二足歩行型兵器――《WAR FRAME(ウォーフレーム)》 Q&F
てきてき@tekiteki
第1話
WF FOX ――クイーンとの邂逅
二足歩行型軍事ロボット。
正式名称――《WAR FRAME(ウォーフレーム)》。
戦車でもない。
人でもない。
ただ、人の形を模した装甲の塊だ。
それでも俺は、これに乗り込んだ瞬間だけ、自分が「兵士」なのだと実感できる。
操縦席に身を沈め、ハーネスを締める。金具が噛み合う鈍い音が、妙に現実感を伴って胸に響いた。手袋越しに操縦桿を握ると、金属の冷たさがじわりと指に伝わる。
外は、見渡す限りの大雪原だった。
地平線は白に溶け、どこからが空で、どこまでが地面なのかも曖昧だ。申し訳程度に、針葉樹林が点々と黒い影を落としている。
音も、色も、命の気配も薄い。
そんな極寒の中で、今日も俺は操縦桿を握りしめていた。
「……クソ」
思わず漏れた声が、ヘルメットの内側で反響する。
寒すぎる。
ヒーターを回せば回すほど、エネルギー残量が削られていくのがモニターの数字で分かる。視線を向けるたび、少しずつ減っていく表示に、舌打ちが止まらない。
冗談じゃない。
この戦場じゃ、生きているだけで燃料を食われる。
俺は一度、肩をすくめるように体を揺らした。意味のない動作だと分かっていても、じっとしていると寒さが骨に染みてくる。
……うちのWF小隊は、もう限界だった。
連戦。
撤退の遅れ。
補給待ち。
本来なら、とっくに届いているはずの補給――。
「……来ない」
ぽつりと呟いて、前方センサーの表示を睨む。
影も、形も、反応もない。
どういうことだよ。
キャノピー越しに外を見渡す。
視界いっぱいに広がるのは、降り積もった雪だけだ。
俺は無意識に、口元を歪めた。
白くて、静かで、
やけに綺麗だ。
――笑えない冗談だ。
「……こんな場所で、死ぬ予定じゃなかったんだけどな」
戦力の要だった戦車二輌は、あっさり沈黙した。
派手な爆発はない。
装甲は無傷のまま、ただ動かなくなっただけだ。
破壊、じゃない。
敵のWFに、沈黙させられた。
兵員輸送車両も同じだった。
止められ、並び、まるで時間だけを奪われたかのように、そこに残されている。
俺は顎に手を当て、考え込む。
余裕の現れか。
それとも……余裕がないのか。
真意は測れない。
ただ一つ確かなのは、あの敵が積極的に「爆発」を選ばない、ということだ。人を殺すより、機能を奪う。そんな戦い方。
少しの間のあと、センサーが異質な反応を拾った。
真っ白な機体。
頭部には、王冠みたいなアンテナ。
背中には大型ロケットを背負い、雪原を蹴るように走り回る影。
俺は操縦桿を強く握り直した。
指先に、じわりと汗が滲む。
「……やつか」
喉の奥で名前を転がす。
「クイーン」
ここで、初めて対峙することになる。
……はず、だった。
奴と戦った仲間は、誰一人帰ってきていない。
あっけなく戦死した。
そう、聞かされていた。
――だが。
去年のクリスマスの頃だ。
見覚えのあるキャラクターが描かれた、安っぽいクリスマスカードが届いた。
封を切った瞬間、俺は息を止めた。
……生きてたのか。
それだけで、正直、嬉しかった。
胸の奥が、ほんの一瞬だけ温かくなったのを覚えている。
だが、その温もりは、すぐに疑念に変わった。
「……でも、どういう事だ」
俺は独り言のように呟く。
「この国の軍閥は……何を隠していやがる」
視線の先で、白い機体がゆっくりとこちらを向いた。
雪原の静寂が、ひときわ重くのしかかる。
俺は深く息を吸い、操縦桿に体重を預けた。
覚悟だけが、静かに研ぎ澄まされていく。
「何故戦うのか…」
いつも理由は何か?と考えてしまう。
俺たちの国も、あちらさんの国も、裕福とは言えない。
大国の意向に沿って、無理やり立ち上がらされた二つの国。表向きは独立国家だが、中身は……ただの都合のいい緩衝材だ。
操縦席の窓から外を見下ろす。雪原が果てしなく続き、針葉樹の影が点々と浮かぶ。風が吹くたび、操縦席の金属が微かにきしむ音を立てる。自分の胸の鼓動が、ゴツゴツした金属のハーネスを伝って伝わってくる。
寒くて、人も少なく、誰も見向きもしない国――それが俺たちの現場だった。
息を吐くたび、白い霧がヘルメットの内側に漂う。だが、その土地には莫大な“エネルギー”が眠っていた。金、技術、利権、兵器――それらは、世界を揺るがすに十分すぎる量で、発掘されればすぐにでも波紋を広げる。
俺たちはただ、その渦の中に放り込まれたに過ぎなかった。
氷に閉ざされ、人は住めない北の地――掘れば資源は出る。南に目を向ければ、寒さは少し和らぎ、命がわずかに息づく。北が力を生み、南が命を支える。皮肉な話だ。俺たちは、その二つを繋ぐ場所に立たされている。
操縦桿に力を込め、肩をすくめながら俺は考えた。
上層部はWFを「金食い虫の大型戦車」くらいにしか思っていない。戦果を見ろ、と言ったところで、現場で何が起きているか理解してはいない。結果は、目の前にあるのに。
一度、大臣をWFに乗せたことがある。
一分ももたなかった。
鼻で笑ったのを覚えている。
「こんなもんで戦えるか」と言われた。
人の感覚じゃない。俺の体は、十トンの装甲の中に押し込められている。振動、衝撃、寒さ――人間なら即死するだろう。
それでも、俺たちは改修を重ね、ようやく“戦える形”にはなった。
機体の関節のグリスを指先で撫で、油の匂いを嗅ぐ。たったそれだけで、生き物のように感じる瞬間がある。整備士たちの努力が、冷たい金属に命を吹き込んでいる。
だからこそ、だ。
クイーンのロケットブースターなんて、あり得ない。
人間が耐えられるわけがない。
ヘルメットの内側で、俺は小さく舌打ちした。指先が操縦桿の冷たさで痺れ、肩の力が抜けそうになる。
体感では、吹雪の中で生き延びるだけで精一杯だ。あの爆発的な加速に、俺の肉体がついていけるとは思えない。
目の前のモニターに映る雪原は、ただの白い静寂に過ぎない。だが、あの白の向こうには、強大な力が蠢いているのだ。
俺の目は、まだ見ぬ敵を探していた。
指先は操縦桿に固く絡みつき、心臓は冷たい装甲の中で早鐘のように打っている。
この世界で、俺たちはほんの小さな歯車に過ぎない。だが、動かなければ、全てが止まる。
肩のハーネスをぎゅっと握り締め、息を吐く。ヘルメットの内側の視界が曇る。
そうだ……覚悟を決めるしかない。
どんなに寒く、どんなに理不尽でも、ここで俺は生き延びる。
そして、あの化け物――クイーンに立ち向かう。
そういえば、あの暴露記事……一度、SNSで見たことがある。
「クイーンの正体」だとかいうやつだ。
鼻で笑った。
「あんなの、嘘だな」
低く呟く。
あんなモデルみたいな女が、戦場にいるわけがない。
だが……天は、いつだって不公平だ。
異常な機動力。
それを支える身体。
判断の速さ。
そして、躊躇しない覚悟。
俺にはせいぜい、運と、しぶとさくらいしか残っていない。
静かに、肩越しに雪原を見やる。
それでも、ここまで来た。生き残っている。
ため息を吐く。
それで、十分だろう。
……対等、なんだろう。
そうだ、俺にももう一つあった。
小さく間を置き、直感――それだ。
……ん?
状況が急変した。
「ガンマ、右に避けろ!」
俺の声は装甲の中で震え、腕に力が入る。
……チッ。間に合わなかった。
ガンマの機体は沈黙した。爆発はない。
ただ止められただけだ。
静寂。
……クイーンか。低く、吐き捨てるように呟いた。
やっぱり、化け物だ。
本当に正体は、女なのか?
荒い息がヘルメットの中で白く漂う。
その時、後方のベータから通信が入った。
短くノイズ混じり。
遅かったか……。
別れの言葉が、ノイズ交じりの通信ってのは、あんまりじゃないか。
規定文を読み上げる淡々とした声。感情を挟む余地なんてないはずなのに。
わずかに間を置き、通信に重なったか――女の声が入った気がした。
「やめなさい!」
クイーンの声だ。短く、鋭く。
でも、遅かったようだ。
引き金は、もう――引かれていた。
なんなんだ……。息を呑む。
銃声が、次の沈黙を生む。
あの声は……女の声だ。
もしかして、本当に……女なのか?
あの、無茶な戦闘を当たり前のように繰り返すWFが――。
静かに、だが確実に心が震える。
……本当に。
噛みしめるように自分の言葉を反芻する。
クイーン……なのか。
最後の相手としては、相応しい。
女王様と、ダンスするような戦場。フフッ……悪くない、最期だな。
肩の力を抜き、操縦桿に手を置く。雪原の白さが眩しく、冷たい風が隙間から吹き込む。
心臓は早鐘を打つ。息は荒く、だが落ち着けと自分に言い聞かせる。
直感が告げる。生き延びろ、と。
だが……あの女に、どれだけ耐えられるかは、まだわからない。
装甲の冷たさが、俺の手のひらに刺さる。
指先で操縦桿の感触を確かめる。
ギリギリまで追い詰められた時、直感だけが頼りになる。
瞬間の判断、機体の挙動、反射神経――全部が生命線だ。
視界の片隅に、白い機体の影が現れる。
ロケットブースターを背負い、雪原を駆け抜ける――
あの姿は、まるで戦場の女神。
……いや、化け物だ。
俺は拳を握り、唇をかみしめる。
あの女と対峙するのが、今の俺の全力だ。
しかし、恐怖だけでなく、奇妙な昂ぶりもあった。
女王様との最後の舞踏……いや、戦いが、もう始まろうとしている。
なのに……違和感、ってやつが、ここでも作用する。
小さく息を詰め、左のモニターを凝視する。
今、一瞬――熱源反応があった気がする。指先が操縦桿を軽く握り直す。微かな振動、金属の軋みが伝わってくる。
鼻先をかすめる金属と油の匂い。装甲内は寒さと煙で肌を刺すようだ。
クイーンの……ロケットブースターか?
即断しようとした瞬間、違う。
目の端に、別の熱源。右だ!
思わず体をひねり、操縦桿を握る手に力を込める。
「こっちか!」声が震える。
全火力、解放。115ミリカノン砲、バルカン、全火器――掌に跳ね返る反動が腕に鋭い痛みを走らせる。
射撃の衝撃で装甲が振動し、膝裏の油圧系統のメーターはほぼゼロ。軒並み、インジケーター類はレッド。警報装置は何重にも違う周波数で鳴り響き、耳を刺す。焦げるような匂いが鼻を突く。
長い沈黙。息を止める。雪原を裂く風が微かな金属音を運ぶだけ。
当たった。だが、それは一基のロケットブースターに集中していた。衝撃の余波で膝裏の油圧が完全停止。脚は痙攣し、立つことができない。
そして……ゆっくり機体が傾くのを感じる。
HUDは喧しく警告を表示していた。姿勢制御が限界を超えている――角度表示の人型に対して水平を表すバーが、少しずつ斜めに傾いていく。
焦りが胸を圧迫する。上半身を旋回し周囲を確認。強光が視界を刺し、モニターが白飛び、操作パネルは瞬時にフリーズ。次の瞬間、一部が破裂。ショートした火花が弾け、煙が装甲内に押し寄せる。
冷却系統の異常音、警報の電子音が断続的に鳴り、耳鳴りのように頭にこびりつく。金属の軋む音が全身に響く。
手のひらに伝わる操縦桿の振動、揺れるモニターに黒い斑点が浮かぶ。装甲の一部は変形し、内装の配線も露出し始めた。背後からの支援は届かない。頼れるのは、直感とこの腕の中の操縦桿だけだ。
ゆっくりと、意識が現実を受け入れる。
「……やられた」
小さな声だが、胸の奥で響く。膝裏の油圧停止、背部の冷却系統異常、警報音の重なり……すべてが、もう戦闘継続不可能だと告げている。
ゆっくり傾く機体の感覚。HUDは赤く点滅し続け、水平バーは完全に斜めを指す。
全身に伝わる振動、背中に走る衝撃。金属の軋む音が耳に焼き付く。指先で操縦桿を握る力を緩めると、僅かに機体の揺れが和らぐが、それでも立てない。
深く息を吸う。膝裏と脚部が悲鳴をあげ、装甲の一部が変形し、配線が露出する。
……やられた。完全に、打ち負けた。
焦燥と無力感が体内を満たす。頭の中で、戦闘開始前のあの誇らしい自信が音を立てて崩れる。
しかし、その中でも直感だけがまだ冷静だ。クイーンの姿、敵機の圧倒的な機動力、圧倒的な精度。すべてがこの敗北を示している。
ゆっくりと、操縦桿を握る手を緩め、装甲内の揺れと音に耳を傾ける。これが現実だ。負けたことを認めるしかない。
「やっぱり、すげえな。クイーンは」
声に出した瞬間、自分でも驚くほど、その言葉は穏やかだった。
恐怖でも、憎しみでもない。敗北を受け入れた者だけが持つ、奇妙な静けさ。
シート裏に手を伸ばし、樹脂製のケースを開く。
指先がかじかみ、留め具を外すのにわずかに手間取った。中に収められていたのは、いつものそれだ。
――「自ら、決せよ」
誰が考えたのかも分からない、説教臭い一文。
その下に鎮座する、大仰な赤いボタン。
押すことに、躊躇はなかった。
もう、判断は終わっている。
……反応は、ない。
「ん? 動かねぇな……ダメか……」
笑ってしまう。最後まで、機体は言うことを聞かないらしい。
仕方なくポケットを探り、いつもそこにある重みを取り出す。拳銃。
掌に収まるそれは、やけに軽く、やけに小さく感じた。
「戦士の最期ってのは……寂しいもんだな」
銃身を眺め、ふと気づく。
……コンパクトすぎる。
ここでも、節約か。
どれだけ貧乏なんだよ、うちの国は。
――ああ、そうか。
これは、敵を撃つためのものじゃない。
自分自身を終わらせるための道具だ。
冷気が、装甲の隙間から忍び込んでくる。
ヒーターは停止し、機体は完全に沈黙していた。
歯の根が、わずかに鳴る。
……なんだ。
声が、聞こえる。
「死ぬな」
「生きろ」
幻聴だと分かっている。
分かっているが、もう遅い。
……どこで、この運命が決まった?
そんな問いが、頭をよぎる。
運命。
便利な言葉だ。
女を口説く時か、死に際の言い訳にしか使えない。
「……寒いな」
吐いた息が白く曇り、すぐに消える。
不快だ。こんなにも。
だからこそ、楽になりたい気持ちも、よく分かる。
「……そうだよな。そうするしか……ないよな……」
銃を持ち上げた、その瞬間だった。
――「死ぬな!! 生きろ!!」
はっきりとした声。
幻聴じゃない。
目の前。
外殻装甲の隙間に、何かが差し込まれる。
細い指。皮のグローブ。
迷いのない動きで、無理やり装甲をこじ開けてくる。
……女、だな。
「天使ってのも……ずいぶん、荒っぽいもんだな……」
思わず、笑った。
軋む音とともに、隙間は広がる。
そして、彼女が現れた。
クイーン。
戦場にあるまじき、美しさ。
血と煙と鉄の中で、彼女だけが異質だった。
ゴーグルの跡はあるものの、傷一つない素顔。
均整の取れた肢体。
そして、凍りつくような静けさをまとった大きな瞳。
神々しい、としか言いようがない。
人を超えた存在。
それでいて、確かに“生きている”。
「ああ……なんてこった……」
完全に語彙を失った俺が、絞り出せた言葉は、それだけだった。
美しい。
それ以上、何も言えなかった。
喉が詰まり、視界が滲む。
頬を伝う熱いものを、止めることができない。
力が抜け、拳銃が指先から滑り落ち、床に転がる。
その音が、すべてを物語っていた。
俺は……救われた。
死を選ぶ覚悟は、確かにあった。
だが、彼女はそれすら許さなかった。
生きろ、と。
命令でも、懇願でもなく、ただの真実として。
これが、クイーンと俺との邂逅だった。
女王と、敗北者の。
神と、人との。
――そして、生と死の、境界線での出会いだった。
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