第5話


『ゴリアテ』


 森は、静かすぎた。


 爆発の残り香として撒かれた煙が、ゆっくりと薄れていく。

 破壊の痕跡に見せかけた、ただの舞台装置。最初から、そういう煙だった。


 敵の狙いは明白だ。

 WFを壊すことじゃない。無力化して、中身だけを奪う。


 先行していたジャックの機体は発見された。

 装甲は無傷。ハッチは開放。中身だけが、消えていた。


 ――敵は、俺たちを知り尽くしている。

 元パイロットか、それに限りなく近い存在。


 警報が鳴る。ロックオン。


「……来たな」


 本部長の声が、すぐに被さった。


『フォックス、回避パターンをランダム化して! 直線移動は絶対に避けて!』


「言われなくてもやってるさ……くそ、脚が重い。やっぱ森林じゃ二足は不利だ」


 枝、根、ぬかるみ。

 都市戦用に最適化された脚は、自然相手だと露骨に牙を抜かれる。


 警報がもう一度鳴った。

 二基目。いや、それ以上だ。


「一基じゃないな……複数いる」


『複数!? 衛星も索敵ドローンも、反応なしよ!?』


 だろうな。

 この森で低空ドローンなんて、正気の沙汰じゃない。


「“見えない”ってのは、そういうことだ」


 敵は感知圏外。

 なのに、こちらだけが一方的に見られている。


 スナイパーに睨まれた時と同じ感覚。

 撃てるのに、撃たない狙撃兵。


『……いつでも撃てる雰囲気を残す。流石ね』


「経験談か?」


『ええ。私、元スナイパーだから』


 通信越しでも分かる。

 本部長――クイーンが、昔の顔を出す時の声音だ。


『WFには決まった急所がない。機体ごとに、癖が違うの』


「撃つ側は、それを忘れがちだ」


『ええ。弾の選択も難しい。一発で決めないと、位置が割れる』


 この森で、このサイズの機体を使って待ち伏せ。

 普通は無理だ。


 だから――相手は撃たない。


「撃たない狙撃兵、か」


『位置を固定しない。弾道も残さない。ただ視線だけを置いていく』


 なるほど。

 “見られている”感覚だけを残す。

 それが一番、厄介だ。


 105mm砲を使えば、何かしら壊れる。

 地形も、証拠も、全部吹き飛ぶ。


『……待って。105mmは使わないで』


「珍しいな。あんたが火力を渋るなんて」


『あれは“当てる”兵器よ。撃てば、何かしら壊れる』


 敵の思惑通りになる。

 “何が起きたか”を闇に葬るための舞台装置。

 それが、この煙だ。


『それに……もし敵が、ジャックの機体を回収しているなら』


 その一言で、引き金にかけていた意識が外れた。


「……了解。105mmは封印する」


『……ありがとう』


 撃てない理由が、戦術じゃなくなった瞬間だった。


 だが、向こうも万能じゃない。


「相手は、こっちの手を全部読んでる」


『……ええ』


「いや、読んでる“つもり”だ」


 通信の向こうで、息を呑む気配。


「撃たないって選択は、向こうの想定外だ」


『……フォックス、それって』


「俺は、もう囮じゃない」


 一拍の沈黙。


『最悪の想定を共有するわ。敵はWFを破壊しない。制圧でもない』


「……奪う、か」


『ジャックの機体、ハッチが開いていた。自爆コードも作動していない』


 背筋が、凍った。


 それでも俺は笑う。


「あはは……じゃあ俺はまだマシだな。今も、ちゃんと中にいる」


『……冗談に聞こえないわ』


「安心しろ。簡単に捕まってやるほど、素直じゃない」


 次の警報が鳴った。

 超接近。


「真上じゃない……足元だ。張り付かれたな」


『足元!? そんなの、どうやって……!』


 地面を這う兵器。

 古いが、確実な思想。


「昔の兵器だ。ドイツ軍が使ってた。“ゴリアテ”」


『……小型の遠隔爆破車両』


 正解だ。

 飛ぶより、確実。

 地面は裏切らない。


 森林は、下の方が自由だ。

 WFは大きい。だから足元が死角になる。


『……無力化して、中身だけ奪う』


「ジャックの件とも、辻褄が合う」


 警報音が、さらに高くなる。


「……来る」


『フォックス、離脱して! 今すぐ後退――』


「無理だ。足元を取られてる」


 地面から煙が上がり、軽い振動が機体を伝う。

 思わず、苦笑いが漏れた。


「警告らしいな。次は本物だ」


『フォックス……!』


「通信が切れたら、わかってるよな」


『勝手に終わらせないで!!』


「生きてたら、また愚痴を聞いてくれ」


 覚悟は、いつでも出来ている。


 俺は、ジャックの機体に一瞬だけ背を向けた。

 そして、森の奥へ進路を取る。


 あとは――派手に暴れるだけだ。


 視線の主を、引きずり出すために。

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