第10話 死臭と共に

 はっとして辺りを見渡すと、遠くの方に明かりが見えた。誰かがこちらに近づいてくる。


 僕は急いで犯人のライトが当たらない位置に身を隠すと、犯人が来たことを伝えるため、集めた石を二つ手に取った。それをガチッとぶつけて音を立てる。


 すると、パキッと枝を折った音が菅原君の方から聞こえてきた。「分かった」という意味だろう。それに続き、神崎君の方からも枝を折る音が聞こえた。


 僕は木の陰から少しだけ顔を出し、犯人の様子をうかがった。すると、薰ちゃんから後ろえりを掴まれ、即座に引っ張り戻された。


「ちょっと、顔出したら見つかっちゃうでしょ!」


「ごめ、むぐっ」


 咄嗟に謝ろうとして薰ちゃんに口を押さえられた。自分の行動がグダグダで嫌になる。怖くて冷静さを失っているようだ。


 犯人の足音がすぐそこまで近づいてきた。ライトの明かりが祭壇付近を照らし出す。


 犯人は祭壇の前で立ち止まった。僕は犯人の斜め後ろにいたので、もうライトで顔を照らされる心配はないと思い、そっと木から顔を出して様子をうかがった。


 犯人はヘッドライトを身につけていた。顔はよく見えないが、服装から性別は男だと分かる。また、なぜか両手で誰かを抱きかかえていた。


 犯人の方から死臭が漂ってくる。薰ちゃんの首を見つけた時と同じ臭いだ。ということは、犯人が抱えているのは死体だろう。


 まさか、新たな犠牲者の死体だろうか。そう思ってドキリとしたが、どうやらそうではなさそうだった。抱きかかえられた人物には首がある。供物であれば首が切断されているはずだ。


 また、犯人のライトに照らされ、死体の着ている服が白い死装束であることが分かった。わざわざ犠牲者にそんな服は着せないだろう。


 となれば、答えは一つしかない。犯人が生き返らせたい人物の死体だ。でも、当然それもおかしい。まだ供物は一人分しか捧げていないはず。それなのになぜ生き返らせたい死体を持ってきたのか……。


 考えていても答えは出ない。詳しいことは神崎君にやっつけてもらってから聞き出すしかないだろう。


 犯人が抱えていた死体を地面に置いた。棺桶にかかっている土とブルーシートを引き剥がす。そして驚いたことに、腰に下げていた鞘から日本刀を抜き放った。刀がライトを反射してギラッと光る。


 犯人が鞘から抜くまで、暗くて日本刀の存在に気づかなかった。ナイフくらいなら想定していたが、まさか日本刀を持ってくるなんて。これではさすがの神崎君も迂闊うかつに手を出せないだろう。


 緊急事態だ。これからどう動けばいいのだろうか。菅原君の指示も聞けないし……。今の僕にできることは、犯人の様子をじっと観察することだけだ。


 犯人が刀を右手に持つ。そして、自分の左手の甲を少し切った。傷口から一筋の血が流れる。そして、刀を鞘に収め、右手の指先で血をすくうと、足下の棺桶に印を付けた。祭壇の丸印を塗りつぶしているようだ。


 ここまでは予想通り。だが、そこから犯人は信じられない行動を取った。二つ目、三つ目、そして四つ目の丸印まで塗りつぶしたのだ。


 まさか、四人分の供物を捧げたのだろうか。しかし、供物は新月の夜に一人ずつ捧げなければならないはず……。


 混乱していると、夜の静寂に声が響いた。


「おい、おっさん。どうして四つも塗りつぶした」


 神崎君が犯人の前に出てくる。犯人の顔が神崎君の懐中電灯で照らされた。見たところ、三十代くらいだ。


 それにしても、神崎君の堂々とした態度には驚かされる。とても刀を持った人間と相対しているとは思えない。


 犯人は一瞬眩しそうに目を背けた後、神崎君に言った。


「君か? 私の儀式を邪魔しようというのは」


「あ? 邪魔されるのが分かってたみてーな口ぶりだな」


「分かってたさ。君だろう? 木の上にあった首を落としたのは」


「……どうしてそれを」


「私は儀式が問題なく進むよう、首と祭壇に異常が無いか定期的に確認していた。それで五日前気づいたんだ。髪を縛っている枝の位置が大きくずれ、おまけに顔に砂が付着していることにね。これは誰かが首を地面に落下させた後、ご丁寧にまた木の上にくくりつけたことを意味する。警察ならそんな真似はしない」


「ふんっ、ご名答。お前の言う通りだ。ま、そっちも訊きたいことは山ほどあるだろうが、先にこっちの質問に答えてもらおうか。どうしてすべての印を塗りつぶしたんだ?」


「そこに疑問を持つということは、やはり君もソイノメ様のことを知っているね。だったら分かるはずだ。供物を四人分捧げたまでだよ。いや、正確には五人になってしまったが」


「五人? どういうことだ」


「昨日までに五人分、供物を捧げたということだよ。君が一人目の首を地面に落としたせいだ。首はソイノメ様への目印。それを取り外し、しかも砂で汚したとなれば、ソイノメ様を怒らせる可能性がある。だから、代わりに新しい供物を用意したというわけだ」


「……じゃあ、お前、五人も殺したのか?」


「そうだ。君のせいだろう。君が首を汚さなければ、四人だけで済んだんだ。それだけじゃない。新月の夜を待たずに、すべての供物を捧げたのも、これ以上君に儀式の邪魔をされたくないからだ。最初は新月の夜でなければ供物を受け取ってもらえないと思っていたんだが、何事も試してみるものだね。幸い、供えた胴体はすべて消えていたよ。ソイノメ様が受け取った証拠だ」


「それは変ですね」


 そう言って、菅原君が犯人の前に出てきた。


 犯人が平然と言う。


「なんだ、二人いたのか。いや、それとも他にも隠れているのかな」


 図星を付かれ、僕のこめかみに冷や汗が滲んだ。


「ぎくぅ」と、薰ちゃんがわざとらしいリアクションを取る。


 菅原君が犯人に言った。


「儀式は正確に行うべきです。あなたは言いました。ソイノメ様を怒らせたくないと。しかし、儀式の段取りを早めれば、それこそソイノメ様の怒りを買うのではありませんか? そうなれば、あなたは呼び出したソイノメ様に殺されるかもしれませんよ」


 犯人は声に怒りを滲ませて答えた。


「どの口が! 元はと言えばお前らが邪魔するせいだろう。私だって儀式を早めるような真似はしたくないんだ。そもそも、人殺しだってやりたくてやってるわけじゃない。ただ、妻を生き返らせるには、この方法しかないんだ」


「どうせ失敗する儀式のために、なぜそこまでするんですか? 死人が生き返るわけないでしょう?」


「黙れ! 私は妻のためなら何だってする。お前らガキには分からないだろうがな」


「……」


 菅原君は少し黙った後、投げやりな口調で答えた。


「では、好きにすればいいんじゃないですか? オレ達はもう邪魔しませんから」


 神崎君が慌てた様子で言う。


「お、おい、いいのかよ」


「もう何もかも手遅れだよ。今更あの人を止めても、殺された人達は救えない……」


 犯人が落ち着いた声で言う。


「それでいい。君達は黙ってそこで見ていろ」


 犯人は地面に横たえていた死体を抱え、祭壇の上に置いた。神崎君と菅原君の懐中電灯が祭壇を照らし、死体の姿がはっきりと見える。白い死装束は所々が赤黒い体液に染まり、顔も赤黒く腐敗して、もうどんな顔立ちなのか分からなくなっていた。


 犯人は刀を鞘から抜いて言った。


「あぁ、ついにこの時が来た。ソイノメ様よ、出でよ!」


 犯人が刀を地面に突き刺す。その瞬間、突き刺した部分から大量の血が噴き出した。その血が辺りを瞬く間に染めていく。地面も、空も、暗闇も、すべてが真っ赤に染まった。


 気づけば辺りの草木は消え去り、ただただ赤い世界が、どこまでも広がっていた。

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