『第一章:後編』 それは、訓練と呼ばれていた
格納区画の空気は、教室とはまるで違った。
油と金属、微かに混じる焦げた匂い。
天井を走る配管から、低い蒸気音が響く。
「……でか」
魂夢は、人型ではあるが“人間の延長”ではない。
装甲は厚く、関節は異様に滑らかだ。
まるで、生き物が眠っているようだった。
「本日は搭乗訓練だ」
一色涼の声が、格納区画に反響する。
「操縦は行わない。
起動、同調、切断――それだけだ」
ざわめきが走る。
「え、乗るの?」 「聞いてないぞ」
「聞いていないのは当然だ」
一色は即座に言葉を切る。
「これは“授業”ではない」
その一言で、空気が変わった。
「……班分けは?」
その時、藤堂美咲が自ら前に出る。
「勝手に前に出るな、個別だ。順番に呼ぶ」
一色に呼ばれ、一人、また一人と、簡易搭乗フレームに入っていく。
起動ランプが点灯し、コアが淡く光る。
だが――
「同調率、低すぎ」 「反応遅延あり」 「切断、早く!」
葵の冷静な声が記録を読み上げる。
ほとんどの生徒が、数秒でギブアップだった。
「……こんなもんかよ」
岩城豪が降りてきて、舌打ちする。
「次。高瀬」
拓真は一瞬、息を止めた。
フレームに固定される。
視界が暗転し、次の瞬間――
世界が裏返った。
――音が、近い。
――熱が、わかる。
――“ここ”に、何かがいる。
(……うそだろ)
コアが、応えた。
ランプが一段、二段と明るくなる。
計測モニターが一斉に警告色へ変わる。
「同調率……上昇中?」 「待って、数値がおかしい」
「高瀬、切断しろ!」
一色の声が飛ぶ。
だが拓真は、指が動かなかった。
――聞こえる。
蒸気の流れ。
関節のきしみ。
まるで、機体が“呼吸”している。
(これ……)
「高瀬!!」
強制切断。
衝撃とともに、世界が現実に戻る。
拓真は、荒く息をしながらフレームから降りた。
「……すみません」
誰も、すぐに言葉を発しなかった。
一色涼は、モニターを見つめている。
その目に、教師の色はなかった。
「今日は、ここまでだ」
短く告げる。
「この件は、他言無用。
今後の訓練内容は――変更される」
それが、何を意味するのか。
生徒たちは、まだ知らない。
だが確かに、この日を境に――
霞ヶ丘学園は、学校ではなくなった。
拓真は、遠くで再び蒸気音を聞いた気がした。
まだ名もない魂夢が、
静かに、目を覚ました音を。
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