第3話 男爵家の夜逃げ未遂事件簿と豊穣の王太子、畑から追い出される


 フォール男爵家は、もともと静かな家だった。


 領地は痩せているが、無理をせず、堅実に暮らす。

 派手さはないが、破綻もしない。


穏やかに過ごせる、ゆったりとした領。


 …少なくとも、王太子が関わるまでは。



「殿下が……また来る?」


 先触れに男爵夫人の声は震えていた。


 応接室の窓の外には、王城からの使者が立っている。


 三日連続。しかも、毎回内容が違う。


「今度は謝罪がしたい…だそうだ」


 男爵は、胃を押さえながら答えた。


「昨日は真実の愛を証言してほしい、で一昨日は魅了魔法の再検証…」


 娘のリリアは、膝を抱えていた。


「お願い……もう来ないで……」


 だが、王太子は来た。


 護衛も儀礼も最小限。

 その顔は、明らかに正気ではない。


「リリア……君だけが、僕を理解してくれる……」


「殿下、帰ってください!」


 不敬だと理解しつつも男爵が声を荒げる。


「これ以上、関われば我が家は――」


「だから来た!」


 王太子は、机を叩いた。


「君の家を守るためだ!僕が関係を断てば、逆に疑われる!」


 その理屈が、誰にも理解できなかった。



 翌日。


 フォール男爵家に、税務監査が入った。


 その翌日。


 過去の取引が洗われた。


 さらに翌日には。


「王太子に近づいた家」として噂が流れた。



 それは物理的にも、精神的にも彼らを追い詰めてしまった。


「……夜逃げ、しましょう」


 男爵夫人が、静かに言った。

 家族や使用人達が深く頷く。


貴族が勝手に領地を離れる事は難しい為、寄親である上位貴族に通達しなければならない。


 通達は無事に通過した…取るものも取らずにその日のうちに出立した。


 だが、すでに先回りされていた。


「フォール男爵。国外移動の許可が下りていません」


 門の前で、兵士に止められた。


 それは王太子の善意だった。


男爵家一向は意気消沈しながらも邸に戻ると、王太子が門前に構えていた。


 彼は、泣きながら言った。


「僕が守るって言ったじゃないか……」


 その瞬間、男爵は理解した。


 この男は、守るために近づき、守るために潰すのだ…と。


 数週間後。


 フォール男爵家は、王都のタウンハウスをひき払い…王都に近付かなくなった。


 夜逃げ未遂に対し罰は無く。

 領地は没収されなかった。

 だが、再起も許されなかった。


飼い殺しであり、王位の権威を維持する為だけの手段である。


 王太子は、夜な夜なうなされるようになる。


「……次は、誰が死ぬんだ……?」


 誰も死んではいないが、精神的には殺されたも同然だった。




 アーヴィン王太子の切り札。

 それは――豊穣魔法だった。


 その土地に最低十年留まり、魔力を循環させることで、痩せた大地を普通に戻す力。


 英雄と言われてもある意味で良い魔法。

 王族にふさわしい、とされていた。


 だが。


「……殿下、今年も成果が出ていません」


 農務官の報告は、淡々としていた。


「十年経てば、と言っただろう!」


「殿下。居続けるとは、現地に腰を据え、生活し、民と同じ時間を過ごすことです」


 王太子は、黙り込んだ。


 彼は確かにいた。


 だがそれは、月に一度、視察という名の滞在。


 豪華な天幕。

 用意された食事。


 農民たちは、噂していた。


「王太子様が来ると、畑が荒れる」


 理由は単純だ。


 彼が来るたび、儀礼のために耕作が止まる。

 道が封鎖され、兵が畑を踏み荒らす。


 当然ながら、クレームが入る。


それは会議室で報告書を読み上げる場だった。


「殿下。民から正式な請願が出ています」


 宰相が告げた。


「王太子殿下の滞在を控えてほしい、と」


 王太子は、声を失った。


「……僕は、この国のために……」


 ウルスラが、初めて口を挟んだ。


「殿下。あなたは役に立ちたいのではなく、役に立っている自分を見たいだけです」


 会議室が凍る。


「豊穣魔法は、誠実さがなければ植物は育ちません」


「嘘だ……魔法が、僕を裏切るはずが……」


「魔法は、裏切りません」


 ウルスラは断言した。


「ただ、あなたの生き方を、そのまま映すだけです」



 即座に議会で法案が成立した。


 王太子は、農地への立ち入りを正式に制限された。


 英雄の象徴だった魔法は、「扱いづらい厄介な能力」へと評価を落とす。


 彼は、自室で震えながら呟いた。


「……ウルスラに、殺される前に……」


 不安で押しつぶされそうな王太子だったが。


 誰も、彼を殺すつもりなどなかった。


 ――壊すだけで、十分だったから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

真の愛wwwを語る王太子を異世界の拳銃で黙らせた件 火猫 @kiraralove

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ