第6話


『ゴリアテ2』


 森の奥へ踏み込んだ瞬間、空気が変わった。


 視線が、増えた。


 一点じゃない。

 木々の隙間、根の影、地面の起伏。

 あちこちから、静かな注視が突き刺さる。


「……派手に暴れろ、とは言ったが」


 脚部を無理やり動かす。

 泥が跳ね、枝が砕ける。

 わざとだ。

 騒音も、振動も、全部“餌”になる。


 警報が鳴る。

 足元、三時方向。

 また一つ、ゴリアテ。


 小さい。

 低い。

 そして――しつこい。


「よし、いい子だ。ちゃんとついて来い」


 脚を止める。

 完全停止。


 警報が、止まらない。

 だが、爆発は来ない。


 ……やっぱりだ。


 敵は“壊したくない”。

 俺の機体を。


「爆薬は積んでる。でも、起爆しない」


 ゴリアテは、脅しだ。

 動きを縛り、判断を奪い、最終的には――奪取。


 ジャックと同じ。


 背中に、冷たい汗が流れる。


「俺は……高くつくぞ」


 脚部の姿勢制御を、意図的に乱す。

 転倒寸前。

 重心が傾き、森が視界いっぱいに流れ込む。


 その瞬間だった。


 ――動いた。


 地面の影が、わずかに揺れた。


「見えた」


 照準は合わせない。

 撃たない。


 代わりに、脚部パイルを地面に叩き込む。


 轟音。

 衝撃波。

 地面が“悲鳴”を上げる。


 地中を這っていたゴリアテが、跳ね上がった。


『フォックス!? 何を――』


 通信が、一瞬だけ戻った。


「敵は撃たない。

 でも、“動かされる”のは嫌がる」


 地形が壊れる。

 証拠が残る。

 それだけで、あいつらの舞台は崩れる。


 森の奥で、何かが退いた気配がした。


 ――一歩。


 いや、複数だ。


「……来いよ」


 声に出す。

 誰に向けた言葉かは、もうどうでもよかった。


 ゴリアテは古い兵器だ。

 だが、思想は新しい。


 “人を殺さず、兵器を奪う”。


 なら、逆にしてやる。


「兵器を守って、人間を引きずり出す」


 脚を踏み出す。

 今度は、静かに。


 森は、もう静かじゃなかった。


 視線が、焦りに変わるのがわかる。


 ――俺は、見られる側じゃない。


 狩る側だ。


 ゴリアテの影を踏み越えながら、

 俺は、次の一手を思い描いていた。

 撃たずに、勝つ方法を。


 ……おかしい。


 ゴリアテが近づくたび、計器の端をノイズが走る。

 ただの電磁妨害にしては、規則正しすぎる。


 しかも――

 一体目と、二体目で“揺れ方”が違う。


「……位相が、違う?」


 同じ兵器のはずなのに、ノイズの波形が噛み合わない。

 重ねれば打ち消せそうな、逆位相。

 理屈の上では、相殺も可能だ。


 だが、俺はその手を選ばなかった。


 ――違う。

 こいつらの目的は、そこじゃない。


 見られている。

 だが、撃たれない。


 その違和感が、ずっと引っかかっている。


 撃てるのに撃たない。

 無力化できるのに、しない。


 ゴリアテは、爆薬を積んだ兵器だ。

 起爆させれば、脚部の一つくらいは確実に持っていける。

 それでも、やらない。


「……機体の鹵獲か?」


 その線なら、すべて説明がつく。

 だから撃たない。

 だから壊さない。

 だから、追い立てるだけ。


 だが――


 俺は、ゆっくりと否定する。


「……それだけじゃない」


 ノイズの違い。

 位相のズレ。

 まるで、“反応を見ている”みたいな挙動。


 ――俺の反応を。


 照準をどう動かすか。

 脚を止めるか、進めるか。

 通信を切るか、繋ぐか。


 すべてを、観測している。


「……俺か」


 喉の奥が、ひくりと鳴る。


 機体は代替が利く。

 パイロットは、利かない。


 特に――

 過去の戦場を知っている人間なら。


 ゴリアテが、また一体、姿を現す。

 今度のノイズは、さらに“静か”だった。


 計器は正常。

 だが、感覚だけが、確実に狂わされる。


「誘導してる……」


 俺を、撃たない位置へ。

 逃がさない距離へ。

 殺さない範囲へ。


 ――捕まえるために。


 背中に、冷たいものが走った。


 この戦場は、罠じゃない。

 面接だ。


 選別。

 観察。

 そして――回収。


「悪いな」


 俺は、操縦桿を強く握り直す。


「俺は、選ばれる気はない」


 機体を守る。

 命も守る。


 だが何より――

 自分を、渡さない。


 森の奥で、ゴリアテが止まった。


 まるで、

 俺の答えを、待つかのように。


「俺の弱点…」

 ……子供が絡むと、どうしても判断が鈍る。


 わかっている。

 戦場じゃ、それは致命的だ。


 守るべきものと、切り捨てるべきもの。

 その線を、俺は何度も踏み越えかけてきた。


「こんな俺に……意味があるのか?」


 ゴリアテの気配は、まだ近い。

 撃たれない。

 だが、確実に“測られている”。


「価値が、あるのか……?」


 問いは、敵じゃない。

 ずっと昔から、俺の中にいた。


 思わず、回線を開いていた。


「なあ、本部長。

 俺の価値って……なんだ?」


 一瞬の沈黙。

 分析でも、作戦指示でもない“間”。


 それから、あの声が返ってきた。


『そうね……

 最高の呑み友達って感じかしら』


 拍子抜けするほど、軽い言い方だった。


「……そうか?」


 胸の奥で、何かが緩む。


「それは……大事にしたいもんだよな」


『でしょ』

 クイーンが、笑った気配がした。

『価値なんて、後付けよ。

 生きて帰って、一緒に呑める。それで十分』


 子供を守れなかった夜も。

 判断を誤った朝も。

 全部抱えたまま、それでも生きている。


 それでいい、と言われた気がした。


「……ありがとな、本部長」


『だから、死ぬ気で戻ってきなさい。

 ツマミは、あなた持ちで』


「了解。

 安い命じゃないって証明してみせるさ」


 ゴリアテのノイズが、また走る。

 だが今度は、さっきほど重くない。


 迷いは、消えない。

 けれど――立てる。


 俺には、

 生きて帰る理由がある。


 それだけで、

 今は十分だ。


 俺は、森の闇を睨み返した。


 ――さあ、続けようか。

 面接の、続きを。




 子供――

 そう、戦争という言葉から、いちばん遠い存在。


 遠くなければならない。

 触れてはいけない場所だ。


 それは、わかっている。


 わかっているからこそ、

 それを“使おうとする”連中がいることも、嫌というほど知っている。


 盾にする。

 囮にする。

 判断を鈍らせるための、道具にする。


 正義でも、悪でもない。

 ただの効率だ。


「……最低だ」


 だが、戦場じゃ、その最低が“有効”になる。


 あの時、

 俺ははじめて、立ち止まった。


 作戦の目的。

 命令の意味。

 そして――


 俺という存在の価値。


 判断が鈍る人間は、兵器としては不良品だ。

 感情に引きずられるのは、欠陥だ。


 じゃあ、

 そんな俺を前線に置く意味は、何だ?


 囮か。

 切り捨て役か。

 それとも――


「……まだ、使い道があると思われてるのか」


 ゴリアテのノイズが、微かに揺れた。

 肯定でも、否定でもない。


 だが、ひとつだけ確かなことがある。


 俺は、

 子供を“利用する側”には回らない。


 そのために判断が鈍るなら、

 それは――

 捨てるべき欠陥じゃない。


 守るべき、証拠だ。


 あの時、俺は疑問を抱いた。

 作戦の意味に。

 自分の価値に。


 そして今も、答えは出ていない。


 だが――

 それでも、俺は前に進む。


 疑問を抱けるうちは、

 まだ人間でいられる。


 森の闇の向こうで、

 視線が、わずかに揺れた。


 面接官は、

 まだ、俺を見ている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る