君のいない海に夏めく

αβーアルファベーター

夏が――

◇◆◇


プロローグ


――僕は、夏が嫌いだ。


照りつける太陽も、肌にまとわりつく潮風も、浮かれた声で満ちる浜辺も。

そのすべてが、僕には騒がしすぎた。


「海、行こうぜ」


君はいつも、そう言った。

夏が来るたび、当たり前みたいな顔で、疑いもせずに。


「またかよ」


僕は内心、舌打ちをしていた。

暑いし、日焼けはするし、人は多いし。

それに何より、僕は一人で静かに過ごす時間のほうが好きだった。


「夏休みだぞ? せっかくだろ」


君は笑っていた。

その笑顔が、なぜか少しだけ眩しくて、少しだけ鬱陶しかった。


僕は、君のことをよく思っていなかった。

少なくとも、あの頃の僕は、そうだった。


夏が来るたびに、海へ行こうなんて。

どうしてそんなに、同じことを繰り返すんだ。


僕は知らなかった。

その「いつも」が、どれほど壊れやすいものだったのかを。



◇◆◇


君は、冬が嫌いだと言っていた。


雪が降るたび、僕は胸が高鳴った。

白く染まる世界。

息が白くなる朝。

凍えるほど冷たい空気の中で、なぜか生きている実感が強くなる。


「雪合戦しようぜ!」


そう言うと、君はいつも少し困った顔をした。


「寒いの無理なんだって」


そう言いながらも、君は外に出てきた。

でも、全力で雪を投げ合うことはしない。


黙々と雪だるまを作って、完成すると満足そうに眺めて、

そして、どこかへ行ってしまう。


「もう終わり?」


僕がそう聞くと、君は肩をすくめて言った。


「うん。先に戻るわ」


どうしてだよ。

せっかく雪が降ってるのに。

せっかく冬なのに。


僕は、だんだん苛立ちを覚えるようになった。


夏が嫌いな僕と、冬が嫌いな君。

僕たちは、あまりにも違っていた。


「なんでそんなに冬を嫌がるんだよ」


ある日、ついに言ってしまった。


「僕はこんなに冬が好きなのに」


君は少し黙ってから、笑った。


「人それぞれだろ」


その笑顔が、どこか遠く感じられた。


その日から、僕たちは少しずつ話さなくなった。

季節が変わるたび、心の距離も変わっていった。


それでも、僕は思っていた。

また夏になれば、君は海へ行こうと言うだろう。

また冬になれば、僕は雪合戦に誘うだろう。


そうやって、違いながらも、隣にいる。

それが友情なんだと、勝手に信じていた。


――けれど、こんなことになるなんて。



◇◆◇


君は、突然いなくなった。


理由も、前触れもなく。


最初は、ただの欠席だと思った。

次の日も、その次の日も、君の席は空いたままだった。


「体調崩したらしいよ」


誰かが、そう言った。


それだけだった。

詳しいことは、誰も知らなかったし、誰も深く聞こうとしなかった。


僕も、聞かなかった。


夏が来た。

君はいなかった。


海へ行こうなんて、誰も言わない。

夏は、ただ暑いだけの季節になった。


冬が来た。

雪が降った。

雪合戦に誘う相手はいなかった。


白い世界の中で、僕は一人で立ち尽くしていた。


そのとき、ようやく思った。


――君は、本当に冬が嫌いだったのだろうか。



◇◆◇


答えを知ったのは、春の終わりだった。


君の母親から、話を聞いた。

静かな声で、淡々と。


君は、病気だった。

もう、ずっと前から。


「手遅れだって、本人もわかっていたの」


その言葉が、胸に突き刺さった。


冬が嫌いだと言っていた理由。

寒いのが苦手だったからじゃない。


体が、冷えに耐えられなかったから。

無理をすれば、悪化するとわかっていたから。


それでも、君は笑っていた。

僕を悲しませないように。


「冬が嫌いなんだ」


そう言えば、僕は深く追及しないと知っていたから。


君は、去っていった。

何も言わずに。


僕の夏嫌いは、ただの我儘だった。

暑いのが嫌だ、人混みが嫌だ、面倒くさい。


君の冬嫌いは、嘘だった。

僕を守るための、優しい嘘だった。


やっぱり、君と僕は全く違う。



◇◆◇


エピローグ


僕は、夏が嫌いだった。


いつも海へ行こうなんて、言われていた頃は。


今はもう、誰も言わない。


波の音だけが、静かに耳に届く。

君のいない海。


僕は、夏が嫌いな僕を嫌いだ。


あのとき、もう少し素直だったら。

もう少し、一緒に笑えていたら。


後悔は、季節のように巡ってくる。


それでも、君と過ごした日々は消えない。

違っていたからこそ、並んで歩けた時間があった。


だからこそ、今、僕はここに立っている。


君のいない海に、夏めきながら。


友情というものが、

どれほど大切だったのかを、

遅すぎるほど、深く知りながら。


――君は、僕の季節だった。


そして、その季節は、

二度と戻らない。

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