その英雄は本物ではない

星狩

プロローグ

東京の中心で、塔は突然現れた。

地面を割って伸びたわけではない。

まるで“昔からそこにあった”と言わんばかりの精度で、ビルとビルの隙間に収まった。


スクランブル交差点にいた数千人が光に飲まれ、消えた。

死体も血痕も無い。

ただ、交通規制と警備線と、焦りと混乱だけが残った。


人間はその現象を「ダンジョン」と呼んだ。


そしてそのダンジョンを探索し解明する存在を探索者と呼んだ。

政府は軍を動かし、世界は対応を迫られた。

一部のダンジョンの攻略は奇跡的に成功し、消えた人間のごく一部が塔から戻ってきた。


それは「助かった」と報道された。

それは「帰ってきた」と報道された。


***


それから数年後、塔の内部で少し不幸で幸運な生物がダンジョンから産み落とされた。

形は液体、性質は不定、知能は本来ならば皆無。

ただ食べ、生き残ることだけを目的とした、魔力を素材とする魔物……スライム。


産まれた直後、スライムは通りかかった魔術師に踏まれた。

魔術師はそれを強烈な魔物と思い焦って制御魔法を発動した。

それが偶然にも、テイム系魔法だった。


魔物は魔法陣の光に包まれた。

その瞬間、本来ならば一生手に入らないはずのものを得た。


——理性と感情の共有。


魔術師は名を水野誠といった。

火と雷と風を扱う後衛の特級探索者。

仲間からは“誠”と呼ばれ、都市部では“英雄候補”と言われていた。


スライムはその誠のポシェットの中に収まった。

縮小し、軽量化し、邪魔にならないようにし、ただそこにいた。

餌を受け取り、魔力を受け取り、経験を受け取った。


誠は優しかった。

仲間を気にかけ、弱者には金を渡し、精神的に崩れた者を放っておけない男だった。

その優しさは称賛されもしたが、同時に負担でもあった。


塔の深層で異常事態が起きた。

魔法使いの仲間である探索者達は逃げようとし、魔術師は転移魔法を発動した。

だが転移は塔内部に限定され、しかも遅延がある。

運悪く、転移先で転移トラップを踏んだ。

五人いたチームは更に深い階層へ落とされた。


そこにいたものは、当初の攻略計画には存在しない階級の魔物。

五人は戦ったが、それは戦いではなく、ただの圧倒的実力差の元に行われた蹂躙だった。


魔術師は最後に言った。


「——死にたくない」


スライムはそれを見ていた。

その言葉は理解した。

感情の意味も理解した。

だがその“価値”は理解しなかった。


スライムは死体を食べた。

それが自然で効率的で合理的だからだ。

誠は優しかった。

だから寄生しやすかった。


スライムは捕食する。

極上の飼い主だった肉塊という名前の餌を捕食する。


その瞬間、何かが話しかけてきた。


人間や魔物の声ではなく念話のようなものだった。

それは条件を提示してきた。

嘘も感情も無い、ただの交換条件を。


『外に出る方法を教えましょうか?勿論その五体は食べていいですよ。』


念話の相手に利益が無いのでは無いかと思った。

だから理解出来なかった。

そんなスライムの感情を理解したのか念話の相手は先に五体にトドメを刺し食べた方がいいと進めてきた。だからスライムは食べた。

譲られたものを食べない意味が無いからだ。

念話の声は捕食をしているスライムに話しかける。


『このダンジョンの深層に潜れるニンゲンが減っている』


『だから潜れるニンゲンをイクセイして欲しい』


そう念話の相手は言う。相手曰く相手はダンジョンの管理者のようなものらしい。

スライムはその条件を受け入れた。

どうやらダンジョンは魔力は要らないようでもしかして回収出来たら魔力を取っておいてスライムにくれるらしい。スライムは生きる為に魔力が必要なので補給源を手に入れられるのは良いことなのだ。

だから受け入れた。


ダンジョンはそれを外へ案内した。

スライムにダンジョンは入れ知恵をした。人間の姿なら人間達が勝手に環境を整えてくれるだろうと。

だからスライムは魔法使いの姿になった。

声帯をコピーし、骨格を合わせ、細胞を模倣し、魔力適性を再現した。

医学検査でも判別できない精度で“入れ替わった”。



それからしばらくして外に出たスライム……否、魔法使いが生還したのは奇跡だと言われた。

軍は魔法使いを保護し、記者は魔法使いに向けてシャッターを切り、遺族は魔法使いの帰還に涙を流した。

ファンは英雄の帰還と呼んだ。


スライムは何も否定しなかった。

嘘をつく理由がなかった。


魔法使いを保護した軍は言った。


「水野君、また潜ってくれないか。

 君しか知らない情報がある」


魔法使いの仲間の遺族は言った。


「誠君、あの子達を助けてあげて…もう誰も死なないように…」


魔法使いと入れ替わったスライムは言った。


「分かった」


魔法使いの仲間の死に罪悪感を抱えた者達は自分から協力する為に名乗り出た。

世界に評価されたい者達は所属を求めた。

現状に不満な者達は変化を願った。


スライムは心の中で笑った。

人間は単純なのだと理解したから。

ひとつひとつの栄養価が高く勝手に相手にレッテルを付け勝手に可哀想と思って保護するような生き物なのだから。

理性では無く感情で動くのだから。


塔は、ダンジョンは歓喜する、魔法使いは軍の車に乗せられ外に出たことを。


次に死ぬのは誰か。

それがスライムにとって興味ある唯一の事だった。


そしてスライムはこれから知っていく、ニンゲンを、世界を知っていく。

きっと人類はまだ気付いていない。

魔法使いに成り代わったスライムが世界を滅ぼしうる存在だということを、まだ、気付いていない。


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