第3話 2025年

 僕を僕たらしめるもの━━名前、声、交友関係、この身体。

 他者の存在が、僕を僕たらしめている。つまり周囲から僕の記憶を根こそぎ消せば、僕はいながら僕だと認知されなくなる。


 それ即ち僕の消失! 閃くなりタイムマシンに乗り込んだ。

 僕はこの問題に固執していたから、後先など考えていなかった。

 執念を燃やしていたから。

 

 半世紀先の未来・2025年の人々は、髪の毛も瞳の色も、とても奇抜で鮮やかだ。そして空気が生暖かい、春のはずだがやけに暑い。


 僕は羽織っていたカーディガンを脱ぐと片手に持ち、上半身は長袖のポロシャツ一枚になった。この時代に住む人たちの邪魔にならぬよう、道の端に避け耳を済ませる。言葉遣いに変化を感じた。


「インスタ見た」

「コンビニ寄ろうよ」

「スマホのバッテリーが」


 同じ日本語でありながら、理解不能な単語に直面する。

 1975年から来た僕には、どれも異国の文字に見えた。


『ペットは家族』

『Uber Eats』

『韓国料理한강』


 僕が小学生の頃から学んできた平仮名、片仮名、漢字を主に使用しながらも、知らない文字が混ざり読めない。音読は諦めて、再び通行人の観察に戻った。

 ひとりひとつずつ必ず手に持っている、長方形の薄い小さな箱はなんだろう。


 道行く人、擦れ違う人たち皆が、両手で触れたり片耳に押し当て保持している。

 同じ箱を持たない僕はひょっとすると、この時代の人間ではないと周囲に自ら示している。そうなればどうなる、全身袋叩きか。


 最悪の結果を想定しつつも、ひとまず交番に駆け込んだ。

 交番という文字と意味合いは、僕の知る交番と同じだったため、保護してもらいたい旨を伝えた。単刀直入に、世間話も交えずに。


「気づいたらこの世界にいて、記憶がないからどうにかしてほしいって。

 そりゃ坊主、転生ものの読み過ぎだ。

 漫画ばかりではなく、偶には活字の本も読みなさい」


 どうして助けてくれないのだろうか、まるで僕には分からない。

 漫画は知っているが転生とは、遊んでいると思われてしまった。


 時代が違っても言葉さえ通じれば、意思の疎通は可能なものだと思っていた。

 ましてや同じ国だ。大幅に文化や慣習が変わることなど、まずないはずだと。

 自分の甘さに反吐が出る。


「これがタイムマシンです」


 気を持ち直し、配線剥き出しの重く大きな箱を台にドンと載せた。

 しかしお巡りさんは呆れ声を上げ、すぐさま手で払ってしまう。

 硬い床に打ちつけられた衝撃で、タイムマシンは大破した。


 僕の帰り道が消えた。

 壊すつもりはなかったのだろう、少し分の悪い顔を見せながら怒られた。


「ふざけていないで帰りなさい。君、中学生くらいだろう。親が心配する」

「親はいません(この時代には)」

「じゃあどっから来たの、来た場所に帰りなさい」


 それは、と言葉に詰まる。たった今僕は目の前で、帰還の手段を失った。

 帰りたくても帰れない、設計図は過去に置きっ放しだ。床に散らばるタイムマシンの残骸を拾い集めると、母の作った布地の手提げ鞄にしまう。


 僕はトボトボと肩を落とし、交番を後にした。最初に訪れた、公園のベンチに腰を下ろすと、間もなく学ラン姿の男に声をかけられる。


 未来の世界にも学ランが存在していた事実に安堵しながら、僕はゆっくり顔を上げた。知らない土地で、見知った制服は安心する。

 しかし学ラン姿の男は、僕の手元を見るなり不思議そうな顔をした。


「まさか新紙幣じゃないよな、何その札。俺、初めて見た」


 男は目を見開き、興味深そうに僕のがま口財布を見つめる。

 だがなんと心外なことだろう。


「確かに太子は持ち合わせていないが、このお札は博文に具視ともみだ。

 どこが珍しい、これらの一体何が不満だ」


 学ラン男は冷笑した。


「五百円は紙じゃない、硬貨だよ」


 僕は言葉を失った。

 僕の持ってきた、桜の花の描かれた五百円札が、まさか偽札だったとは。

 男は去っていった。


 総合病院を訪ねると、受付の人から「予約のない方は受診できません」と即刻追い出されてしまう。


 だから学校職員室に飛び込むのだけど、ここは僕の母校でもあるのだけど。

 今度は「先生方の働き方改革のため、放課後は速やかに下校ください」と素早く出ていくよう促されてしまう。


「それは町村合併前の名称だ、真面目に答えなさい」


 ふざけているつもりなど、毛頭ない。僕は真剣に質問している。

 名前、年齢、住所、血液型、得意な教科、好きな食べ物、他。

 僕は僕を形作る、あらゆる要素を正直に、包み隠さず答えていた。


 すると周囲は誰も僕を知らなくて、これは僕の睨んだ通り、喜ばしいことだ。

 しかし周囲が誰も、僕の言葉に耳を傾けてくれないとは。

 ここまでの考えには及ばなかった。


 変わった人、迷惑な人、自分の人生には無関係の人。

 そう勝手に決めつけて、関わらないよう距離を置かれる。

 責任逃れの準備をされて、真剣に取り合ってもらえない。


 好奇な目に曝されて、児相や病院をたらい回しにされた。

 悲願の達成だというのに何故だろう、この虚しさは。

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