第3話

 翌日。イオリは、新聞部で心霊写真を見ていた。そもそも、これが全ての元凶なのだ。心霊物件になど行く部員たちが悪いし、いまどきオカルト雑誌に触発されて心霊写真をとって新聞として校内に掲載するというのが間違っている。

 学校に貼る新聞というのは、主に部活動で活躍した人達にインタビューをしてまとめたものくらいだ。もちろん、それを見る人達はごく少数であることはイオリ自身理解をしていた。

 とはいえ、だ。


「……」


 心霊写真には小野アキコしか写っていない。写真を撮った子は能都アミ。他の部員たちは怖がって心霊物件の前で放心状態。

 そんなことをイオリが思考していると、新聞部に顔を真っ青にした子が入ってきた。一年生の子だ。名前までは覚えてない。なにしろ、彼女たちは新聞部に入ってもこれといった手伝いはしなかったからだ。小野アキコと能都アミについてはアヤトから聞かされていたから、名前と顔が一致しただけである。

 その子は真っ青な顔のまま「伊藤先輩」というと、急にイオリに抱き着いてきた。


「ちょっと!」


 そんな行動をされても意味がわからない。イオリがなんとか一年生を引きはがそうとすると彼女は嗚咽を漏らして「実はぁ!」と話し出した。


「昨日からアキコから電話がくるんです!」

「はぁ?」


 小野アキコといえば、現在精神病院をたらいまわしにされている最中で、そんな彼女が一年生であるこの子に電話をかけるなど、ほぼ不可能のはず。精神病院がどのような場所かは定かではないが、普通に考えてあり得ない。


「そんなの不可能でしょ?」

「でもかかってくるんです!しかも、恨み言ばかり」

「恨み言?」


 精神状態が悪化しているから、他の誰かに八つ当たりでもしたくなったのか。とはいえ、彼女たちは自業自得だ。それくらいされてもおかしくないだろう。

 そんなことを考えつつも、イオリは一年生の言葉を耳に入れていた。確かに、部長である坂延アヤトの反対を押し切って、今回の強行に及んだのは彼女たちの落ち度。イオリ自身はもう退部させる気は満々なのだが、顧問の方から許可がおりない。新聞部存続のためには新入部員である彼女たちは必要だからだ。

 そんな大人の事情も加味しつつ、それでも今すがってくる子を完璧に見捨てることはできなかった。


「しかも、電話の向こう側で女の子の泣き声も聞こえるんです!」

「……」


 見えないものが見えてしまう自分。なんとなく、察しはついたものの、あまり深入りするのはよくない。そうイオリは思った。というのも、彼女は幽霊が見えるものの祓うだけの力はない。祓うことができなければ、幽霊につけいれられたら終わるのだ。だから、これ以上踏み込むことは危険だと判断した。


「それは気のせいでしょ?」

「気のせいじゃないんです!伊藤先輩、助けてください」

「どうして私が?」


 「だって新聞部の副部長じゃないですか!」と強めに言葉を発した一年生に、イオリは大きなため息をついた。このままでは埒が明かない。テーブルの一か所にまとめておいた心霊写真に視線をうつす。

 お焚き上げしてしまうのが一番いいだろう。それくらいしか対処のしようがない。そう判断して、一年生の子に向かって言葉を発しようとした瞬間、新聞の扉を誰かが叩いた。トントンというノック音。アヤトならこんなことはしない。新聞部の部長はそのまま扉を開けて、中に入ってくるものだ。それで、パソコンを前に記事を書くのが彼の役割。なお、新聞部にはパソコンが二つあり、一つはアヤト専用。もう一つはイオリが使うことが多かった。それも、新聞部の部員が少ないからできること。

 さて、この忙しいタイミングで新聞部に用があるのは一体だれだろう?と思ったイオリが、一年生を引きはがして扉をあける。

 そこには茶髪の青年が立っていた。服装はこの市立高宮高校のものなので、同じ学校の生徒だろう。しかし、イオリは見覚えがいっさいない。その人物は「失礼するよ」と言って、そのまま足を進めると、テーブルの上に広げてあった心霊写真を手にして「ふむふむ」と勝手にうなずきはじめる。部外者の登場に、一年生はさささと部室から逃げ出した。なお、イオリは毅然とした態度で青年へと向かった。


「いきなり入ってきてなんの用ですか?」

「いや、この部屋からまがまがしい気配を察知したからさ。来てみたら、これだよ、これ」


 そう言った茶髪の青年は心霊写真を手にしてニコニコとほほ笑んでいる。まがまがしい気配という単語にイオリの頭が痛くなった。

 自称オカルトマニアの人間が、新聞部に心霊写真があることを誰かにきいてやってきたのか。高校生にもなって中二病なのか、などとイオリが考える中、青年は「これ、どうにかしないとまずいよ」と言ってくる。


「だから、お焚き上げをするつもりなんです」

「それだけじゃこの子は助からない」

「なんなんですか、あなたは?」


 自己紹介もしない不届きものに対して、イオリが強めの口調で問いかけると、青年は微笑んだままこう告げた。


「僕は緑川シュン。幽霊を祓うための祓い屋さ」


 と。


「祓い屋ですか?」

「そう、祓い屋」


 シュンはイオリの言葉を復唱すると自己紹介をしはじめた。彼の家というのはその世界では知らない人がいないというくらい有名であるということ。イオリと同じ二年生であること。新聞部に心霊写真があると知ったのは、登校してきてすぐだったこと。なお、昨日は休んでたらしい。

 そう言葉を並べたてられても未だに信用できない。

 もしかしたら、彼は新聞部に心霊写真があると誰かから聞いて、興味本位でやってきた。それで祓い屋と言ってきて、イオリを驚かせようとしている可能性も捨てきれない。

 そう結論づけたイオリが「帰ってください」と告げる。


「どうして?」

「どうしてもくそもないですよ!その写真は近所の寺にでも持っていきます。そこでお祓いしてもらえばいいことです」

「でも、この子は助からないよ?」


 堂々巡りだ。

 小野アキコが助からないときいても、自分には関係がない。この新聞部が存続できればいいのだ。変に他人に干渉するとろくな目にあわない。


「それに君も見えているんだよね?」

「な、なにがですか?」


 シュンの言葉に、イオリは一瞬固まる。見えているというのは幽霊のことだろうか。それならば、この学校にもたくさんいる。通学路にもいる。でも、目を合わせない。合わせたら終わり。少しでも関わったら終わり。そう思っているからこそ、イオリは全て見ないことにするのだ。

 

「アカネちゃん……」


 ボソッと言ったシュンに、ハッとしてイオリは彼を見た。すると、シュンはニコニコとほほ笑んで「アカネちゃんについて詳しく知りたくないかい?」と言葉をつづけた。


「別に、私には関係のないことですので」

「でも、君だって見たんだろ?彼女のこと」


 見た……。イオリの脳裏をよぎるのは昨日見かけた少女のこと。黒髪を肩まで伸ばして、手に大きなクマのぬいぐるみを持っていた。彼女がアカネちゃんなのだろうか。だとしたら、どうして「助けて」など言うのだろう。

 小野アキコにとりついているのなら、助けてなど言わずに怨念で動くはずだ。なのに彼女はイオリに助けを求める。

 どういうこと?


「アカネちゃんについて調べようと思っていてね。付き合ってくれるよね?」

「……」


 断れば済む話だ。幽霊なんて見えません。そんなの私には関係ありません。面倒なことからはさっさと逃げるが吉。

 そうイオリはわかっていた。ただ、シュンはイオリが調査に参加するのは当たり前というスタンスだったし、イオリ自身迷いが生じていた。

 小野アキコがどうなろうが知ったことではない。ただの部員の一人だ。自業自得だ。

 イオリの視線が心霊写真に向けられる。楽しそうに笑っている彼女の背後に写っている人の影。


「さあ、一緒に解決しようじゃないか!この問題を!」

「い、いや……待って」


 そんな強引に決めないでくれ。自分は幽霊には関わりたくないんだ。どうして目の前の男にはそれが伝わらない?

 ぐるぐると思考がめぐっていく。

 そんな彼女を放置して、シュンは新聞部にあるパソコンを起動させた。しかも当たり前のように。


「まってください!というか、待て!」


 命令口調になるイオリ。それでも、シュンはインターネットを開くと、K県Y市にある心霊物件について調べはじめていた。

 その物件は普通の一軒家だった。写真を見ていた時には気づかなかったが、築二十年くらいのものだということが記事に書いてある。

 そうしてシュンはさらに心霊物件について調べ始めた。


 てきぱきとした動きでキーボードを押して、クリックしていく。そうして辿りついた新聞社のページにはこんなことが書いてあった。


―六月六日。K県Y市にある自宅で、観月アカネちゃん(当時六歳)が血まみれで倒れているのを近隣住民の人が発見。通報を受けた警察が調べたところ、彼女はナイフで何度も刺されていたことが発覚。死因は出血多量死。犯人は未だ捕まっておらず、警察は行方を追っている。


 イオリがその内容を読み終わると同時に、新聞部の扉が当たり前のように開いた。そこにいたのは坂延アヤトで、自分の城でパソコンをつけて調べものをしているシュンをみつけると眉間にしわを寄せた。なお、彼はイオリに対しては弱気なとこがあるが、大事な部分ではがつんと言える人間である。


「伊藤さん、その人は?」


 少しだけ怒気をはらんだ声に臆することなく、シュンはアヤトを見るとニコリとほほ笑んだ。


「僕は緑川シュン。少し調べものをしていまして」

「調べもの?」

「心霊写真に関することです」


 心霊写真という単語に、さぁとアヤトから血の気がひいていく。城を荒らされたことよりも心霊写真について、あれこれと詮索する人間がいる方が困るのか、彼はイオリを見た。

 イオリはなんと言ったらいいものかと首を横に振るしかない。


「どこで心霊写真について知ったんだい?」

「この空気ですよ」


 シュンの言葉に、いよいよアヤトは参ったといった顔をして、そのまま部室から出ようとした。なお、イオリはそんなアヤトを逃がさない。ここまできたら一緒に、このとち狂った中二病の男の蛮行を二人で見届けるんだと言わんばかりの態度だ。


「僕、心霊関係苦手なんだよぉ!」


 途端に弱気になったアヤトに、イオリは「それでも部長ですよね?!」と言って彼を引き留める。しばしの攻防が続き、ようやくアヤトが折れて、はあとため息を漏らした。

 そうして己の顔を両手で覆ったアヤトは「本当に心霊関係はだめなんだよ」と重要なことなので二度言います、という主張をしてきた。なお、イオリは聞かなかったことにした。


「ねえ、伊藤さん。アカネちゃんって何か持ってた?」

「……」


 アヤトがいる前で、君は幽霊が見えていますよね?的な発言をされて、イオリは眉間にしわを寄せる。なお、アヤトの方は顔を覆うのをやめると「え?!」と言いながらイオリを見て、シュンを見た。そうして、へなへなと座り込む。


「悪夢だ」


 そういったアヤトに、シュンは軽く笑う。いつの間にか新聞部の主が別の人物に変わってしまったことにイオリは気づき、大きなため息を漏らした。

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