第4話
森林地戦区2
あの煙が上がった後、目立った動きはない。
森は相変わらず、不気味なほど静かだ。
移動するという判断が、功を奏したのかもしれない。
俺は機体を止め、センサー出力を落とす。
そのタイミングで、解析結果が表示された。
予定より、少し早い。
「……『正体不明』だって?」
思わず声が漏れる。
「それだけの結果を出すのに、そんなに時間がかかるのか?」
一瞬、苛立ちが込み上げる。
だが、すぐに頭を切り替える。
……いや、そういうものか。
あらゆるデータベースを洗い、既存の兵器、車両、生体――
考え得る限りのデータと照合するのがAIだ。
一致しないデータが多ければ多いほど、処理に時間がかかるのは、当然だろう。
それに、衛星から取れる情報なんて、森林地帯じゃ、たかが知れてる。
樹冠の下は、ほぼブラックボックスだ。
正確なのはせいぜい、花粉の飛散情報くらいなもんだ。
……我ながら、くだらないことを考えている。
そう思った瞬間、通信チャンネルが強制的に割り込んできた。
ヘッドアップディスプレイの片隅が、赤く点滅する。
「本部からだ。」
俺は無言で受信を開く。
嫌な予感だけが、さっきよりも、はっきりした形で胸に残っていた。
突然、通信が割り込む。
画面にはオペレーターの声と、赤く点滅する警告ランプ。
「本部からフォックスへ。聞こえているなら返事をしてください」
俺は肩をすくめ、ヘルメット越しに声を出す。
「ああ、聞こえる。今年の花粉症は、ひどそうかな?」
「……何を言ってるんですか?」
向こうで少し呆れた響きが返ってくる。
「いや、こっちの話だ」
オペレーターはすぐに本題に戻る。
「現在位置の10時方向に煙が上がるのは視認できましたか?」
「ああ、見えたよ。ありゃ、なんだい?」
俺は視界の端で、森の奥に立ち上る薄い煙を確認する。
「……わかりません」
予想通りの返答に、俺は小さく笑う。
「だろうな」
「なので、その煙の情報収集にあたって欲しいんです」
オペレーターの声には少し緊張が混じる。
「おいおい、こっちは、ただでさえ森林に向かない機体だってのに」
指先で操縦桿を叩き、重心を調整する。
「わかっています。ですが…」
「『ですが』じゃねぇー」
舌打ちして、苛立ちを込める。
「ましてや、余計な火力積んでるせいで機動力まで削がれてるんだぞ」
その瞬間、通信が変わった。
低く、威圧感のある声――本部長だ。
「……それには理由があります」
「なに?理由だって?」
俺は反射的にツッコミを入れる。
「……あ、本部長……」
「本部長!?……チッまたか…。」
肩を軽く落とす。
本部長の指示は、いつも厄介だ。
だが、どこか憎めない。
「聞こえてる?フォックス?ねぇ?聞いてる?」
「はいはい。感度良好……過ぎるくらいかもな」
口元に笑みを浮かべ、操縦桿を握り直す。
俺は舌打ちを隠さず、挨拶を続ける。
「本部長殿、本日もご機嫌麗しく――」
本部長はやれやれという表情で。
「言い慣れていない挨拶は抜きにして」
少し間を置いて、俺は小さく、短く答える。
「…はい」
本部長の声が、少しだけ柔らかい。
「今急いでいるの、あなたでもわかるわよね?」
更に続いて。
「端的に答えて。行けるの?行けないの?」
「だから向いてねぇ機体で、行けっていうのかよ!」
苛立ち混じりに叫ぶ。
だが、本部長との長い付き合いが、少しだけ冷静さを戻す。
「行くか行かないかを、聞いてるのよ!」
「……行かないと、どうなる?」
低く冗談めかす。
「お仕置きよ。当然でしょ」
「ふーん。それも、悪くないな」
操縦桿を軽く叩き、機体の動きを確かめる。
「……本気で言ってるの?」
「冗談だよ」
口元で笑みを消す。
「ああ、わかってるさ!」
指先で操縦桿を握り直し、機体を前に押し出す。
本部長とのやり取りが、苛立ちの中でも、ほんの少しだけ緊張をほぐしてくれる。
だが、森の奥は待ってくれない。
冗談や挨拶を楽しむ時間は、ここにはない。
俺は息を整え、湿った落ち葉と枝を踏み分けながら、視認ポイントへ向けて歩を進めた。
戦場では、冗談や皮肉も、最後には自分の生存のための道具に過ぎないのだから。
「でも、森林浴も良いものよ」
本部長の声が、無理やり柔らかさを帯びる。
「ここにそんな優雅な時間は存在しないよ」
俺は操縦桿を握り直しながら、軽く舌を出す。
「次は湖畔のコテージにでも出動させてくれないか?」
「そこに行きたいの? 身を隠す場所も無くて、毎日敵の後方支援部隊から降り注ぐ砲弾の雨よ」
本部長は、いかにも呆れた調子だ。
「そうかー。ちょうど一雨欲しいと思ってたんだ」
俺は目の前の森を見上げ、湿った葉の間にこぼれる光を睨む。
「そこはスコールがあるでしょう? 雨は十分足りているはずよ」
「ああ。上向いて口開けてたら、簡単に溺死できそうだな」
操縦桿を軽く叩き、沈む足元を踏み分ける。
「そうね。そうならないように気をつけて、フォックス」
「幸い、コックピットの中はまだプールになっていない。今のところは、大丈夫そうだ」
小さく笑い、ヘルメット越しに息を整える。
「わかったわ。了解」
本部長の声は短く、要領を得ている。
「よし。視認ポイントまで来た」
俺は周囲の枝葉を押し分け、足元の湿った土を踏みしめる。
でも、心の片隅で考える。
――俺が行かなくても、先行しているはずのジャックは、どうした?
「……彼は、反応が消えた」
本部長の言葉は冷たい。
「おいおい……それは、つまり……」
思わず声が荒くなる。
「反応が消えた。それ以上の情報は、無い」
「冷たいねー」
皮肉まじりに、俺は舌打ちする。
「早とちりしないで。まだ、それしか情報が無いってだけ」
「……確かにな。今回の作戦が全部終わったあとに、ゆっくり聞かせてもらうとしようか」
肩をすくめ、操縦桿に力を込める。
「なるべく、情報は集めるわ。それより――」
本部長の声は途切れず、次の指示を匂わせる。
俺は深呼吸し、森の奥に伸びる道を睨みつける。
背後からは、静寂と湿った空気だけ。
どんな嵐が待っていようとも――俺は前に進むしかないのだから。
「あー……そういう事か」
操縦桿に軽く力を込め、俺は視線をジャックの方向に固定する。
「どういう事?」
本部長の声が、ヘッドセット越しに届く。
「あくまで、光学倍率と電子倍率を最大限に活かして見える位置なんだが……」
目の端で枝葉をかき分けながら、慎重に機体を微調整する。
「……どうなの」
本部長の声に、少し焦りが混じるのがわかる。
「あれは……ジャックの機体だな」
言いながら、目で確認できる限りの形を追う。
「……そう。彼の姿は?」
「焦るなよ。こいつにはスナイピングモードが無い。たかが知れてる倍率じゃ、そこまでは、わからない。……が……」
「なに?どうしたの!」
「後方の非常ハッチが……開いているように見えるな。本当に開いてるかどうかは、断定できないが」
指先で操縦桿を軽く叩き、機体を微かに揺らす。視界の端で、煙や影と重ならないか確認する。
「もっと近づける? せめて、確認できる距離まで」
「おいおい。情報が無い戦場に、突っ込めるかよ」
肩をすくめ、舌打ちを漏らす。
「……それも、そうね」
本部長、苦笑でも隠すかのように短く返す。
「ただでさえ、この105mmの“つっかえ棒”が邪魔になるんだからよ」
視界の隅で巨大な砲身を確認し、腕の力を抜く。
「それには、理由があるのよ」
「なにが?」
「今は……精度が低すぎて、言えない」
「……あらかた、想像はつくさ」
俺は軽く笑みを浮かべ、ヘルメット越しに息を吐く。
「でしょうね。あなたなら」
本部長の声に、含みのある安心感がある。
「わかった。行くよ。行くけど……無茶はしないぜ」
操縦桿を握り直し、足元の枝を踏み分ける。
「あなたがそう言って、約束を守った試しがあったかしら?」
「おいおい、クイーン。そりゃないぜ」
軽く肩をすくめ、冗談めかして返す。
「……昔のコールサインで呼ばないで」
本部長の声に、少しだけ笑いが混じる。
俺たちの間にある、この妙な信頼関係が、緊張の森でも微かに光る。
足元の湿った土を踏みしめながら、機体はぎこちなく進む。二足歩行型のWAR FRAME(ウォーフレーム)――こいつの巨体は、森林には明らかに不向きだ。枝葉に引っかかり、沈む足元に反応が遅れ、体勢を微妙に崩す。
しかし、止まるわけにはいかない。ヘッドアップディスプレイには、先行していたジャックの機体の方向を示す微かな信号。煙は薄く拡散し、視認可能範囲は限られている。俺は操縦桿を握り直し、足元の地面に神経を集中させながら前進した。
「はいよ。本部長殿。よし、そう言っている間に視認ポイントまで来たぜ。優秀だろう?」
枝を払い、幹をかわすように機体をねじる。足の沈みを修正しながら、俺は笑みを浮かべる。
「さすがね」
本部長の声がヘッドセット越しに短く返る。
「視界、最悪。煙はもう、薄く拡散している。黒でも白でもない。燃え残りの匂いだけが、センサー越しでも、はっきりわかる……熱源、なし。残留熱、ほぼゼロ」
俺は体をわずかに前傾させ、枝や葉をかき分けながら機体を進める。
――不自然だ。爆発なら、何かしら残る。機材、金属、焦げ跡。だがここには、“何も無さすぎる”。
「フォックス、どう?」
本部長の声にはわずかな緊張が混じる。
「……嫌な感じしかしない」
肩越しに周囲を確認し、息を吐く。
――本部の空気も、一瞬固まったな。無線越しでも分かる。
「……詳細を」
冷静を装いながらも、背中に緊張が走る。
「地面、荒れてない。樹木の損傷も最小限。爆心らしき中心点が、存在しない」
操縦桿を軽く叩き、微かに機体を揺らして状況を確かめる。
「そういう事……?」
「つまりだ。“爆発した”んじゃない。“爆発したように見せた”だけだ」
間を置き、息を整える。
「……陽動?」
「可能性は高い」
センサー情報を頭の中で整理しながら、慎重に足を前に出す。
――煙だけ。音だけ。視線を引きつけるための、安い手口。だが、それを使う理由が問題だ。
「……フォックス」
「なんだ」
「あなた、今……狙われてる可能性がある」
「こんな仕掛けがあるんだ、今さらだな」
肩に力を込め、機体を前傾姿勢にして警戒する。
――一瞬の沈黙に冷や汗が落ちる。その瞬間、けたたましい警報音が鳴った。
「火器管制レーダー受信警報。つまり、ロックオンされたってことだ」
目の端で枝を払いながら、全力で反応する準備を整える。
「緊急回避行動開始せよ!」
「了解、とりあえず全力で回避する。できる限り周りの情報をよこしてくれ!」
操縦桿を強く握り、足元の柔らかい地面に沈みつつ、機体を前後左右に揺らして回避動作に入る。
湿った森の匂いと金属の熱気が入り混じるコックピット内で、俺はひとつ息を整え、牙をむくように前方を睨む。
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