第3話

『森林戦区 ― フォックス』


 

そんなに遠くない、近未来。蒸し暑い東南アジアの森林の中で、俺はWAR FRAME――通称WFの操縦桿を握っていた。金属と油の匂い、そして湿った土の匂いが、操縦席の小さなキャビンに入り混じる。


WFの先祖は、人の代わりに働く作業用ロボットだった。重機の代わりに現場で働き、力があって正確で、文句ひとつ言わない。だが、テクノロジーは手に入った瞬間から軍事に転用されるのが宿命だ。逆もまた然り。電子レンジもGPSも通信技術も、元をたどれば軍事から民生に降りてきたものだ。便利さの裏には、いつだって戦争がある。


この国は、元々クーデターの多い地域だった。民族、宗教、利権――理由はいくらでも作れる。だが、ここ“だけ”でクーデターが成功するはずはない。大国の介入。代理戦争。いつだってそうだ。


「代理だと?笑わせる」

俺は呟く。こっちにいる連中は、どちらの勢力の代表選手でもない。ただの駒だ。


大国の奴らは、安全な場所でコーヒーでも飲みながら、地図の上で線を引く。気にも留めない民族同士を、金と武器で操り争わせる。ここは戦場というより、最新兵器の展示場だ。俺たちは、その中で動く駒に過ぎない。


蒸し暑い空気の中、森の向こうで銃声が小さく響く。森の奥の茂みで何が起きているのか、誰も知らない。俺はただ、WFの視覚センサーと重機のような手足を駆使して、次の指示を待つ。冷静に、正確に、文句も言わずに。


兵器も、操縦者も、すべては誰かの思惑の上に置かれている。俺自身さえ、その駒の一つだと、心のどこかで理解している。


国が絡めば、途端にそれは国際問題になる。会議が開かれ、声明が出され、ニュースで見出しが踊る。でもその間にも、血は流れ続ける。森の奥でも、街の外れでも、銃声も叫び声も途切れはしない。


「そして、何度繰り返すんだ、この茶番を」

俺は呟く。頭上のヘリが風を切る音と、足元の泥を蹴るWFの足音の合間に、皮肉が混じる。


結局、国は二つに割られる。そしてそれぞれに後ろ盾の大国を持った国家が生まれる。地図は整理され、数字も報告書も綺麗にまとめられる。でも、死んだ人間は戻らない。戻らないのだ。


「誰が望んだ結果だよ、これ。少なくとも、ここで引き金を引いている俺じゃない」

操縦桿を握る手が一瞬だけ硬くなる。冷静で正確であろうとする自分と、皮膚の下でうずく苛立ちが同時に存在する。


それだけは、はっきりしている。俺は駒だ。だが、駒として死ぬのは、誰も望んでいない。大国も、指示を出す奴も、テレビの前で議論する奴も。望んでいるのは、ただ整った地図と数字だけだ。


そして俺は、また次の命令に従って、森の中を進む。視界に映るのは瓦礫と影、音だけが現実を告げる。地図の上では美しく整理される現実も、俺の目には、血と泥と機械油の匂いが混ざった、濃密な現場でしかない。




そして俺は、今日も不満をぶちまける。


「なんだこの暑さは!クソー、蒸し暑い」

操縦席のスイッチパネルを叩き、手首で汗を拭う。


「全然、エアコンも効きゃしない」

冷却ファンの音に耳をすませながら、肩をぐっとすくめる。


「なんだこのハリネズミのまがい物は」

指先で操縦桿を弾きながら、視界の隅に映るWFの肩部装甲を睨む。


「通常、ここじゃあD型を使うもんだろ!」

舌打ちして、膝を手のひらで軽く叩く。小さなキャビンの中でも、俺の苛立ちは漏れる。


D型。森林仕様だ。視界遮蔽、樹木干渉回避、隠密行動に特化している。仕様ポイントはマズルとバレルのプロファイル。枝葉に引っ掛かりにくい曲面設計で、低周波センサーが葉の透過を補助する――技術部門の受け売りだ。


だが、俺が今回乗っているのは汎用型。元々は開けた土地で、それなりの相手に対抗できるように作られた機体だ。視界の悪い森林では、正直、荷が重い。搭載装備は豪華すぎて、重く、取り回しも鈍い。俺は操縦桿を握り直し、肩で息をつく。


森の蒸し暑さが、キャビンの中に充満する。汗が首筋を伝い、手が滑る。俺はもう一度、マニュアルの隙間を覗き込み、D型の操作感を想像する。だが現実は汎用型。枝葉をかき分け、泥を蹴り、重装備のせいで機体がギシギシ鳴く。


俺は舌打ちをして、操縦桿に力を込める。WFの視覚センサーが森の隙間をスキャンし、樹影の間に小さな動きを拾う。俺の目は、センサーを追いながらも、現実の光と影を追う。苛立ちも、焦燥も、すべてこの蒸し暑い森の空気に溶け込んでいく。


105ミリ滑空砲、1門。

表示を確認しながら、俺は親指でサブディスプレイを切り替える。

装填弾種、徹甲弾。


正確に言えば、タングステン製の“矢”だ。爆薬は無い。信管も無い。あるのは、質量と速度だけ。俺は操縦桿から片手を離し、装填状態を示すインジケータを軽く叩く。緑。問題なし。


タングステン。

重い。硬い。融点が高く、変形しにくい。だから選ばれる。装甲を焼くためじゃない。砕くためでもない。貫くためだ。

撃ち出された矢は、空中で姿勢を保ち、滑るように飛ぶ。


俺は息を吐き、照準を微調整する。

空気抵抗を最小にして、狙った一点へ、ひたすら一直線。当たった瞬間、装甲は「防御」じゃなくなる。ただの、通過点だ。


爆発は起きない。

炎も、破片も、派手な演出も無い。あるのは、入口と、出口。中を通り抜けるだけだ。搭載物、弾薬、機構、人間――すべてを一直線に。

運が良ければ、即死。

悪ければ、中身だけがぐちゃぐちゃになる。


俺は唇を噛み、視線をセンサー映像に戻す。

徹甲弾ってのは、慈悲の無い兵器だ。破壊は最小限。殺傷は最大限。都市で使えば、余計な被害は出にくい。森で使えば、木を巻き込まない。


だが、それは「優しい」って意味じゃない。

むしろ逆だ。


この弾は、逃げ道を残さない。爆風で吹き飛ばすこともなく、火で焼き尽くすこともない。ただ――狙った“点”を、確実に殺す。


だから、105ミリ滑空砲に徹甲弾を積むという選択は、こういう意味を持つ。


「俺は、余計なものを壊すつもりはない」

小さく呟き、操縦桿を握り直す。

「だが、当てた相手は、確実に終わらせる」


脅しじゃない。警告でもない。ただの事実だ。

そして今――この弾を使うということを、俺はもう、迷っていない。


20ミリ機関砲。左右に各1門ずつ。

俺は視線だけで武装表示を確認し、無意識に操縦桿の親指レバーを転がす。反応は即座だ。

兵器としては、実に汎用的。


対人に使うには、正直言って豪華すぎる。一発一発が、人間相手には過剰だ。撃てば、そこに「処理済み」という結果だけが残る。だが、装甲の薄い車両が相手なら、話は別になる。


トラック。

装甲車未満の軽車両。

そういう連中を、文字通り蜂の巣にできる。

破壊じゃない。制圧だ。


俺は照準を低く滑らせ、エンジンブロックを想定する。足回り、搭載物、燃料。狙う場所はいくらでもある。止めるだけなら、全部を壊す必要はない。動けなくすれば、それで終わりだ。


ドローンを落とすには、少し工夫が要る。

弾薬の変更。近接信管。もしくは散布性を重視した弾種。

そのあたりは補給担当の領分だが、条件さえ揃えば、20ミリは割と適している。俺はディスプレイを切り替えながら、脳内で弾道をなぞる。


高速で動く目標。

数で押してくる敵。

20ミリは、そういう相手が得意だ。


軽車両、ドローン、対人、牽制射撃。

全部こなせる。

決定打にはならないが、戦場を支配する力はある。派手さはない。だが、裏切らない。

結論は単純だ。

まあ、使い勝手がいい。


「12.7ミリでも良さそうなもんだが……」

俺は小さく鼻で笑い、視線を前方に戻す。

「なぜか20ミリ。まあ、何か理由があるんだろうな」


理由なんて、だいたい後付けだ。

だが、今この森で、俺が頼れるのは理屈じゃない。

引き金を引いた瞬間、思った通りに仕事をしてくれるかどうか――それだけだ。


俺は左右の砲身の状態を確認し、再び操縦桿を握り込む。

蒸し暑い森の中で、20ミリは静かに、だが確実に待っている。


65ミリロケットランチャー、8門。

俺は視界の端に並ぶ発射アイコンを眺めながら、無意識に首を鳴らす。

65ミリロケットランチャー。

これは、分かりやすい兵器だ。


当たれば、爆発する。

炸裂する。

以上。


理屈は要らない。精密さも、繊細さも、ここでは求められない。

目的は一つ。そこに「あるもの」を、無くすことだ。


塹壕。土嚢。即席のバリケード。

コンクリート未満の構造物。

全部、まとめて吹き飛ばす。

敵が見えていなくてもいい。位置が、だいたい分かればそれでいい。


俺は照準を広めに取り、発射角を確認する。

爆風、破片、衝撃。

殺すためじゃない。動けなくするためだ。


耳を潰す。

視界を奪う。

心を折る。


陣地破壊。

この一言に尽きる。

撃った瞬間、そこはもう「陣地」じゃない。ただの、瓦礫の山だ。


精密誘導兵器?

違う。

これは、戦場を荒らすための道具だ。


65ミリロケットランチャー。

乱暴で、単純で、そして、確実。


俺は機体外装のカメラ映像に目をやり、肩をすくめる。

「……色んなもんが機体から生えてやがるな」

出っ張りだらけだ。枝に引っかけたら終わりだろう、と内心で悪態をつく。


「しかし、なんだこの装備は」

操縦桿を軽く揺らし、重量バランスを確かめる。

「どんな機動要塞と戦わせるつもりだ」


過剰。

明らかに過剰だ。

だが、過剰な装備が用意される戦場に、穏やかな答えなんて無い。


俺は発射制御をスタンバイに入れ、森の奥に視線を向ける。

ここを吹き飛ばせ、という意志だけが、武装の数になって現れている。


こいつは、重厚な金属の装甲をまとっている。

表面を覆うのは、いわゆる国防色。

俺は外装カメラを一段階ズームさせ、装甲の表面をじっと眺める。


国防色。

派手さとは無縁の色だ。


オリーブドラブ。

くすんだ緑。

わずかに黄味がかっていて、光を極力反射しない。陸上自衛隊の車両に使われる、あの独特の緑だ。


深い森でもない。

乾いた砂漠でもない。


湿った土。

苔むした地面。

雨を含んだ落ち葉。


そういう場所に、一番よく溶ける色。

俺は機体を半歩動かし、周囲の森と装甲の色合いを見比べる。輪郭が、ふっと曖昧になる。


迷彩服も同じだ。

緑、茶、黒。

境界をぼかした、あの独特のパターン。海外の派手なデジタル迷彩とは違う。主張しない。目立たない。ただ、そこに“居る”。


この国防色は、「隠れる」ことを前提にしている。

見せつけるためじゃない。

威圧するためでもない。

気づかれないための色。


存在を、ぎりぎりまで薄める色だ。


自己主張しない。

だが、確実に機能する。

この国防色は、攻める色じゃない。守る色だ。


それでも戦場に立てば、守りと攻めの区別なんて、すぐに消える。

国防色をまとった瞬間、それはもう、平和の色じゃない。


俺は操縦桿から一瞬だけ手を離し、深く息を吐く。

この色を、俺は知っている。

知りすぎるほど、知っている。


森に溶け込むこの緑は、守るために生まれた。

だが今、俺と一緒に立っている以上、こいつは確実に“戦う色”だ。


見慣れた光景のはずなのに……今日はやけに、重いものが胸をよぎる。

俺は無意識に顎を引き、ヘッドアップディスプレイに流れ込む情報を追う。


軍事衛星からのデータが、絶え間なく送られてくる。

敵影。地形。味方の損耗率。

全部見ている暇なんてない。作戦本部の情報は、視界の端から端まで、うるさいほどに表示されている。


「……よほど、人と兵器が足りないんだろうな」

独り言が、ヘルメットの内側で反響する。


この長い105ミリ砲身が、森林地帯に向かないことくらい、誰にだってわかる。

普通に撃てば、枝や樹木が邪魔をする。

徹甲弾とはいえ、少なからず影響は出る。俺は砲身カメラを切り替え、前方の枝葉を確認する。


「履帯仕様じゃない、二足歩行式のこいつには……この柔らかい地面は、最悪だな」

操縦桿をわずかに引く。足を踏み出すたび、機体が沈む。反応が遅れる。それだけで、命取りになる。


余計な揺れが、三半規管を狂わせる。

俺は一瞬目を閉じ、深く息を吐いて平衡感覚を立て直す。


そして、戦況は……芳しくない。

いや、はっきり言おう。かなり、不利だ。


後方支援を約束していた砲台は、まだ沈黙したまま。

通信、応答なし。

予定時刻は、すでに超過している。


偵察部隊の……あいつも、戻らない。

嫌な予感だけが、胸の奥で膨らんでいく。


タイムリミット。

残り、600秒を切った。


「撤退か……突入か……」

俺は唇を噛み、ディスプレイの数字から目を離す。


ここで引けば、生き残れる可能性はある。

だが、前線は崩れる。

進めば……俺は、ここで終わるかもしれない。


「……ちくしょう」

小さく吐き捨てる。


こんな判断を、一人に押し付けるなよ。

心の中でそう叫びながらも、現実は変わらない。


でも、決めるしかない。

俺は、この機体の操縦桿を、握り直した。指先に、金属の冷たさがはっきり伝わる。


「行くぞ」

声に力を込める。

「時間は、もう残ってない」


機体が一歩、前に出る。

その瞬間、退路は、意識の中から静かに消えた。


はぁ?……待て。

なんだ、ありゃ?


遠くで……煙?

いや、違う。

一瞬、地面が揺れた気がした。


爆発か?

それとも、陽動……?


俺は歯噛みしながら、視界の隅に表示された通信ログを睨む。

衛星リンク、再接続中。

解析データ転送まで――カウント、78.172。


「……遅い!」

思わず声が荒れる。

「こんなの、待ってられるか! 考えろ、考えろ、俺! どうする!」


正面から突っ込んで、敵主力と鉢合わせ。

そんな展開は、真っ平ごめんだ。


俺は即座に機体を動かした。

煙が上がった方向を基準に、進路をずらす。

3時方向。森を巻くように、迂回。


足元は最悪だ。

沈む。引っかかる。

二足が地面を掴むたび、ワンテンポ遅れて反力が返ってくる。

それでも、止まれない。


「センサー感度、絞れ」

親指で設定を落とす。

「バルカン、セーフティ解除」

確認音。

「ロケットは……何かが起きるまで、まだ温存だ」


頼むから――

「あれが、味方の残骸でありませんように」


……いや。

何があっても、進むしかないか。


「戦場じゃ、祈った方が負けるって、わかってる」

自分に言い聞かせるように呟く。

「だが、突撃して鉢合わせなんて……そんな死に方は、ごめんだ」


解析データ、まだか……!

「くそっ!」


俺は、俺の目と勘で行く。

生き延びるために、臆病になるのも……悪くないはずだ。


「……来るなよ。頼むから、今は……来るな」


……静かすぎる。


これは、嫌な予感しかしない。


どの道を使う。

森の中で、やけに開けた道なんてのは、待ち伏せの温床でしかない。


平時なら、きっと優しい道だ。

人も、獣も、互いに踏み固めてきた痕跡。

だが、戦時下では違う。


それはただの、少し大きめの獣道だ。

どこで、どんな“野獣”と出会うか。

それ次第で――こちらの生命の保証は、絶望的になる。


樹冠の影。

地形のうねり。

センサーに映らない“間”。


開けた道は、見える分だけ、見られている。

逆に、密集した森は……何も見えない。

見えないが、撃たれにくい。


選択肢は二つ。

視界を取るか。

死角を取るか。


……時間は、ない。


俺は、より汚れた道を選ぶ。

枝を押し分け、地面を踏み荒らし、痕跡を残す。

だが、“道”をなぞるよりは、マシだ。


ここは戦場だ。

優しさは、命を削る。


どんな獣が来ようが……

先に牙を見せた方が、生き残る。


俺は操縦桿を強く引き、機体を森の奥へと押し込んだ。

静寂の向こうで、何かが息を潜めているのを感じながら。


「クソッ……やっぱりだ!」

思わず声が荒れる。

「だからなんでこいつを、ここに配備したんだ!」


……森林地帯。

ここじゃ、センサーは信用しきれない。


まず、光学センサー。

可視カメラは論外だ。

木、葉、枝、影。

視界は細切れで、見えているのは、森の“表面”だけ。

奥行きも、距離感も、全部ごまかされる。


赤外線――サーマル。

人や機械の熱は拾える。拾えるが……

葉一枚で、簡単に遮られる。

夏場なら、地面も木も熱を持つ。

背景に溶けた熱源は、“いない”のと同じ扱いだ。


レーダーはどうだ。

ミリ波が木々に当たって、反射、散乱、誤認。

森全体がノイズになる。

人間サイズの目標なんて、最初から期待していない。


LiDAR。

地形は描ける。

起伏や段差、倒木の位置まではな。

だが、動く敵の識別は――戦闘中じゃ追いつかない。


音響センサー。

足音、金属音、エンジン音。

拾えることは拾える。

だが、森は音を歪める。

方向は曖昧。距離も信用できない。


衛星情報も同じだ。

樹冠の下は、完全な死角。

「映っていない」だけで、「安全」なんて保証は、どこにもない。


つまり……

この森では、どのセンサーも“不完全”。


一つ一つは、役に立つ。

だが、どれか一つを信じた瞬間――足元をすくわれる。


ここで一番危険なのは、

センサーが嘘をつくことじゃない。


何も映さないことだ。


森が、静かすぎる時。

それが、一番信用ならない。


聞こえているのは、俺の鼓動だけ。

さっきから、動物や虫の気配すらしない。

自然が、息を止めている。


「……何が起きている」


俺は無意識に操縦桿を強く握る。

装甲越しでもわかるほど、指先が冷えていく。


不安だけが、地面の落ち葉みたいに、少しずつ積み重なっていった。

踏み出すたび、音もなく、確実に。

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