第4話

 幼いころのイオリは両親に甘やかされて育った。可愛い服を着て、幼稚園に通い、そこでヒデキと遊ぶ。時間になると幼稚園バスに揺られて、家に帰ったイオリを母親が抱きしめる。

 イオリの好きなシフォンケーキがテーブルの上には用意されて、それをイオリは食べていた。

 この幸せが続くものだと彼女は信じていた。


「ねえ、お母さん」

「どうしたの?イオリ」


 買い物の帰り道。イオリは母親の手を握って、電柱へと視線を向けていた。そこには首が折れ曲がった人がいて、ぶつぶつと何か言っている。


「あの人、どうして首が折れているの?」

「え?」


 イオリの言葉に母親は驚いて周囲を見回した。しかし、そこには首が折れた人などおらず、買い物帰りの人や学校が終わって帰宅する学生たちくらいしかいない。


「何を言っているの?そんな人いないわよ」

「でも、あそこにいるの」


 そうつづけたイオリに、母親は「そんな人はいないわ」と告げると、そのまま彼女の手を握ったまま歩を進めた。

 その日からイオリには見えないものが見えるようになった。幼稚園バスに乗っていても、ヒデキと鬼ごっこをしても、ありとあらゆる場所にそれらは存在する。

 幼稚園の先生たちは、子供が興味をひきたくて変なことを言っている程度で済ませたし、同学年の子たちはイオリが変なことを言っている程度で終わった。イオリが「あそこにいるよ」「ほら、あそこにも」と言い続けると、じょじょに人々は彼女から距離を置いた。

 ただ、ヒデキだけは違った。


「そんな変なやついるのかよ?」

「いるよ、ヒデキの傍にもいるよ」


 そうイオリから言われてもヒデキは首をかしげて「じゃあ、さっさと逃げないとな」と言って、イオリの手をひいてそのまま走るくらいの強さがあった。

 そんな日々が続くにつれて、イオリの両親は疲弊していった。

 イオリが見えるものは自分たちには見えない。幽霊なんていないと思うことができたら、子供の戯言程度に済ませられた。

 しかし、彼らはどんどん幽霊の存在を信じるようになった。


 家に祈祷師を呼んでお祓いをしてもらったり、有名な占い師のところにイオリを連れていってみてもらったこともある。

 祈祷師は「除霊が済みました」と言って多額のお金を請求した。両親はお金を払った。占い師から「この子は呪われています」と言われようものなら、占い師のいう商品を買いあさった。それでも、イオリは「あそこに何かいるわ」と言い続ける。

 

 両親は限界だった。

 そうしてある日のこと。いつものようにイオリが見えないものを見て、そのことを母親に伝えた瞬間、彼女は平手打ちを食らっていた。


「お母さん?」

「どうしてあんたはそうなのよ!」

「お母さん……っ!」

「見えないの!そんなものはいないの!いないのよ!」

「でも、お母さん、あそこに」

「うるさい!」


 母親がイオリを叩く日々が増えた。父親はそれを止めようともしなかった。二人は疲れ切っていた。

 イオリは見えないものが見えてしまうことを言うことはいけないんだ、と気づいたときには既に時は遅かった。

 両親はイオリの存在を無視するようになった。

 小学校にいけば、幼稚園から一緒だった子たちに「霊感少女~」「気持ちわるい~」といってからかわれるようになった。

 中学生になるころには、噂は落ち着いていった。ただ、両親の反応は冷たいものだった。

 高校に行きたいと言っても、両親は何もしない。独学で私立高宮高校に合格したら、ようやく授業料などを出してくれるようになった。


 イオリは幽霊が見えるということを誰にも言わないようにした。

 それなのにも関わらず、目の前にいる緑川シュンはイオリの目に幽霊がうつっていると知っていた。


「アカネちゃん、何か持っていなかった?」


 過去のことを思い出していたイオリは、シュンからの質問にようやく現実へと引き戻される。そうして、脳内に浮かんだのは大きなクマのぬいぐるみ。でも、それを伝えれば、更にアヤトを怖がらせることになるし、何より己の首を絞めることになる。

 だんまりを決め込むことにしたイオリに対して、シュンは「わからないなぁ」と言葉を漏らした。


「人の命がかかっているんだよ。助けるのは自然じゃないの?」

「それはあなたの勝手な推測ですよね?」


 小野アキコが危険。最悪死ぬ。

 目の前の男はそういうが、本当にそうなのかはわからない。確かに事実として精神病院をたらい回されているのは知っているが、あくまでそれはそれ。

 一年生から「アキコから電話がかかってくるんです」とか「女の子の泣き声も聞こえるんです」とか言われても、自分には関係ない。

 そうイオリが自分自身に言い聞かせる。


「本当に死んじゃうんだよ?」


 シュンはそういうと、座っていた椅子に寄りかかる。きぃきぃと音がその場に響く。アヤトはというと「僕は何も聞いてない」とひたすら呟いていた。

 混沌としてきた部室内。


「イオリー」


 そんなところに、ヒデキが現れた。新聞部の扉を開けて、中を見た彼は一瞬黙った。両手で顔を覆ってへなへなと座り込んでいるアヤト。何やら考え込んでいるイオリと彼女に向かって問いかけるシュン。

 そのカオスっぷりにヒデキは戸惑った。とりあえず、イオリに用があったので彼女に声をかける。


「イオリ、顧問が呼んでた。坂延先輩も呼ばれてましたよ」

「よし。僕は顧問のところに行く。さっきの話は何も聞いてない!」


 ヒデキの言葉にアヤトはそのまま立ち上がると、そそくさと部室から出ていった。それに続くようにイオリがシュンに背を向けた時、彼はこういった。


「助けられるのは僕と君しかいないんだよ」


 と。

 ヒデキは首を傾げつつも、イオリを見る。


「行くよ、ヒデキ」

「あ、ああ」


 そうしてイオリは幼馴染を連れて、そのまま部室を後にした。

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モノクロ奇談 月影ナツメ @natume123

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