『第一章:前編』 霞の中で、歯車はまだ回らない
山に囲まれた校舎は新しく、無駄がなく、どこか無機質だ。
通学路に並ぶ街路樹も、校門の看板も、すべてが整いすぎている。
――軍直轄。
その事実を、表立って口にする者はいない。
だが、生徒たちは皆、薄々と理解していた。
ここは、普通の学校ではない。
「……やっぱり、ここ設計おかしいよな」
高瀬拓真は、校舎の配管を見上げながら小さく呟いた。
露出した蒸気管。太さ、配置、逃がし弁の角度。
どれもが“教育施設”のそれではない。
「拓真!またそんな管ばっかり見てんの?」
隣から声が飛ぶ。
「気になるだろ。これ、完全に工業設備だぞ」
「はいはい。拓真はそういうの好きだもんね」
軽く笑いながらも、綾は同じ方向を見る。
彼女とは幼い頃から同じ町で一緒に育ってきたせいか、拓真の癖をよく知っていた。
霞ヶ丘学園。
正式名称は霞ヶ丘学園・特殊技術防衛課程。
表向きは、最新技術と防衛教育を扱うエリート校。
だが入学して一年、拓真たちはすでに“違和感”の正体を感じ始めていた。
教室に入ると、十六席。
この学園では、一学年一クラス・十六人固定。
欠員は補充されない。
「全員いるな」
低く通る声が教室に響いた。
担任教師
切れ長の目、無駄のない姿勢。
教師というより、どう見ても軍人だった。
「次は格納区画に集まれ。遅れるな」
それだけ言い残し、一色は教室を出ていく。
ざわつく空気。
「相変わらず愛想ないよな」
誰かが呟いた
「少なくとも、無駄な指示は出さない」
軽い動作。無意識だろうが、所作から格闘技経験者と感じさせる。
「格納区画ってさ……あそこ、去年より立ち入り制限増えてるよね」
「気づいたか?」
端末を操作しながら、視線はすでに“次”を見ていた。
「軍の通信帯域が、今朝から増えてる」
「……また、かよ」
何かが起きている。
だが、まだ“説明”される段階ではない。
〈格納区画〉
巨大な扉の向こうに並ぶのは、
灰色の装甲を持つ 人型機動兵器 魂夢〈こんむ〉
まだ愛称もない。
誰のものでもない。
ただの一般機。
一色の声が響く。
「実戦運用を行なう予定はまだない。しかし知る必要はある。覚えておけ。これは“道具”じゃない」
拓真は、無意識に一機の前に立っていた。
胸部に埋め込まれたコア。
鈍く、それでいて生き物のように脈動する、正体不明の構造体。
その微かな振動に、拓真の指先が震えた。
――呼ばれている。
そんな錯覚。
「高瀬」
名前を呼ばれ、我に返る。
「……すみません」
一色は何も言わず、ただ拓真を見つめた。
その視線に、奇妙な重さがあった。
まだ、何も始まっていない。
だが――
歯車は、すでに噛み合い始めている。
霞の向こうで。
少年たちの知らない場所で。
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