も、毎回違う。


表紙には、タイトルは無い。

古びた、茶色く分厚い表紙だけ。


内容は、読んだ者にしか分からない。


ある者は

『奇跡を呼ぶ本』という。


ある者は

『自分を変える本』という。


ある者は

『呪いを撒く本』という。


探す者もいれば、恐れる者もいる。


あなたはどちらになるだろうか?


知りたければ、その図書館を訪ねれば良い。


あなたが探さなくても、

本が、あなたを選ぶ。

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