第9話 作戦会議
祭壇は前に来た時と同じ状態で、特に変化はなかった。
菅原君が静かに言う。
「印を塗りつぶすために、犯人は今日、必ずここに来る」
「その時までどう待つ」と神崎君。
「懐中電灯を点けてると当然警戒されるから、消して待ってよう。犯人が来れば足音で分かる。その時に犯人の顔を照らしてやろうじゃないか」
「ええっ、じゃあ真っ暗闇の中で待つの?」と僕。
「そうだよ。じゃないと犯人に勘づかれて逃げられるかもしれない。それに、もし犯人が複数人いた場合、オレ達だけじゃ
「おいおい、聞き捨てならねーな。何のために俺がいると思ってる。俺は敵が複数だろうが武器を持ってようが構わねーよ。実戦を想定した稽古なんざ当たり前のようにやってんだ。試合しかできねぇエセ武道家と一緒にすんじゃねぇ」
「はぁ」と、菅原君は溜息をついて、「神崎は戦いたいだけでしょ。オレと菊池君を巻き込むんじゃないよ」
「お前達は俺を置いてさっさと逃げればいい。むしろ足手まといだからそうしてもらった方が助かる。俺だけここに残って戦う」
「それはダメ。逃げる時はみんな一緒だ。もし神崎が逃げないなら、オレ達は
「えぇ、それはちょっと……」と、僕は思わず本音を漏らした。
「ほら、菊池は逃げたそうだぜ」
「そうだよ菅原君。犯人は神崎君に任せて僕らは早く逃げようよ」
「なんだと菊池この野郎! 俺を置いてくのか!」
「ひぃっ、なんで怒るのさ。残りたいんでしょう?」
「そんなにハッキリ言われたらムカつくんだよ。決めた。お前達が残っても俺は戦う」
「あーもう、菊池君ダメじゃない。神崎をその気にさせたら」
「うぅ、僕が悪いのかな……」
「仕方ない。もし犯人の数が多かったら、オレ達だけで逃げて、すぐに警察を呼ぼう。神崎も無理そうだったらすぐに逃げてね」
「そんなことあり得ねえよ」
「万が一にだよ。さて、じゃあ作戦をまとめようか。まずここで犯人が来るのを待つ。いや、正確にはここから少し離れた場所だ。その方が勘づかれにくくなる。で、犯人は当然ライトを使ってここに来るだろうから、その光が遠くに見えたら、その方向から見えない位置に身を隠そう。そして、犯人が来たら三人で捕まえる。でも、もし犯人の数が多かったら、神崎が犯人を足止めしてる間に、オレと菊池君だけ逃げて、警察を呼ぶ。こんな感じかな」
「あの、ちょっといい?」と僕。「犯人の数が多かったらって、具体的にどれくらいの人数?」
「うーん、そうだね。オレ達の戦力は三人だから、四人以上だったら多いと見なそう」
「てことは、三人以下なら僕達も戦わないといけないってこと?」
「お前らの出番なんかねーよ」
「神崎はこう言ってるけど、まあ菊池君の言う通りだね。三人以下の時はオレ達も神崎をサポートしよう」
「サポートって、どうやって?」
「唐辛子スプレーがあるでしょ? それを犯人に使えばいいんだ」
「ああ、なるほど」
僕はいい案だと思ったが、神崎君が反対した。
「おいおい、そんなもん使ったら俺の目まで潰れるだろ。もっと他の武器にしろ」
「他の武器なんて無いだろ」と菅原君。
「何言ってんだ。足下にたくさんあるじゃねーか。石っていう立派な武器がよ。これを木の陰から犯人に投げつけてやればいいんだ。スプレーには極力頼るな。向かい風の時に使えば使用者側の目が潰れる。最後の手段として取っておけ」
「さすが神崎。戦略の立て方が上手いね。じゃあ、オレと菊池君は石で犯人に応戦するとしよう。さて、作戦は以上だ。何か質問はある?」
「ねーよ」
「僕も無い」
「よし。じゃ、暗くなる前に手頃な石を集めておこうか。一応日が沈む前に来たけど、おそらく犯人は人がいない深夜に来ると思うから、それまでは待機だな。あ、それから、待機場所は三人で分けよう。違う場所に待機してた方が、犯人に早く気づける。もし誰かが犯人に気づいたら、石か枝で音を立てて、他の人に伝えることにしよう。……ああっと、それからこれも大事だ。スマホの電源は絶対に切っておいてね。犯人が来た時に音が鳴ったら大変だから」
「おお、りょーかい」
「分かったよ」
菅原君から作戦を聞き、ひとまず石を探すことにした。ぶつけたら威力が出そうで、それでいて投げやすそうな石を探す。
その後、僕達は別れ、祭壇から3メートルほど離れた位置にそれぞれ隠れた。近くに仲間がいると分かっていても、心細い気持ちになる。スマホの電源を消し、木の幹に身を寄せて座った。足下にはさっき集めた十個の石を置いておく。
やがて日は沈み、辺りは一寸先も見えない暗闇となった。住宅地と違い、ここには一切の外灯が無い。その分、星の光がはっきりと見え、美しかった。枝に隠れている部分も多いが、それでも町で見る星空より美しい。ただ、満月は木々に遮られて見えなかったので、そこだけは惜しかった。
そのことを二人と話したかったが、犯人にバレるかもしれないので、むやみに声を出すわけにはいかない。
じっと星空を眺めていると、薰ちゃんが側に来て、話しかけてきた。
「綺麗だよね、星」
「うん」
僕は小声で返した。薰ちゃんは犯人に気づかれる心配がないので、自由に話すことができる。
「私、ずっと一人で見てたんだ、この星。ほら、首が木の上にあったでしょ? だからできることもないし、話せる人もいないから、ずーっと星を眺めるしかなかったの。でも不思議と飽きなかったな。この星空のおかげで、私は悪霊にならなかったのかもしれない」
僕は先ほどの心細さが恥ずかしくなった。薰ちゃんに比べれば、今の自分の孤独なんて砂粒みたいに小さい。僕は
「早く成仏できるといいですね」
だが、薰ちゃんの反応は少し冷たかった。
「……成仏して、何が変わるの?」
「え?」
「正直、成仏したくないのよね。だって、それってこの世から消えちゃうってことでしょう? 私、まだ死んだ実感がないの。だってこうしてキクっちゃんと話せるし、星も見れるし。でも成仏したら、本当の意味で死んだことになっちゃう。あ、でも、犯人には捕まってほしいって思ってるよ。だけど、それで本当に成仏できるのかな?」
「もしできなかったら、僕達と成仏できる方法を探しましょう」
「ちょっと、そんなに私に消えてほしいの?」
「違います。悪霊になってほしくないんです。ほら、よく言うでしょう? 幽霊は現世に長く留まると、悪霊になってしまうって。薰ちゃんにはそうなってほしくないんです。絶対に」
「……キクっちゃんは見たことあるの? 悪霊」
「ありますよ」
「どんな悪霊?」
「それは……聞かない方がいいですよ」
「……どうして?」
「怖いからです」
「何それ。幽霊が幽霊を怖がるわけないでしょ。言いなさいよ」
「嫌です。こんな真っ暗闇の中で怪談語るなんて頭おかしいでしょ」
「あんたが怖がってるだけじゃないの! 私に気を遣ってるみたいな言い方やめなさいよ」
「僕の身にもなってください。こんな暗い、しかも山の中に放置されるなんて。僕じゃなくても怖がりますよ」
「あっそ。じゃ、私と一緒にいない方がいいわね。神崎君の所に戻るわ」
薰ちゃんが離れていく。僕はその足にすかさずしがみついた。
「ちょっと、何やってんのよ!」
「こっちのセリフですよ。怖いって言ってるのにどうして僕から離れるんですか? 実はもう悪霊なんですか?」
「あんたさっきは怖いからくっつくなって言ってたでしょ!」
「あの時とは状況が違いますよ。今は一緒にいてください。ほら、餓死寸前の時なら、どんなに嫌いな食べ物でも喜んで食べるでしょ? それと同じです」
「例えが失礼極まりないのよ!」
「お願いしますお願いしますお願いします」
「……仕方ないわね」
薰ちゃんはしぶしぶといった様子で僕の横に腰を降ろした。
「ありがとうございます。薰ちゃん」
「……どういたしまして」
「人って、ただ隣に誰かがいてくれれば、それでいいんですよね……」
「あんたがそのセリフ言ってもダサいだけだから」
薰ちゃんと雑談をしながら時が過ぎていく。スマホの電源も切ってしまったので、今の時刻は分からない。
待ち始めてから体感で二時間が経過する。犯人が来る気配は未だに無い。辺りは静まり返ったままだ。
菅原君の言葉を思い出す。犯人は人目を避けるために深夜に来る。僕達がここに来たのは7時頃だから、そこから二時間が経過していたとしても、まだ9時だ。とうてい深夜とはいえない。せめて10時くらいにならないと、犯人は来ないだろう。
早く時間が来てほしいような、いつまでも来てほしくないような、複雑な気持ちになる。
ただそんな思いも、薰ちゃんとの好きな漫画談義で煙のように消え去った。
時間を忘れて熱中していた時、薰ちゃんが突然話すのをやめ、鋭く言った。
「静かに。来たわよ、犯人」
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