第5章:王都を襲う厄災(バイオハザード)

 アレンとラムという「管理者」を失ったダンジョンは、わずか数時間でその牙を剥き始めた。



「……なんだ。この嫌な熱気は」


 ダンジョン最深部で壁を叩き壊そうとしていた私兵が、不安げに首筋の汗を拭った。

 アレンがいた頃の清々しい森の香りは、すでに跡形もない。代わりに漂ってきたのは、鼻の奥を焼くような強烈なメタンガスの臭気だった。


 行き場を失った汚泥が配管に詰まり、高圧の魔力と混ざり合って急速に熱を帯びていく。


 美しく光を放っていた魔導ランプは、過負荷によって不気味な赤色へと変わった。足元からは、地響きを伴う振動が伝わってくる。


「ボラン様、もう限界です! これ以上奥へ進むのは危険だ。一旦退却を――」


「馬鹿を言え! この壁の向こうに金塊のがあるんだ! あの一文無しのゴミ掃除屋にできて、この俺にできないはずがないだろう!」


 ボランは脂汗を流しながら、自らツルハシを振り上げた。

 彼の目には、魔力が暴走した危険信号が「黄金の輝き」に見えていた。




「待ってろ! お宝!」


 ボランが最後の一撃を壁の亀裂に叩き込んだ。

 直後、ダンジョン全体が悲鳴を上げた。


 ドォォォォォン! という鼓膜を破らんばかりの爆発音。

 壊された壁の向こうから噴出したのは、金貨でもオリハルコンでもなかった。


 それは、数百年分の高純度の毒性ガスと、圧縮された数万トンの汚物だった。


「ぎゃああ! 臭い! 熱い! 目が、目がぁぁ!」


 ボランの叫びは、一瞬で汚泥の濁流に飲み込まれた。

 さらに、魔力暴走によって巨大化したジャイアント・ローチの大群が、巣を破壊された怒り狂い、黒い塊となってボランたちへ襲いかかる。


「宝は……俺の金塊はどこだ!? ゲホッ、ごふっ、おぶぉっ……!」


 口を開けば汚泥が流れ込み、鼻を啜れば猛毒のガスが肺を焼く。

 アレンが「しっかり処理しなければ爆発する」と言ったのは、脅しでも負け惜しみでもなかった。



 溢れ出した汚泥と害虫は止まらない。

 ダンジョンの入り口を突き抜け、逆流した汚物は王都のメインストリートへと噴水のように噴き出した。華やかな都は、一瞬にして未曾有の「最悪の異臭」に包まれた。




「道をあけろ! 国家ギルド庁、特級査察官である!」


 王都を襲ったバイオハザードを受け、即座に動いたのは国の中枢だった。

 白銀の鎧に身を包んだ聖騎士団が、汚泥の波を魔法障壁で食い止め、その中心部へと踏み込む。


 そこには、全身を茶色のヘドロに染め、髪にローチを絡ませた無惨な姿のボランが、地面を這いずり回っていた。


「助け……助けてくれ……俺は、ギルドの人間だ……」


「貴様がボランか。都市全体の衛生環境を壊滅させた大罪人め」


 上級調査官が冷酷に宣告する。


「違う……俺は、掃除屋から正当に権利を……。あ、アレンだ! あいつが罠を仕掛けたんだ!」


 ボランが震える手で「偽造契約書」を差し出した。


「黙れ。アレン殿からは、事前に詳細な管理記録と、貴殿による不当な強奪の証言が魔法記録として届いている。公文書偽造、公共物破壊、強要、そして国家転覆の誘発。貴様の余生は、牢獄の中でも最も臭い場所で過ごすことになるだろう」


 ボランは発狂したような声を上げながら、衛兵たちによって引きずられていった。





 騒動から数日。

 王都で最も高名な高級カフェのテラス席で、アレンは優雅にモーニングティーを楽しんでいた。

 膝の上には、機嫌よさそうにプルプルと震えるラム。


「お待たせしました、アレン殿」


 現れたのは、国家ギルド庁本部の理事。この国の経済と魔法資源を司る最高権力者の一人だ。

 理事が周囲の目も憚らず、アレンに対して深く頭を下げた。


「この度は、弊庁の不手際により、多大なるご迷惑をおかけした。……ボランの罪は、万死に値する」


「私は構いませんよ。おかげで良い休暇になりましたし。……それで、ダンジョンの様子は?」


「惨憺たるものです。我が国の最高級魔導師を投入しても、あの毒ガスと汚泥の流れを止めることができません。……アレン殿。貴殿の専門知識がなければ、この都市は一ヶ月以内に汚泥の下に沈みます」


 理事は真剣な眼差しで、一枚の書面を提示した。


「国直属の『特級環境管理官』として、正式に就任していただきたい。報酬は、貴殿が以前貯めていた資産の百倍。さらに、あのダンジョン周辺の永久的な自治権を約束しましょう。国の干渉は一切受けない、真の城として」


 アレンはラムと顔を見合わせた。ラム「みゅい♪ みゅい♪」は嬉しそうに、元気よく跳ねた。


「……いいでしょう。掃除は、どうやら天職だったみたいですし。お引き受けしましょう」




 エピローグ


 一ヶ月後。

 再び清浄な空気を取り戻したダンジョン。

 かつての「ゴミ溜め」は、今や国宝級の薬草が群生し、宝石のような魔力結晶が輝いていた。


 アレンはソファに深く腰掛け、自家製のハーブティーを口に含む。

 傍らでは、ラムが楽しそうに廊下を滑り、鏡のようにピカピカに磨き上げていた。


「みゅ〜♪」


「ああ、今日も綺麗だねぇ。ありがとう、ラム」


 ふと、部屋の片隅にある魔法映像端末が、王都のニュースを映し出した。

 そこには、囚人服を着て、世界で最も過酷な「汚染坑道の下水道」で、素手による泥かきを命じられているボランの姿があった。


 かつてアレンを「ゴミ」と蔑んだ男が、今はゴミ以下の存在として、汚泥の中で泣き言を漏らしている。


「……掃除の基本は、溜める前に片付けること。あと、ゴミはゴミ箱へ」


 アレンは満足げに微笑み、窓の外に広がる自分の美しい城ダンジョンを見つめた。


いるべき場所ゴミ箱に収まったようでよかったです。ね、ボランさん?」


 アレンは使い慣れたモップを手に取り、最高の笑顔で立ち上がる。

 今日も彼の城は、世界で一番美しく、清潔だ。


(完)


――


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冒険者を引退したし、ダンジョン投資に手を出しました 〜全財産を騙し取られて買わされた「ゴミ捨て場ダンジョン」、実は古代の叡智の結晶でした。 いぬがみとうま @tomainugami

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