第6話 真相半解明

 薰ちゃんはこれまでの経緯を語ってくれた。それによると、薰ちゃんはこの町に住むOLで、仕事が終わって一人で夜道を歩いていたところを、何者かに突然襲われたらしい。


「後ろからひもか何かで首を絞められてね、抵抗したんだけど、すぐに気絶しちゃったの。で、気づいたら首が木の上にくくりつけられてたってわけ」


「……ん、えっ、早すぎないですか? 展開が」


「そうなの。たいして苦しくなかったから、そこは良かったんだけどね。たぶん、犯人はそのまま首を絞めて私を殺して、その後、死体をどこかに運んで首を切断したんでしょうね」


 薰ちゃんは軽い調子で言っているが、実際は凄惨せいさんな現場だ。


 薰ちゃんがそのままの調子で話し続ける。


「でね、それからなんだけど、私はすぐに自分が誰かに殺されて、幽霊になったってことに気づいたの。賢いでしょ? しかも、自分の切り離された胴体と意識が繋がってるってことにも気づいた。だから意識を胴体に集中させたら、胴体を動かすこともできたし、胴体の周辺に何があるのかも見ることができた。不思議だよね。胴体に目は無いのに。ま、それはともかく、それで私の胴体がどこにあったかっていうと、真っ赤な世界にあったの」


「真っ赤な世界?」


「そう。そうとしか形容できない。地面も空も真っ赤っか。で、私の胴体を首無しの人間が持ち運んでたのよ。全部で五、六人はいたかな。私、それ見てもうびっくりしちゃって、怖くて逃げたのね。私も首無しだけど。でも動かせたのは霊体の胴体だけで、肉体の方はそのまま首無し人間に持ち去られちゃった。それで、ダッシュで逃げ続けたら、いつの間にかこの山にいて、その後はずっと彷徨さまよってたの。自分の首を探して。でも景色が全部同じだから、山の中のどこにあるのか全然分かんないのよ。そんなこんなで毎日首を探してたら、神崎君と白髪ちゃんに出会ったの。で、神崎君がイケメンだから取り憑いたってわけ」


 神崎君に取り憑いた理由はよく分からなかったが、とにかく、これで楔山が心霊スポット化した原因は分かった。ネットに書き込まれた首無し幽霊の情報は、首を探す薰ちゃんのことだったようだ。


 ただ、真っ赤な世界や胴体を持ち去る首無し人間については、何が何だかさっぱり分からない。


 とにかく、僕は薰ちゃんから聞いたことを二人に伝えた。


 菅原君が思案顔で尋ねる。


「ねえ、薰ちゃん。薰ちゃんを襲った犯人は一人だけだった?」


「うーん、分からないけど、たぶん一人。私が知ってるのは首を絞めてきた一人だけ。他は見てない」


「たぶん、一人だと思うって」と僕が伝言する。「首を絞めてきた人しか見てないから」


「犯人の顔は見た?」


「それが見てないの。後ろからいきなり襲われたから」


「後ろから襲われたから見てないって」


「そっか……犯人が誰なのか、心当たりはある?」


「それがね、ぜーんぜん無いの。恨みを買うようなこともしてないし、ストーカーにつきまとわれてるってこともなかったし。通り魔みたいなものじゃないかな? ほら、最近よくあるでしょ。犯人が誰でも良かったって簡単に人を殺すような事件」


「心当たりは全然ないって。通り魔の無差別殺人じゃないかって薰ちゃんは推測してる」


 菅原君は悩ましげにうなり、眉間にしわを寄せた。


「うーん……。首を見つけた時点で嫌な予感はしてたんだけど、もしかしたらこれは、ソイノメ様を呼ぶための儀式かもしれないね」


「ソイノメ様?」さっきから存在感が無かった神崎君が言う。「なんだそいつは」


「この地域に伝わる妖怪だよ。ソイノメ様は首だけの妖怪で、斬首された罪人の怨霊が寄り集まって生まれたと言われてる。薰ちゃんが言ってる真っ赤な世界ってのは、ソイノメ様がいる異界いかいのことで、首無しの人間達はソイノメ様の眷属けんぞくだろうね」


 僕は分からない単語が多くて尋ねた。


「イ、イカイ? ケンゾク?」


「眷属は手下のことだよ。で、異界っていうのは、オレ達がいる現世とは別の世界のこと。神様や妖怪はいつもそこにいる。普通、異界へ通じる道は閉ざされていて、人間は自由に行き来できない。でも、薰ちゃんは霊体になったから、異界から現世に戻って来れたんだろうね。だけど肉体は、供物くもつとしてソイノメ様にささげられたんだよ」


「ふーん」と神崎君。「つまり、犯人はそのソイノメ様とかいう奴に胴体をやるために、村井の首を切って殺したってことだな。そこまでしてソイノメ様を呼び出す理由ってなんなんだ?」


「ソイノメ様はね、人を生き返らせる力を持ってるって言われてるんだ」


「ふっ、馬鹿馬鹿しい」


 神崎君が嘲笑ちょうしょうして言う。


「オレもそう思うよ。でも事実、そういう伝承があるんだ。犯人はそれを信じて、ソイノメ様を呼び出そうとしてるんだろう」


 僕は恐る恐る尋ねた。


「ソイノメ様は、まだ呼び出されてないの?」


「分からない」菅原君は首を振って、「ソイノメ様を呼び出すには特定の手順を踏んで儀式をしなければならない。儀式は満月の夜に祭壇さいだんを設置するところから始まる。祭壇に血で丸印を四つ付けて、次の作業を行う新月の夜を待つ。その時に必要になるのが首と胴体だ。首はソイノメ様への目印として木の上にくくりつけて、胴体は供物として木の根元に置いておく。そして、次の満月の夜に、祭壇の丸印の一つを血で塗りつぶす。この作業を満月と新月の夜が来る度に四回繰り返すんだ。そして、最後の満月の夜に、四つ目の丸印を塗りつぶすと、ソイノメ様が現れて、死人を一人生き返らせてくれる。とまあ、こんな流れで儀式は進む。だからもし、祭壇の印が四つとも塗りつぶされていれば、もう儀式は終わってるってことだ」


 神崎君が嘲笑混じりに言う。


「てことは、供物は四人分必要ってわけだ。四人も殺して、生き返るのは一人だけ。コスパ悪すぎだな」


「人を生き返らせる術なんて全部こんな感じだよ。簡単だったら、すぐに試されて嘘だってバレるからね」


「菅原はソイノメ様がいないと思ってんのか?」


「いや、ソイノメ様は本当にいるかもしれない。でも、人を生き返らせることなんて絶対にできないよ。人が生き返った話なんてオカルトマニアのオレでも聞いたことがない。失敗談ならいくらでもあるけどね」


「だが、犯人は信じてるみたいだな。で、どうする? 警察に通報するか?」


「それはやめておいた方がいいよ。警察に薰ちゃんやソイノメ様の話をしても信じてもらえないだろうから、間違いなくオレ達が薰ちゃんを殺した犯人だって疑われる」


「だよな。でも、ほっといたら新たな犠牲者が増えるぞ」


「そうだね……。供物の配置は決まってて、供物を置いた場所を線で結ぶと、正方形になるはずなんだよ。そして、その中心には祭壇がある」


「その祭壇ってのは、どんな物なんだ?」


「祭壇は別にどんな物でもいい。ただ、そこに生き返らせたい人間の死体を置かなきゃいけないから、それなりの大きさはあるだろうね。そして、祭壇には捧げた供物の数だけ印が付けられてるはず。見つければ儀式の進行具合が分かるよ」


「なるほど。首を探さずとも、村井以外の犠牲者が何人いるか簡単に把握はあくできるってわけだ」


 薰ちゃんが口を挟む。


「ちょっと、さっきからなんで呼び捨てなのよ。村井じゃなくて薰ちゃんって呼んで」


「あの、薰ちゃんが」


「黙れ」


「ひぃっ……」


 神崎君ににらまれて口をつぐむ。ただただ怖い。神崎君は意地でも呼び捨てで通したいらしい。


 菅原君が悩ましそうに話を続ける。


「ただ、問題は祭壇がどこにあるのかだね。供物の場所が一つしか分かってないから、祭壇の場所を特定できないんだよな。せめて二つ分かれば、ある程度しぼれるんだけど」


「村井はなんか知らねーのか?」


「なーんにも。ここら辺は自分の首を探して歩き回ったけど、変わった場所なんて見なかったわ」


「そんな場所見たことないって」


「んー、山は広いから、闇雲に探してたらいつまでかかるか分からないし……」菅原君は目をつむって考えを深めた後、僕を見て言った。「菊池君、君の力でなんとかならないかな。薰ちゃんの首を見つけたみたいに」


「えっ……」


「もし他の首があれば、その声が聞こえるかもしれない」


「でも、薰ちゃんは声を出してくれたから分かっただけで……」


「呼びかければいい。そしたら答えてくれるかもしれないよ」


「ああ、そういうことか。分かった。試してみるよ」


 僕は大きく息を吸い込み、精一杯の大声で呼びかけた。


「首だけの人は返事をしてくださあああああい」


 驚いた鳥がバサバサと飛び立つ。それ以外の音は特に聞こえない。


 僕は小さな声でも聞き逃すまいと、目をつむって意識を集中した。神経を研ぎ澄ます。一番近くからは薰ちゃんの気配がする。もっと遠くから、別の霊の気配がしないか……。


 こんな作業は今までにやったことがなかった。わざわざ自分から霊の存在を感知しても怖いだけだ。だから、自分の霊感を最大限までませる感覚は新鮮だった。


 霊の声は聞こえないが、霊の気配がゾわゾわと全身を刺激する。肌感覚に似ているが、少し違う。五感を介さない奇妙な感覚だ。そして、その刺激は日常であれば意識しないほどに小さなものだった。その小ささから、動物霊のものだと分かる。人の霊の気配はもっと大きく、鳥肌が立つような感覚がする。もしかしたら声が聞こえずとも、気配だけで首の位置を特定できるかもしれない。


 動物霊の気配をき分け、人の霊の気配を探ってみる。すると、それらの奥から異様な気配がただよってきた。動物でも人の霊でもない、何か異様なものの気配がする。その気配が全身を通じて脳を刺激し、強烈な不快感に襲われた。


「うっ」


 僕は咄嗟とっさに集中を解いた。呼吸が乱れ、肩が激しく上下する。まるで長時間水中に潜った後、水面から顔を出したかのような感覚だった。


「大丈夫!? 無理しなくていいからね」


 菅原君が心配そうに言う。


「ありがとう。なんか、変な感じがして」


「変な感じ? 声が聞こえたんじゃないの?」


「声は聞こえなかったけど、変な気配を感じたんだ。人の幽霊の気配じゃなくて、異質で、嫌な気配……」


「その気配はどこから感じたの?」


「あそこだよ」


 僕は気配を感じた方向を指さした。


 菅原君が目を輝かせて言う。


「もしかしたら、祭壇があるのかもしれないね。行ってみよう」


「や、でも、祭壇なのかは分からないよ。それに、危険かも」


「危険かどうか、確かめに行こうじゃないか」


 そう言って菅原君は一人でその方向へと歩いていった。


「えっ、ちょっと待ってよ」


 声をかけるが、菅原君は無視して進んでいく。


「無駄だ」と神崎君。「あいつがあのモードに入ったら誰も止められない。ほら、俺達も行くぞ」


 神崎君に腕を掴まれ、無理やり連行される。


「ええ、まだ心の準備が」


「お前の心の準備なんて一生終わらないだろ」


 二人で菅原君の後を追う。薰ちゃんも含めれば三人だ。


「何が出るかな。何が出るかな」


 薰ちゃんが歌うように言っている。


 死人は気楽でいいと、僕はつくづく羨ましく思った。だからといって死人になりたくはないが。

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