第2話
『コールドクイーン』フォックスとの邂逅
懐かしい名前だ――クイーン。
まだあたしがWAR FRAMEを手探りで触っていた頃、そう呼ばれていた。
最初は作業用の機械だった。鉱山で、建設現場で、人間の手に代わるために作られた機体。油圧の響き、関節の軋み、制御系の挙動――それらを覚えるのが、あたしの毎日だった。
でも、戦争が近づくにつれて状況は一変した。作業用だったはずのWAR FRAMEが、突然、軍事利用のために改造され始めた。
設計図が差し替えられ、装甲が厚くなり、武装が搭載される。あたしは理解していた――この速度で進む改造は、誰も本当の意味では安全を保証できないことを。
あたしはその過程を、間近で見てきた。
作業用の油圧系統は、今や戦場の過酷さに耐えるため、異常な高圧で動く。
関節の動作は滑らかさよりも力を優先され、動作速度の限界まで詰められる。作業用だった時は、人間の操作に忠実で滑らかに動くのが美点だった。
それが、戦場では瞬時に動かねば意味がない。あたしは自分の手で制御系のボタンを押し、微調整を重ねながら、それを学んだ。
そして、あたしは思った――兵装と機動力のトレードオフは、作業用時代よりもシビアだ。装甲を厚くすれば動けなくなる。
軽量で機敏なら、致命的に脆くなる。瞬間的に加速するブースターを背負ったあの設計は、そんな極限の折衷案だ。
あたしだけが、それを扱えると自負していた。
加速の瞬間、胸が跳ねるような感覚が伝わる。爆発的な推力と金属の振動が一体化し、身体の一部のように感じられる。
それは恐怖ではない――歓喜だ。耳をつんざく轟音も、風圧も、あたしの神経を刺激して、心が生きていることを教えてくれる。
でも、この瞬間こそがあたしの歓喜でもある。作業用としての柔らかさを捨て、軍事用として極限に詰め込まれたWAR FRAMEの可能性を、あたしは体感できるのだから。戦場では、美しくも荒々しい、それ自体が生き物のような機体。あたしの意思を反映する存在。
雪原の冷たい風を切り、2本のブースターが胸を押し、頭部のアンテナは王冠のように輝く。その姿は、戦場に似つかわしくないほど神々しく、静かな美しさを放っていた。
敵を避け、敵を追い、瞬間的な加速で翻弄する――作業用だった頃のあたしはもういない。あたしはクイーン、このWAR FRAMEの身体を借りて、荒々しい戦場の中で唯一無二の存在になっている。
静まった後の戦場の冷たさと静寂は、あまりにも強烈だ。破壊の余韻が空気を震わせ、雪の白さがあたしの機体の銀色と交じり合う。
美しさは、戦争の凄惨さに完全に対比されていた。それを見て、あたしはふと笑った。これが、作業用から軍事利用へ急速に進化したWAR FRAMEの本質――狂気にも似た可能性の結晶なのだ、と。
手を操作桿にかけ、視線を広がる雪原に投げる。轟音の余韻が耳に残る。金属の熱と振動が、あたしの体を貫く。恐怖はない。
あたしは知っている――この機体とあたしが一体となった瞬間こそ、本当に生きている証なのだ、と。
戦場は美しい。冷たく、残酷で、そして――神々しい。あたしはその中心で、クイーンとして微笑んでいた。
またの名を、コールドクイーン。
そう呼ばれているらしいと聞いたとき、あたしは少しだけ首を傾げた。相手を冷たく“する”からなのか、それとも、あたし自身が冷たい女だからなのか。
……まあ、後者については自覚がない。少なくとも、感情がないわけじゃない。ただ、生き残るために、切り捨ててきただけだ。
寒冷地での戦闘が、その呼び名を決定づけたのかもしれない。
真っ白な機体。雪原用としては定番の塗装だ。視界いっぱいに広がる銀世界の中で、あたしのWAR FRAMEは背景に溶け込み、敵だけが不自然に浮かび上がる。
センサーは優秀だが、それでも最後に頼るのは目だ。機械には読み取れない、わずかな陰影。雪片の揺れ方。そこに潜む命の重みを、あたしは見逃さない。
呼ばれる理由は単純だ。戦果。
戦車二輌、装甲車三輌、そしてWF四機。
あたしは機動力を最優先する。重武装で正面から叩くより、90ミリ徹甲弾で急所を抜く。足を止め、視界を奪い、距離を詰める。あとは電子槍。爆発的な加速があるからこそ成立する戦い方だ。無駄はない。
冷徹で、効率的な戦果。
……それでも、倒した瞬間、胸の奥にわずかな引っ掛かりが残ることがある。後悔、と呼ぶには小さすぎる感情。でも、確かに、そこにあった。
戦車を葬るのは、難しくない。
鈍重で、発熱量が多い。弱点も、動きも、教科書通りだ。
だが、あの戦場で本当に意味があったのは、WFを「停止」させたことだった。完全破壊じゃない。爆発させず、沈黙させる。ただ動かなくする。それだけだ。
後から聞いた話では、その機体は鹵獲され、研究に使われたらしい。敵の設計思想、思想そのものまで、すべて解析されたという。重要機体には自爆装置がある。捕まるくらいなら消えろ――それが常識だ。
でも、あの時は違った。電子槍が、たまたまその機構を壊していた。狙ったわけじゃない。偶然だ。……運も、味方したんだろう。
雪原に立ち尽くし、静まり返った戦場を見渡す。
冷たい風が装甲を撫でる。
あたしは思う。冷たさは、武器だ。情を切り捨てるための、必要な温度だった。でも――完全に凍りついていたわけじゃない。
だからこそ、あたしは今日も生きている。
コールドクイーンとして。
『フォックス』
――その名は、前線の雑談や作戦報告の端々で、なんとなく耳にしていた。
少し厄介な相手。
予想外の行動が多く、教範通りに動かない。
典型的な命令違反が、結果的に戦果へとつながっているタイプだろう。
嫌いじゃない。
……だからこそ、やりづらい。
あたしは過去の戦場を思い出す。
撃破寸前まで追い込んだ他機のパイロット。
機密保持のための自決シークエンスが走り、止める間もなく、機体ごと消えた。
理屈では理解している。
それが「正しい」戦争の在り方だと、皆が教わってきた。
それでも、胸の奥に残った小さな棘は消えなかった。
――止められたんじゃないか。
ほんの一瞬、判断が早ければ。
HUDに映るフォックスの機体が揺れる。
まだ生きている。
まだ、操縦している。
「……今度こそは、止める」
声に出した瞬間、迷いは切り捨てた。
破壊じゃない。撃墜でもない。
“止める”――そのための一手を選ぶ。
背部のロケットブースターの状態を確認する。
左右二基。そのうち一基。
切り離せば、姿勢制御はさらに厳しくなる。
だが――使える。
あたしは冷静に計算する。
ブースターを一個、強制分離。
爆発と推力の乱流で、あたし自身の挙動を誤認させる。
フォックスのセンサーなら、間違いなく“致命的損傷”と判断するはずだ。
犠牲にするのは、ブースター一基。
生き残らせるのは――パイロット。
指がスイッチにかかる。
躊躇はない。
あたしは冷たい女なんかじゃない。
ただ、生き残るために、そして生かすために、冷たく判断するだけだ。
「――行くよ、フォックス」
切り離しシークエンス、開始。
予定通りだった。
切り離したロケットブースターは、雪原に派手な熱の尾を引き、フォックスの意識を完全にそちらへ引きつけた。
――引っかかった。
あたしは一瞬も無駄にしない。
90ミリ砲、発射。
反動が肩から背骨に突き抜ける感触と同時に、弾は後方からフォックスのWFの左膝を正確に撃ち抜いた。
装甲が砕け、関節が悲鳴を上げる。
フォックスの機体が、抗うように揺れ、それからゆっくりと傾き始めた。
「……よし」
間合いを詰める。
爆発的加速。視界が一瞬白く跳ねる。
電子槍を構え、ためらいなく突き出した。
狙いは中枢じゃない。
駆動系統と制御ラインのみ。
破壊じゃない。沈黙――それだけ。
電子槍が刺さった瞬間、敵WFは完全に力を失った。
巨体が雪原に沈み、金属が冷たい音を立てて静止する。
……これでいい。
あとは、パイロットだ。
もう、敵とは言えない存在。
それなのに――自決なんて選択肢を、当たり前のように与えられている現実が、どうしても理解できなかった。
「止める。絶対に」
電子槍の影響だろう。
コックピット外殻に、わずかな隙間が生まれているのが見えた。
WFの指では太すぎる。
人の手でなければ届かない隙間。
あたしは自機のコックピットを開き、躊躇なく飛び出した。
冷気が全身を叩き、重力が一気に戻ってくる。
雪原を蹴り、倒れた敵WFへ跳びつく。
金属の外殻にしがみつきながら、あたしは思う。
――今度こそ、間に合え。
これは戦果じゃない。
これは、命を拾い上げるための戦いだ。
乗っていたのは……「フォックス」だった。
目の前のハッチ越しに見えた彼の瞳。
覚悟を決めた兵士の、それ以外の何物でもない眼差しだった。
息を呑んだ。
冷たい戦場の空気の中で、彼の存在だけが重く、確かにそこにある。
自決寸前の彼を、放っておけるわけがなかった。
だから、あたしはハッチを無理やりこじ開けた。
力を込め、全力で。
止めた……いや、正確には「止まった」と言うべきだろう。
その瞬間、彼は顔を上げ、あたしを見つめた。
そして遠くを見る様な目で呟いた。
「クイーン……美しい。」
一言。たった一言。
――思わず、笑ってしまった。
緊張も、殺気も、戦場のすべてがふっと消えた。
彼は力無く、銃を手から落とす。
向けられるべきはずの銃も、あたしには向けられなかった。
低く、震える声だった。
戦闘の緊張の中で、無意識に零れた独白。
白銀の雪原に、そして戦闘の残骸の間に、彼の言葉だけが鮮やかに響いた。
その言葉に、あたしも少しだけ息をつく。
きっと、彼はWFでの戦闘にすべてを賭けていたのだ。
兵士としての自分ではなく、兵器としての自分に。
冷徹に、無慈悲に、そして全力で。
だが、その戦いは、ここで終わった。
あたしに敗北し、機体と共に沈黙した彼の瞳は、
戦闘中の鋭い光を失い、ただ静かにこちらを見つめていた。
雪原の冷たさ、機体の金属音、警報の断続。
そのすべてが、今は静まり返る。
ただ、残された生の重みだけが確かにある。
あたしはそっと手を伸ばした。
冷たいグローブ越しに感じる彼の体温。
生きている。戦場で沈黙させたはずの敵に、まだ息があった。
戦いで沈黙させることしかできなかったWFのパイロットを、
今度は守る。
これが、クイーンとしてのあたしの使命だと、
静かに噛みしめる。
彼は、もう敵ではない。
戦闘を超え、ただの人として、ここにいる。
それだけで、戦場のすべてが少し、柔らかくなった気がした。
そして、あたしは心の奥でつぶやいた。
――これが、私とフォックスの邂逅なのだ、と。
そのとき、フォックスの瞳には、戦場の荒廃を超えた美しさだけが映っていた。
後で、彼から聞いた話だ。
あの時、もう「お迎えが来た」と思ったらしい。
つまり、命が終わって天に召される――そう感じたのだという。
理由を聞いたら、彼は口を半開きにして笑いながら言った。
「天使が迎えにきたからだ」
……あたしが?
天使?
思わず吹き出しそうになった。笑える。
正直、どう受け取ればいいのか、今でも分からない。
美しかった、と彼は言った。
輝いていた、とも。
でも、それは全部――後付けの物語だろう。
1300ccのVツインバイクを愛し、鉄の塊のようなWFを駆るあたしが――天使なんて、柄じゃない。
雪原の冷たさ、装甲の冷たさ、機体の金属音。
それらの中で、彼は死の淵から戻り、ただそこに立っていた。
そして、軽口を叩いた直後には、新装備をねだる始末だ。
あたしを褒めた途端、それか――笑ってしまう。
多分、そういうことだ。天使を見たわけじゃない。
ただ、死に損なっただけ。
そしてそれを笑える程度には、まだ生きていた。
あの一瞬、彼の中で何かが折れたのか、
それともまだ生きる理由を拾ったのか。
あたしには分からない。
ただ確かなのは、あの日、あの雪原で、フォックスは死ななかったということだけだ。
振り返ると、雪は静かに舞い、白銀の世界は何事もなかったかのように輝いている。
だが、その中に確かに、彼の存在はある。
兵器として、兵士として、そして生きた人間として。
その瞳の奥に、覚悟と安心、そして小さな笑いの残滓が見える。
「これが、あたしの戦いの結果なのか……」
そう呟きながら、あたしは静かに息をつく。
戦場での沈黙は、命の重みを教えてくれる。
フォックスが生き残った。
それだけで、戦いは終わったのだ。
クイーンとしての誇りも、冷徹な戦果も、今はただの影。
目の前の彼の生、そして雪原の静けさが、あたしの心を温めた。
あの日、あの場所で――
確かに、フォックスは生きていた。
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