第7話


「砂と瓦礫の都市で」


子供が絡むと判断が鈍る……。


そう、俺がまだクイーンと作戦行動を共にしていた時の話だ。


「――約二年前。中東の、とある都市部。」


都市、と呼ばれてはいるが、実態は砂漠の上に無理やり築かれたコンクリートの塊だ。乾いた風が時折吹き、砂粒が装甲を叩く。公園の砂場とは訳が違う。ここでは、砂は景色ではなく、侵食であり、敵だ。


交差点「シグマ」。かつては人で溢れていたであろう商業地区。折れ曲がった信号機、半分もげた広告看板がワイヤー一本で宙づりになり、軋んだ音を立てて揺れている。路上には転がったガスボンベがいくつも散乱し、いつ爆ぜてもおかしくない。横倒しのトラックは燃え続け、黒煙を吐きながら積み荷の家具や紙束を焼き尽くしていた。焼け落ちたホテルの外壁は煤で真っ黒だ。窓ガラスはすべて失われ、空洞の眼窩のように街全体が死体に見える。路肩には煤けた乗用車が放置され、中にはかつて人がいた痕跡だけが残されている。


――そんな場所を、俺たちは戦場にしていた。


「こちらフォックス」通信を開く。「都市中心部、交差点『シグマ』を確保。瓦礫多め、視界は最悪だ」


WFの足元で、砕けたコンクリートとガラス片がいやな音を立てて沈む。


「了解、フォックス」クイーンの声はいつも通り冷たい。「こっちは高架沿い。熱源、複数。……来るわね」


HUDに友軍を示す光点。11時方向にクイーン。その奥に敵を示す三つの三角形が浮かび上がる。


「ああ、歓迎ムードだ。敵WF、少なくとも三体。2機の装備はそこそこ、市街地用の軽装型だな」


瓦礫の隙間、焼け落ちたビルの影を縫うように、敵影が動く。


「機動力を使って撹乱で来るタイプ。ただし……判断が遅いなら、簡単に切り崩せる」


だが1機、少し大型の装備を持つ奴が混じっている。大口径の長物を携えてきているようだ。おそらく、周囲ごと俺たちにダメージを与える作戦か? すると、主力は後ろに控えているのかもしれない。


しかしまぁ、いつものことではあるが、頭の片隅にはクイーンのロケットブースターの大きさがよぎる。何度見ても正気とは思えない装備だ。それなりの回数は使用可能なはずだが、補給については簡単にはいかない。いずれ一度、ドッグに戻る必要があるだろう。その辺りも、クイーンは全てお見通しだろうけどな。


「正面から突っ込むような事しなければね」通信越しにクイーン。「……あたしも、たまには間違う事もあるのよ。あなたみたいにね」


「そんだけ口が回るならリラックスできてるな。さぁて、いつも通り、俺が引きつける」


「却下。今回は二人で踊るわ」


「はは、了解。じゃあ、派手に行こう」


瓦礫の向こうから、敵影が躍り出る。倒壊した看板の影を利用して左から突進してくるWF。速度重視の突撃型、装甲は薄い。


「確認。あれか……なら、20mm、バーストで短連射。ちょっと脅してみるか」


乾いた連射音が周囲に響き、火花とコンクリート片が舞う。敵WFの動きがわずかに鈍る。


「いい削り。対象の移動速度、若干低下。少し鈍ったみたいね」


「クイーン、これより前に出る。ブースター点火、超速で距離を詰めろ」


焼け落ちたホテルの壁をなぞるように、クイーンの機体が煙の中へ消える。


「フウー……痺れる速さだな。相変わらず無茶する」


「無茶じゃない。計算よ」


「電子槍、接触。――貫通」


敵WFが瓦礫の山に崩れ落ち、沈黙する。


「一体目、沈黙。よし」


二体目が屋上から滑り降りる。狙いは――間違いなく俺だ。瓦礫を踏みしめる音、砕けたガラス片が靴底で散る感触が、神経を逆なでる。


「当然でしょうね」通信越しのクイーン。冷たい声が耳に届く。「フォックス、下がりなさい」


いや、大丈夫だ。この距離なら――。俺は105mmの照準を固定する。瓦礫越しに敵WFのシルエットを追う。冷たい金属の感触が指先に伝わる。呼吸を整え、引き金に指をかける。……撃つ。


低い衝撃音。敵WFの胴体を貫いた。爆発はなし。中のパイロットの動きはもう終わりだ。


「直撃。胴体、貫いた。爆発無し。でも――中は終わりね」クイーンの声はいつも通り冷静だ。


二体目、沈黙。残るは一体。慎重で警戒心が強い。距離を保ち、俺たちの動きを観察している。学習しているな……。


ならば俺も、学習外の動きを見せてやる。


「三秒だけ、時間を頂戴」クイーン。短い――三秒。短すぎるが、十分だろう。


「了解」全火器を牽制に回す。20mmバーストを瓦礫の隙間に散らし、敵の視覚とセンサーを混乱させる。火花とコンクリート片が飛び散る。


「一、二――」


「今」クイーン。最大加速、直線突破。焼け落ちたビルの影を縫うように、一瞬で距離を詰める。


馬鹿……! しかし――通った。敵WFの背中が空いた瞬間を俺は見逃さなかった。


「電子槍、接触――中枢、破壊」クイーン。通信が一瞬静まる。三体目、停止確認。派手すぎる。速くて冷たい――昔と変わらない。頼もしい。


だが視界の片隅に小さな影――瓦礫の間に取り残された子供がいるのが見える。泣き声が砂と埃に混じり、胸を締めつける。まだ、届かない距離だ。


「逃げ遅れたのかも」クイーン。冷静だが、背後の危険も理解している。


泣き声だけが虚しく響く。戦場の真ん中、逃げ場もない。奴らは子供を囮に使うくらい平気だ。


クソッ……! 罪もない子供を巻き込むな……。


「こうするのよ」クイーンが言った。


その瞬間、クイーンの機体が進路を外れる。得意の超速、一瞬だけ。音も衝撃も最小限に抑え、東側の建物の影へと姿を消す。


「クイーン!? 何する気だ!」俺の声は叫びに近い。


「私が囮になる」冷静な声。


はぁ!? お前、それ――


「感情で動くのはあたしじゃない。安心して、これも計算よ」


直後、敵センサーが一斉に反応した。クイーンの位置を捉え、二体のWFがそちらに向きを変える。


……チッ。完全に、引き付けやがったな。俺は息を整え、子供の位置を目で追いながら、遮蔽物に身を隠す。瓦礫の山、倒壊した看板、焼け落ちたトラック――すべてが戦場の迷路になっている。


二体目のWFは慎重だ。距離を保ち、俺たちの動きをうかがう。瓦礫の間から瞬間的に姿を見せ、また消える。冷たい視線が俺を追う。都市はコンクリートの砂漠、風に舞う砂粒が装甲を叩く。乾いた風の音が、遠くの瓦礫の軋みと混ざる。


俺は全火器を牽制に回しつつ、子供の方へ進むルートを探す。狭い通路、焦げた乗用車、転がったガスボンベ。どこに足を置くかで、生死が分かれる。


砂とコンクリートの匂い、燃え残った紙や家具の煙、焼けたゴムの臭い。都市は死んでいるが、敵WFは生きている。油断できない。


「フォックス、右後方から敵増援!」通信警告。だが、クイーンが引きつけている間に動ける。この一瞬を逃すな。


敵WFの脚部が砂を蹴り、瓦礫を砕く音が耳を突く。目の前の一体を倒しながら、遮蔽物を使い、子供に届く道を確保する。まだ、手は届かない――だが、進むしかない。


都市の中心、瓦礫と炎の匂いに包まれた戦場。全身の感覚が戦場に集中する。砂と煙、瓦礫の軋み、乾いた風が鼓動と混ざる。


クイーンが引きつけた敵WFの注意を利用しつつ、俺は少しずつ子供の元に接近する。都市制圧線はまだ前進可能だが、任務は終わっていない。


戦場の向こう側で、クイーンの冷たい金属音が瓦礫越しに響く。まだ子供の手は握れない。だが、俺は全力で道を作り、敵の動きを読み、都市の瓦礫の迷路を進む――まだ、戦いは終わらない。



 今よ、フォックス。子供を、連れて離脱して」クイーンの声が通信越しに届く。


了解……! 必ず戻るからな、と心の中で叫ぶ。瓦礫と焦げたコンクリートに囲まれた狭い通路、子供は小さな体で震えている。俺は即座に進路を変更し、WFを慎重に滑り込ませた。


「大丈夫だ、怖いよな……すぐ、ここを離れる」俺は声に出しても、震える心を落ち着けるための呪文のように繰り返した。小さな手が瓦礫を握りしめているのが見える。その力の無さが、胸を締めつける。


背後でクイーンのブースターが短く吼え、都市の砂埃を舞い上げる。


「フォックス。三十秒、時間を稼ぐ。――女王の仕事は、こういう時にこそ、必要でしょ?」通信越しでも、彼女の冷たい決意が伝わる。


三十秒――その言葉を聞いた瞬間、嫌な予感が胸をよぎった。三十秒で足りるのか? 瓦礫と炎の街、敵の狙撃兵があちこちに潜むこの戦場で。


「十分よ。それ以上は、贅沢ってもの」クイーンの声に、少しの安心と同時に重圧がのしかかる。


遠くで爆発音。敵WFの砲火がクイーンの進行方向に集中する。建物の外壁が削られ、コンクリートの粉塵が舞う。乾いた風が砂と混ざり、視界をさらに悪くする。


……くそっ。


俺はWFを跪かせ、コックピットを解放した。ハッチの金属音が響く。子供の目は恐怖で大きく開かれ、体を小さく縮めている。


「よし……来い」ゆっくりと声をかけ、子供に手を差し伸べる。焦る気持ちを抑えながら、瓦礫の間に滑り込ませたWFを慎重に進める。


しかし、乾いた発砲音が俺の耳を突き刺した。反射的に地面に伏せる。コンクリート片が顔の横を掠める。


狙撃……! 敵は高所の視界の死角から、正確にこちらを狙っている。俺を――いや、子供も含めて、俺らの方を狙ってやがる。


次の一発が来る前に、子供を抱き上げ――そう考えた瞬間、連続した銃声が瓦礫と空気を切り裂く。


「伏せろ!!」俺の声も空しい。銃弾は俺ではなく、周囲を薙ぐようにばら撒かれたが、その間に子供の小さな体が力なく崩れ落ちる。


「……嘘だろ。」


通信越しに、クイーンの冷静な声が耳に届く。


「……フォックス」


子供の身体から血が滲み、乾いたコンクリートに小さなシミを作る。動かない。呼吸も、微かな反応も感じない。間に合わなかった――心の中で何度も繰り返す言葉が、現実をねじ伏せることはできなかった。


「撤退して。感情を切り離しなさい」クイーンは指示を続けるが、そんな冷静な判断は、胸を締め付ける痛みに比べれば紙一重だ。


その瞬間、狙撃兵の弾道が再び俺を捉える。間一髪、WFの装甲に救われた。心臓が跳ね、呼吸が乱れる。


……戻る。必ず戻る――心の奥底で呪文のように繰り返す。だが、抱き上げることも、子供を守ることもできない。瓦礫の影から見上げる小さな体は、もう動かない。


コックピットに飛び戻り、ハッチを閉じる。金属が固く閉じる音が耳に残る。外の戦場では、クイーンが囮となり、敵WFの視線と砲火を引きつけている。超速ブースターが短く吼え、都市の砂煙を巻き上げる。


瓦礫と破片の迷路、炎と砂煙が視界を遮る中、俺は心を押し殺し、再び都市の前線に身を投じる。子供の元に辿り着けなかった現実を胸に、ただ前進するしかない――都市の廃墟は冷たく、戦場は容赦ない。


敵WFが瓦礫の間を縫うように移動する。慎重に距離を取り、学習している彼らの挙動を読みながら、俺は次の行動を決める。砂と煙、粉塵の中、金属の匂いと乾いた風が全身にまとわりつく。


クイーンが引きつけた敵WFの背後で、俺は瓦礫を踏みしめ、子供の元に進もうとする――まだ手は届かない。だが、都市の中心で、戦闘は続く。廃墟の街は死んでいるが、俺たちは生きている。全力で道を切り開き、敵の動きを読み、前進するしかない。


クイーン……敵狙撃兵だ。南西、高層ビル。視界の端で、ビルの陰に赤く光る熱源が浮かんでいる。奴の冷たい目線がこちらを捉えている。


「……確認した」クイーンの声は冷静だ。だが、一瞬だけブースターの回転が減速した。俺には分かる。あれは、彼女にとって「怒り」のサインだ。荒ぶる獣の前兆のように、沈着冷静の影に潜む感情を垣間見た。


「許可するわ」クイーンは言う。「フォックス、あの狙撃兵――消しなさい」


「……了解」


言われた通り、俺は動くしかない。


ハッチの中で、俺の手が自然と照準を安定させる。さっきまで、鼓動に合わせて微かに震えていた銃口が、今はほとんど静止している。長く、低く、重い都市の風に耳を澄まし、乾いた瓦礫の隙間を見渡す。


105mm、徹甲弾から榴弾に切り替えた。爆発的衝撃をもって、奴の遮蔽物ごと消し去るためだ。狙いは正確に、赤く点滅する熱源の中心――狙撃兵の存在そのものに。


「……撃つ」


俺の声は低く、装甲内にこだまする。


重く、短い発射音が都市の荒廃した空間に響き渡る。瓦礫の崩れる音、風で舞う砂塵、燃え残ったガスボンベが微かに震える。105mm榴弾が命中し、狙撃兵の熱源が消えた。通信が一瞬静まる。


「……なぁ、クイーン」


俺は呼びかける。無線越しの静寂が、戦場の緊張を強調する。


「何?」


クイーンの声。相変わらず冷たく、しかしどこか揺るがぬ響きを帯びている。


「俺たち、何を守ってるんだろうな」


瓦礫の間で、まだくすぶる炎を見つめながら思わず口にする。子供のこと、避難民のこと、廃墟に残る記憶の欠片――守るべきものの大きさに、圧倒される。


「……それを、考え続けるために。まだ、生きてるんでしょう」


クイーンはそう返す。


その言葉は慰めではない。計算され尽くした冷静な判断の中に、人間らしい感情が微かに混じる。だが、俺に立ち止まる余地は残さない。前に進め、と彼女は言わんばかりだ。


都市はまだ戦場だ。瓦礫の山、倒壊した建物、焦げた車両、破れた広告板が風に揺れる。焼け落ちたホテルの窓枠は空洞の眼窩のようで、死体の街を見下ろしている。乾いた風が砂と火薬の匂いを運ぶ。


「……本部、こちらフォックス」


通信を切り替える。


「民間人被害、確認」 


瓦礫の間に小さな影、避難し損ねた子供たち。助けたくても、狙撃兵や瓦礫の隙間に潜む敵がいる限り、安全を保証できない。


「……次の命令を」


息を整えながら続ける。戦闘の緊張が、心拍と呼吸を引き裂く。


「フォックス」


クイーンが呼ぶ。


「なんだ」


「帰ったら――一杯、付き合いなさい」


彼女の声に、わずかに微笑が含まれる。戦場の冷たさと瓦礫の荒廃の中で、その一言は不意に温かい光を差し込む。


「……ああ」


無線を通じて返事をしながら、心の奥底で少しだけ安堵を覚える。だが、都市はまだ燃えている。砂塵に混ざる火薬の匂い、空中に漂う煙が視界を覆う。倒れた建物の影から、まだ敵WFが動いている気配がする。戦いは、終わっていない。


瓦礫の隙間を縫うように前進し、視界の隅で燃える小さな炎を避けながら、俺は再び呼吸を整える。子供を抱えたままではない。


だが、あの子たちの存在を忘れることはできない。都市の荒廃した景色は冷たく、戦場は容赦なく、敵は待ち構えている。


「行くぞ」俺は低くつぶやく。WFのブースターが軽く唸り、砂煙と瓦礫の間を進む。背後でクイーンが引きつけた敵WFの砲火が炸裂する。


瓦礫の壁が削られ、コンクリート片が舞い上がる。爆風に巻き込まれないよう、WFの姿勢を調整する。


一歩ずつ、瓦礫の間を進む。焦げた自動車の陰、倒れた看板の下、砂に埋もれた配管。都市は迷宮だ。足元の砂と瓦礫は音を立て、敵に居場所を知らせるかもしれない。


しかし後退はできない。子供たちの安全も、戦況も、すべて俺の判断にかかっている。


遠くで、クイーンの超速ブースターが短く吼える。爆風と砂煙が舞い、敵の目を一瞬だけ惑わす。あの一瞬が、子供たちを救うための僅かな猶予になる。


「よし……行くぞ」


俺はWFを傾け、瓦礫の間に滑り込ませる。小さな体を抱き寄せ、瓦礫の隙間から慎重に動く。銃声、砲撃音、爆発の振動。


全てが耳を刺す。砂と煙の中、敵WFの動きを読みながら、少しずつ、前進する。


敵狙撃兵の位置を意識しつつ、都市の迷路のような通りを抜け、焦げた瓦礫と砂の上を滑るように進む。


目の前には、まだ廃墟が続く。倒れた広告板、燃える車両、崩れかけのビル。子供たちの怯えた顔が、頭をちらつく。


「……もう少しだ、もう少しで安全圏に」心の中で繰り返す呪文。戦場の荒廃が、俺を焦らせる。砂煙が目に入る。熱と粉塵で呼吸が苦しい。だが、立ち止まるわけにはいかない。


クイーンが引きつけた敵WFの砲火が、都市の片隅で炸裂する。煙が舞い上がり、瓦礫が崩れ落ちる。


あの隙を利用して、俺は子供たちを守り、前進するしかない。都市はまだ燃えている。戦いは、終わっていない。

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