第3話 沈黙の立会人

 懐中電灯の光が、近づいてくる影を逆光で捉えた。

 僕たちは一斉に息を止め、颯太は反射的にスマートフォンの画面を自分の体で隠した。


「……誰だ」


 大輝が声を絞り出す。その拳は、隠しきれない恐怖で小刻みに震えていた。

 影がゆっくりと、光の輪の中へ踏み込んでくる。


 現れたのは、白いワンピースを着た女だった。

 十年前の記憶よりも少し大人びているが、その涼しげな目元には見覚えがある。


「柚月……?」


 美月が、引きつった声を漏らした。


 柚月。 湊の幼馴染で、僕たちのグループの「外側」に、いつもいた少女だ。


 卒業式のあと、彼女は誰にも何も告げずに、この街を去ったはずだった。


「みんな、揃ってるんだね。あの時みたいに」


 柚月の声は、驚くほど感情が抜けていた。

 彼女の視線は僕たちの顔を一人ずつなぞり、最後に颯太が隠しているスマートフォンの背面に止まる。


「タイムカプセル、開けたんだ」


「お前……なんでここに」

 大輝が詰め寄ろうとするが、柚月は微動だにしない。


「湊に呼ばれたの。メールが届いたから。『十年前の答え合わせをしよう』って」


 全員の背筋に、冷たいものが走った。

 死んだ人間からメールが届くはずがない。だが、目の前のガラケーが「生きていた」事実が、その不可能性を否定していた。


「柚月、お前も知ってるのか?」

 僕は一歩前に出た。

「この共有ドライブのこと。……『一万円』のこと」


 柚月の口角が、わずかに上がったように見えた。


「知ってるよ。だって、あの時、湊が泣きながら電話してきたもの」


 彼女はそこで言葉を切ると、崖の下の真っ暗な海へと視線を投げた。


「『みんなが嘘をついてる。僕が盗んだことにされてる』って」


 美月が激しく咳き込んだ。

 大輝は顔を背け、颯太は無言でスマートフォンの画面を見つめ直した。


 十年前、部室から消えた部費の一万円。

 誰かが盗んだ。誰もが「自分じゃない」と言った。

 そして、最後になぜか湊のカバンから、くしゃくしゃになった一万円札が見つかったのだ。


「あれは……湊がやったんだろ。現に見つかったんだから」

 大輝の声は、自分に言い聞かせているように聞こえた。


「本当にそう思ってるの?」


 柚月が静かに問い返す。

 その時、颯太が持っていたスマートフォンのスピーカーから、不快なノイズが響いた。

 ミラーリングされた大画面の、パスワード入力フォームが激しく点滅を始める。


『タイムリミット:05:00』


カウントダウンが始まった。


同時に、新たな一文が画面に刻まれる。


『パスワードは、罪を認めた順に並べた出席番号』


「出席番号……?」

 颯太が顔を上げる。


「待てよ、誰が罪を認めたんだ? 湊以外、誰も認めてないだろ!」

 大輝が叫ぶ。


 だが、僕の頭の中には、あの日の放課後の光景が蘇っていた。

 湊を囲んで、一人ずつ順番に「正直に言えよ」と詰め寄った、あの残酷な裁判。    僕たちは、湊に罪を認めるよう迫った。

 だが、今思えば、僕たちもまた「何か」を隠すために、彼を追い詰めていたのではないか。


「……僕からだ」


 僕の口から、勝手に言葉がこぼれた。


「僕が最初だった。湊に、返せよって言ったのは」


 颯太の指が、僕の出席番号「ゼロ、ハチ(08)」を打ち込む。

 ――通った。


 エラーは出ない。入力フォームが次の二桁を待っている。


「次は……誰だ?」


 僕は、震える美月と、顔面蒼白の大輝を見つめた。

 二人とも、喉を鳴らして沈黙している。  


 柚月は、そんな僕たちを嘲笑うような無機質な表情で立っていた。  


 あと、六桁。  


 崖の下から、 風に混じって「何か」が這い上がってくるような音がした。

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