第4話
この毎日は、どこか繰り返しだ。
病室の一日も。会社へ向かう朝の一日も。学校へ向かう朝の一日も。
違う景色のはずなのに、同じ速度で進む。同じ時間割で、同じ音が鳴る。
8時、トレーが来る。12時、トレーが来る。18時、トレーが来る。配膳が、僕の一日を区切る。
それは家でも同じだった。朝、目が覚めて、顔を洗って、コーヒーを淹れて、電車に乗る。やることは決まっていて、僕はその上を滑っていく。
世界は、AUTOで回っている。
若い僕が言っていたことが、いまなら分かる。全部画面の中でいい。苦しいところは飛ばして、綺麗なところだけ再生すればいい。現実は編集できる、と。
——ほんとうに?
病室では、編集ができない。「SKIP」を押しても、痛みは飛ばない。「RETRY」を押しても、身体は昨日の状態に戻らない。「AUTO」を押しても、勝手に人生はすすまない。
僕は、画面の中で生きている。
iPhoneの光。Macの光。通知の光。君の名前が光る。
でも、光は温度じゃない。
画面の中に君がいても、画面の中の君は、僕の指に触れない。僕が触れているのはガラスだけだ。ガラスはいつも冷たい。冷たいのに、完璧に指紋を残していく。
僕は思う。
もしこの世界が、もっと管理されていくなら。僕たちの暮らしも、同じように均されていくなら。そのとき最後まで残るのは、何だ。
たぶん、君の体温だ。
布団の中で、君が隣にいるという重み。寝返りの気配。呼吸がふっと変わる瞬間。僕が眠りの底から浮かび上がったとき、君がまだそこにいるという確信。
その確信は、文字では代替できない。
「おはよう」
朝だよ、と言う声。声が耳に触れる距離。返事が返ってくる時間。その小さな儀式が、僕を人間に戻す。
肌と肌が触れる、というのは、ただの甘さじゃない。それは確認だ。僕がここにいて、君がここにいる、という確認だ。
境界があるから、二人でいられる。
境界があるから、守れる。
だから僕は、帰りたい。
思い出の中に帰るんじゃない。画面の中に帰るんじゃない。
君のいる場所へ。君の体温がある場所へ。僕が僕でいられる場所へ。
*
昨日、退院のことで君と喧嘩した。
僕はもう退院できると言った。年末年始を病院で過ごすなんて馬鹿げている。でも君は12月18日に転院して、きちっとリハビリを受けた方がいいと言う。運動機能に問題はないように思われるが、言語機能に問題があるかもしれない。
君はもう少し病院でがんばってと言う。僕は帰れるなら帰って仕事に復帰したい。
何が正しいのかわからない頭で、ここからは自分の思いだけではなく、相手のことを考えた思いが大切だと誰かが言う。そう、今は僕が僕の頭で考えたことよりも、君の言うことが正しい。これからの人生がもし、僕がこれまで考えてきたより長いなら、十分にリハビリをするという選択は間違いではない。
君は病室のベッドの脇に座り、僕を説得する。僕は最後には折れて、わかったよと言う。
そしてようやく君の目で世界をみることができる。
君は僕をみている。君は本当に僕を心配している。君は僕を支えている。そして君は僕を愛している。
僕は僕の勝手なまま、君を愛してきたけれど、君は僕を愛している。
僕も、君の夢を叶えなければならない。
初めて、現実に会った日。二軒目の店を出ると、君は言った。
「歳をとってもずっと一緒にいたい。おじいさんとおばあさんになっても手を繋ぎたい」
僕は出会ったばかりなのに、未来を想像した。一日は、ただの一日ではない。彼女はその一日の終わりに、酔って自分のイメージをみせてくれた。
もし、幸せに歳をとれたなら、君は僕が君から故郷を奪ってしまったことを許してくれるだろう。
僕たちは僕たちの家に帰るのだ。
僕には残されていた愛の場所があるから。
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