第4話 鳴神様とアイスクリーム②

どのくらいの時が経っただろうか。


日はすっかり沈み、ちびちびと飲んでいた炭酸飲料も、いつの間にか全ての気が抜け、ただの甘い液体へと変わっていた。


恐怖も一周すれば、奇妙な達観が生まれる。

黄色い稲妻が走り、邪鬼が応戦するように森を喰らっていく光景は、道路まで戻って眺めていると、存外になっていた。


まるで、特撮映画のワンシーンだ。


「……美琴が見たら喜ぶんだろうな」


男よりも漢らしい彼女なら、両手もろてをあげて戦地へと飛び込んでいただろう。

戦える、戦えないではなく、きっとそうする。


こうやって眺めているだけの自分は、結局、昔と何も変わっていない。

胸の奥から湧き上がる自己嫌悪に、思わず歯を食いしばった。


「……しかし、大丈夫なのか?あれ」


邪鬼は削られ、随分と縮んではいる。

だがそれに比例するように、稲妻の量も、威力も落ちているように見えた。


あれほど自信満々だった神様が、手こずるなど思いもしない。

しかし現実は、どう見ても劣勢のように映っていた。



──鳴神様視点──



「……しくじったのぅ」


まさかここまで弱体化しているとは。


出力は、本来の十分の一も満たない。

明らかなパワー不足。状況はじわじわとした消耗戦に傾きつつあった。


魔力、あるいはチャクラ。

異能を行使するためのエネルギーは、土地が供給してくれる。

ゆえに、自らが庇護する地で、土地神が押し負けるなどありえない。


しかし、それはあくまでもの話だ。

器は、その限りではなかった。


「なんと我儘な足じゃ」


ワシに、死ねと申すか。


いたいけな少女の身体は、すでに悲鳴をあげていた。

細く可憐な脚は、切り傷だらけで、もはや走ることすら拒んでいる。


「最初から、ドカンと1発やっておくべきだったかのぅ」


この器が耐えられる、限界ギリギリの雷撃。

確実に仕留められはするが、そのぶん反動で身体も動かなくなる。


倒れた先の事を考えて、自然と選択肢から外してしまっていた。


人の子に身体を預けるなど、

神としての矜持が、それを許さなかったのだ。


「くっ──」


迫り来る邪鬼に一歩退いた瞬間、地面から盛り上がった木の根に足を取られる。

立ち上がろうとしても、脚がもう言うことを聞かない。


身体を地面を引き摺りながら、残された力で稲妻を放つ。

だが、それは焼け石に水だった。

邪鬼を倒すための大技には、確かな溜めが必要だったのである。


「──自爆、かのぅ」


器を無視すれば、あの程度、容易く屠れる。

しかしそれでは、少年との約束を違えることになる。


言葉尻を捉えて約束から逃れることもできた。

だが、それすらも神の矜持が許さない。


神としての使命か、神としての誇りか。


そのどちらも捨てきれずに、覚悟を決めあぐねていたその時──


「……何を物騒なこと言っているんですか」


茂みの奥から、聞き慣れた声が届いた。


「辰馬か!?いいところへ来たの!

仕方がないから、負ぶらせてやる。早う来い!」


「この状況で強気とか……神経疑いますよ、ほんとに」


線の細い背中へ身を預ける。

だが、その足取りは意外なほど確かで、悪路を迷いなく駆けていく。


「よくここまで来れたの。

邪鬼の悪感情に耐性でもついたか?」


「耐性って……ゲームじゃないんですから。

人間は一世代では進化しません」


息を切らしながら、少年は言った。


「……腹から出せるものを、全て出してきた。

ただそれだけです」


「カッカッカッ!確かに少し臭うの!」


「黙っててください!落としますよ!」


人間は一世代で進化しない。

──本当にそうなのだろうか?


少年の僅かな成長。大いなる一歩目を見て鳴神は不敵に笑う。


「よいか!何があっても、真っ直ぐに走れ!」


「……何をするつもりですか?」


「ワシが鳴神と呼ばれる所以──

その真価、特別に見せてやろう!」


小麦色の肌に雷の紋様が浮かび上がる。

瞬間、爪先から頭頂まで眩い光が駆け抜けた。


「散々手間取らせてくれたのぅ、木偶の坊めが!

これでも喰らって、さっさと消え失せよ!」


──《多々羅波たたらば》──


幾重にも分かれた稲妻の螺旋が、

終着点を持たぬ暴走列車のように、大地を貫いた。


やがて光が消えた後に残ったのは、

地平線まで続く、抉れた森林だけだった。



§



──辰馬視点──



「……やるならやるって言ってくださいよ!

本気で、吹き飛ばされるところでしたから!」


「だから走れと、そう申したではないか!

怪我がなかったのだから問題なかろうに。細かい男じゃのぅ!」


山風が、汗に濡れた二人を撫でていく。

斜面に映る影は、どこか親子のように重なって見えた。


「自然災害の域、完全に超えてますよこれ……

誰かに見つかったら、どうするつもりなんですか」


明るい街を見下ろしながら山を下る。

少し視線を逸らせば、無惨に抉れた森の残骸があった。


「どうするも何も、成るように成る」


「……その台詞、法廷なら有罪ですよ」


「何を言う。ワシがやった証拠など、どこにもないではないか」


「しかし──」


続けて反論を紡ごうとした、その耳元で──


「よいか。

神に消された人間が神隠しになるように、神が起こした軌跡は、すべてへと変換される」


低い声が響いた。


「真実を知っているのはお主だけだ。

分かったら……口を閉じておけ」


──ああ、恐ろしい。


やはり、神様というものは深く関わるべき存在ではないな。


もう手遅れな事実を噛み締めていると、鼻腔をかすめる、微かなソーダの残り香に気づいた。


それは、確かにここにがあった証だった。

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鳴神様の御成也 @undoroiro_jp

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